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泡沫のくるり  作者: malaysia403
『泡沫』の三人と、『お客様』
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22/39

Case 3B-3 あなた、大好きよ


 

「あ……」


 ある日の朝、いつも通り朝食を食べていた栞がテレビに反応した。


「どうした?」

「……これ、お母さんが言ってたお店」

 


 あの日と同じ、情報番組のワンコーナー。

 いつも東京の方の店を紹介して二人で文句を言っていたコーナーで、今日はたまたま広島の店が特集されていた。

 


 映っているのはカウンター八席程の小さな店。

 お店の看板メニューの映像が流れている。


 

『ここ!たまたま行ったけど、最っ高!』

『トロトロの玉子炒めが、もう美味しくて!』



「……行きたい」

 

 栞はテレビを見たまま呟いた。


『ね、美味しいからさ!また三人で行こうよ!』


 結局、行く事は無かったこの店。

 今言われるまですっかり忘れていた。


『ああ、また今度な』


 いつでも行ける——そう思っていた。

 あの頃は、こうなるなんて思ってもいなかったから。



「今週末、行くか」

「え?」


「晴夏と三人で、な?」

「……うん、分かった」


 今更、罪滅ぼしにもならないけれど。

 俺は栞と、晴夏を連れてその店に行く事を決めた。



 


 そして数日後。

 俺は栞とその店を訪れた。


 昼過ぎだというのにその店は客で賑わっていた。

 

 空いている席は三席。

 一番奥の席は階段前で座りにくそうだったので、その手前の二席に俺達は座った。


 俺はカバンの中から写真立てを取り出して、栞と俺の間に置いた。


「忘れてて、ごめんな。今更だけど、ちゃんと来たよ」

 

 笑っている晴夏の写真。

 一人で写っている写真が無かったから、みんなで撮ったものを引き延ばして現像したものになったけど。

 

 とてもいい笑顔だった。

 

 

「この、オススメの定食で」

「私もそれで」


『えー!みんな違うの頼んでシェアしようよ!』


 そんな事、晴夏なら言うだろうな。

 

「すいません、ちょっと通りますね」

「あっ、はい……お父さん」

「ん?ああ、すいません」


『三人で行くって事は、三種類も食べられるチャンスって事だよ!』

 


 晴夏なら今日何を頼んだだろうか。

 何回か来た事があるって言ってたからきっと——



 

 



「——晴夏?」


 



 後ろから聞こえたその言葉に、俺と栞はいつの間にか振り向いていた。

 


「え……今、何て……?」

「晴夏……ですよね、その写真」

 

 

晴夏(おかあさん)を知っているんですか!?」


 俺と栞の声が重なる。

 女性は思わず後退りし、壁にぶつかった。

 

「お話聞かせていただいてもいいですか!?」

「いいですけど……」


 女性はその後少し困ったように、俺が邪魔して座れない席を指差して、笑みを浮かべた。


「……ご飯、食べてからでもいいですか?」


 




 俺達は食事を終え、近くのカフェに場所を移した。


「――旦那さんと栞ちゃんの話は、晴夏からよく聞いていました」

 

 女性は水城(みずき)詩乃(しの)という、晴夏の同僚だった。


 たまたま思い出した店にふらっと立ち寄って、そこで晴夏と仲の良かった同僚と会う。

 こんな偶然あるんだろうか。

 

 そう考えた時、バーでのあの一言を、ふと思い出した。

 

『それは叶います。『くるり』をご注文いただいたので』


 


「……すいません、お葬式も行けなくて」


 申し訳なさそうに頭を下げる。


「名古屋に転勤で。晴夏が亡くなった日から、今日まで」

「そうだったんですか……」


「向こうでの暮らしが落ち着いた頃に、晴夏の事を聞いて……その時慌てて帰ってきたんですが、お墓の場所しか分からなくて」


 すいません、と言って水城さんはもう一度頭を下げた。


「……そういえば、たまに墓にお供え物がありましたが……もしかして」

「こっちに帰る度にお墓参りに行っていたので、多分私の供えたものかと」


「そうでしたか……ありがとうございます」



 俺と水城さんの会話が一段落したのを見た栞が、あの、と言って水城さんに話しかける。


「……水城さん」

「はい?」

 

「お母さん亡くなった日から、転勤が始まったって言ってましたよね?」

「ええ、後から聞いて知ったけど……そうみたい」


「だったら……お母さんと、話をしましたか?」

 

 栞のその言葉で、水城さんは思い出したようにスマホを取り出した。



「旦那さん、確か……晴夏と喧嘩されてたんですよね?」

「……聞いたんですか」


「ええ。晴夏、言ってましたよ——」


 


『何であんな事言ったの?』

 

『あんな事言わなきゃ、私ももっと生きられたのに』


『あなたのせいで——



 

 


「——帰ったら『ごめん』って、言わなきゃって」



「……え?」

 

「心配してくれたのに、素っ気ない態度取っちゃったから謝らなきゃって言ってました」


 水城さんはスマホの画面をこちらに向ける。


「それ、は……?」

「謝る練習って言って、私が撮ったものです」


 そして、水城さんは再生ボタンを押した。


 


 

『はい!始まったよー』

 


『えー……あー……どうも』

『何それ、お見合い?』


 そこには、突然始まった動画に困惑している晴夏が映っていた。

 


『違いますー!くそ、見てろよー!』


 晴夏はオホンとわざとらしく咳払いをした後、画面に向けて微笑んだ。

 


『……あなた、朝はごめんなさい』


『それから?』

『心配してくれてたの、本当は嬉しかったよ』


『それでそれで?』

『もう、うっさいなあ!』






『——あなた、大好きよ』


『あ!栞ももちろん大好きよー!』

 


『はいはい、お腹いっぱいでーす』

 


 それ以降、スマホから晴夏の声が聞こえる事は無かった。

 動画が終了したのだろう。







「っ……ぐ、っ……ぅ……」


 俺は溢れる涙を堪えられず顔を隠していたから、映像は途中から見る事が出来なかった。


 隣に座る栞も同じようで、スンスンと鼻を鳴らしながら泣いている声が聞こえる。


「水城、さん……っ」

「は、はい」


「ありがとう……っ、ございます。本当に、ありがとうございます!」



「……良かったです。お二人の役に立てて」


 最後の日の、あれから。

 晴夏は笑っていた。

 

 それが分かった所で、晴夏が死んだ事には変わりないけれど。

 ——俺の言ってしまった事はもう、元には戻せないけれど。


 晴夏が笑っていてくれて本当に良かった。


 それが分かっただけで、少しだけ救われた気がした。





 


「……ごめんなさい」





 ——そして、救われたのは俺だけじゃなかった。


 

 

 帰りの車の中、運転中。

 

 突然謝ってきた栞は涙声を聞いて——『今更』それを知った。

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