Case 3B-3 あなた、大好きよ
「あ……」
ある日の朝、いつも通り朝食を食べていた栞がテレビに反応した。
「どうした?」
「……これ、お母さんが言ってたお店」
あの日と同じ、情報番組のワンコーナー。
いつも東京の方の店を紹介して二人で文句を言っていたコーナーで、今日はたまたま広島の店が特集されていた。
映っているのはカウンター八席程の小さな店。
お店の看板メニューの映像が流れている。
『ここ!たまたま行ったけど、最っ高!』
『トロトロの玉子炒めが、もう美味しくて!』
「……行きたい」
栞はテレビを見たまま呟いた。
『ね、美味しいからさ!また三人で行こうよ!』
結局、行く事は無かったこの店。
今言われるまですっかり忘れていた。
『ああ、また今度な』
いつでも行ける——そう思っていた。
あの頃は、こうなるなんて思ってもいなかったから。
「今週末、行くか」
「え?」
「晴夏と三人で、な?」
「……うん、分かった」
今更、罪滅ぼしにもならないけれど。
俺は栞と、晴夏を連れてその店に行く事を決めた。
そして数日後。
俺は栞とその店を訪れた。
昼過ぎだというのにその店は客で賑わっていた。
空いている席は三席。
一番奥の席は階段前で座りにくそうだったので、その手前の二席に俺達は座った。
俺はカバンの中から写真立てを取り出して、栞と俺の間に置いた。
「忘れてて、ごめんな。今更だけど、ちゃんと来たよ」
笑っている晴夏の写真。
一人で写っている写真が無かったから、みんなで撮ったものを引き延ばして現像したものになったけど。
とてもいい笑顔だった。
「この、オススメの定食で」
「私もそれで」
『えー!みんな違うの頼んでシェアしようよ!』
そんな事、晴夏なら言うだろうな。
「すいません、ちょっと通りますね」
「あっ、はい……お父さん」
「ん?ああ、すいません」
『三人で行くって事は、三種類も食べられるチャンスって事だよ!』
晴夏なら今日何を頼んだだろうか。
何回か来た事があるって言ってたからきっと——
「——晴夏?」
後ろから聞こえたその言葉に、俺と栞はいつの間にか振り向いていた。
「え……今、何て……?」
「晴夏……ですよね、その写真」
「晴夏を知っているんですか!?」
俺と栞の声が重なる。
女性は思わず後退りし、壁にぶつかった。
「お話聞かせていただいてもいいですか!?」
「いいですけど……」
女性はその後少し困ったように、俺が邪魔して座れない席を指差して、笑みを浮かべた。
「……ご飯、食べてからでもいいですか?」
俺達は食事を終え、近くのカフェに場所を移した。
「――旦那さんと栞ちゃんの話は、晴夏からよく聞いていました」
女性は水城詩乃という、晴夏の同僚だった。
たまたま思い出した店にふらっと立ち寄って、そこで晴夏と仲の良かった同僚と会う。
こんな偶然あるんだろうか。
そう考えた時、バーでのあの一言を、ふと思い出した。
『それは叶います。『くるり』をご注文いただいたので』
「……すいません、お葬式も行けなくて」
申し訳なさそうに頭を下げる。
「名古屋に転勤で。晴夏が亡くなった日から、今日まで」
「そうだったんですか……」
「向こうでの暮らしが落ち着いた頃に、晴夏の事を聞いて……その時慌てて帰ってきたんですが、お墓の場所しか分からなくて」
すいません、と言って水城さんはもう一度頭を下げた。
「……そういえば、たまに墓にお供え物がありましたが……もしかして」
「こっちに帰る度にお墓参りに行っていたので、多分私の供えたものかと」
「そうでしたか……ありがとうございます」
俺と水城さんの会話が一段落したのを見た栞が、あの、と言って水城さんに話しかける。
「……水城さん」
「はい?」
「お母さん亡くなった日から、転勤が始まったって言ってましたよね?」
「ええ、後から聞いて知ったけど……そうみたい」
「だったら……お母さんと、話をしましたか?」
栞のその言葉で、水城さんは思い出したようにスマホを取り出した。
「旦那さん、確か……晴夏と喧嘩されてたんですよね?」
「……聞いたんですか」
「ええ。晴夏、言ってましたよ——」
『何であんな事言ったの?』
『あんな事言わなきゃ、私ももっと生きられたのに』
『あなたのせいで——
「——帰ったら『ごめん』って、言わなきゃって」
「……え?」
「心配してくれたのに、素っ気ない態度取っちゃったから謝らなきゃって言ってました」
水城さんはスマホの画面をこちらに向ける。
「それ、は……?」
「謝る練習って言って、私が撮ったものです」
そして、水城さんは再生ボタンを押した。
『はい!始まったよー』
『えー……あー……どうも』
『何それ、お見合い?』
そこには、突然始まった動画に困惑している晴夏が映っていた。
『違いますー!くそ、見てろよー!』
晴夏はオホンとわざとらしく咳払いをした後、画面に向けて微笑んだ。
『……あなた、朝はごめんなさい』
『それから?』
『心配してくれてたの、本当は嬉しかったよ』
『それでそれで?』
『もう、うっさいなあ!』
『——あなた、大好きよ』
『あ!栞ももちろん大好きよー!』
『はいはい、お腹いっぱいでーす』
それ以降、スマホから晴夏の声が聞こえる事は無かった。
動画が終了したのだろう。
「っ……ぐ、っ……ぅ……」
俺は溢れる涙を堪えられず顔を隠していたから、映像は途中から見る事が出来なかった。
隣に座る栞も同じようで、スンスンと鼻を鳴らしながら泣いている声が聞こえる。
「水城、さん……っ」
「は、はい」
「ありがとう……っ、ございます。本当に、ありがとうございます!」
「……良かったです。お二人の役に立てて」
最後の日の、あれから。
晴夏は笑っていた。
それが分かった所で、晴夏が死んだ事には変わりないけれど。
——俺の言ってしまった事はもう、元には戻せないけれど。
晴夏が笑っていてくれて本当に良かった。
それが分かっただけで、少しだけ救われた気がした。
「……ごめんなさい」
——そして、救われたのは俺だけじゃなかった。
帰りの車の中、運転中。
突然謝ってきた栞は涙声を聞いて——『今更』それを知った。




