Case 3B-4 顔をあげて、前を向いて。そして、笑って
「急にどうした?」
「……お母さんが死んでから、私……ずっと素っ気ない態度を取っとった」
「ああ、まあ……仕方ないじゃろ。突然家から晴夏がおらんくなったんじゃけえ」
「——違うの」
震える声で話す栞。
その理由は、すぐに分かった。
「私……あの日、キツく言ったから……それでお母さんが、死んだのかもって……心のどこかでそう思っとった」
栞は泣きながら、それでも必死に俺に言葉を伝える。
「だけど、違ったんだね。お母さんは、そんな事……全然気にしとらんくて、むしろ……笑ってて」
「栞……」
「本当に……ごめんなさい……」
栞の言葉を聞いて俺は今更気付いた。
この一年苦しんでいたのは、俺だけじゃなかったんだ。
俺は栞にも、俺と同じ『罰』を与えてしまっていたんだと。
「……俺も、そう思っとった」
俺は晴夏がいないと、こんな事にも気付けないんだな。
「だけど、違ったんだな」
晴夏は俺達の事を、これだけ支えてくれていたんだ。
「栞、今まで聞いてやれんでごめん」
「うん、私も……ごめん」
「これからは何でも聞く。俺も、何でも相談するから」
俺がそう言ったのを聞いて、隣に座る栞がプッと吹き出した。
「別に私お母さんじゃないから、何でも相談されるのは……ちょっと無理かなあ」
「あー、そう聞こえるかあ……そうじゃなくて、俺は——」
「嘘だよ、ありがとね。お父さん」
いつ振りだろうか。
栞が俺に笑っている。
それに、今言われて気付いたけれど。
『お父さん』って言われたのも、久しぶりなような気がする。
俺はそれに思わず涙ぐんでしまい、
「お父さん!前、前!!」
「えっ、うわっ!!」
その日の帰り道は人生で一番危険なドライブとなってしまった。
そして、数日後の朝。
「ねえ、写真撮ろうよ」
栞はバッチリ決めた格好で携帯を取り出してそう言った。
「写真?」
「そう、二人の写真——お母さんの隣に飾るやつ!」
外食をした日に持って行った写真は、そのまま写真立てにいれて家族写真の隣に置く事にした。
栞はその隣に俺達二人の写真を飾って、『もう一つの家族写真』を作りたいとの事だ。
いい案だと思い、俺は早速写真を撮ろうと言ったのだが——
「ちょっと……髭剃って」
「あ、すまん」
「ついでに髪も整えて!休日のオッサンじゃん!」
「分かった分かった!ちょっと待ってろ!」
とにかくあれこれと注文をつけられた。
明るくなった栞は晴夏に似てきたと思ったが、晴夏はここまでじゃなかったような気もする。
「あとその服!もっとマシなのあるでしょ!」
「ええ……」
「お母さんの隣に飾るんだよ!一番いい服に着替えて!」
『あなた!写真撮るんだから一番いい服用意してよ!』
いや、違う……晴夏そっくりだ。
まあ、栞が元気ならそれでいいか。
「……そういうお前は、朝なのにしっかり決めてるな」
「当たり前でしょ?これから彼氏とデートなんだから」
「は!?彼氏なんて聞いとらんぞ!」
「『お父さんには』言ってませーん!ほら、早くしてよ!」
「栞!まずは彼氏の話を——」
「帰ったら話すから!早く、待ち合わせに遅れちゃう!」
——それから。
満面の笑顔の隣に、俺達二人の写真が並べられた。
機械のように作った笑顔を浮かべる俺と、それを見てニシシ!と笑う栞。
隣に飾っている晴夏の写真も、その写真の中の俺の手にしっかりと握られている。
「行ってきます、晴夏」
「行ってきます、お母さん!」
あれだけ聞こえていた晴夏の怨嗟の声は、水城さんが見せてくれた晴夏の動画を見た日からピタリと聞こえなくなった。
この程度で許されたと思うのは、薄情だなと思うけれど。
俺を責めるのは俺だけでいい、という晴夏からのメッセージなんだろうと思っている。
「あ、今日彼氏と遊ぶから夕飯いらない」
「!?お前、そんな——」
『もう、栞も年頃なんだから!そのくらいいいでしょ!』
栞は少し前に出来た彼氏と遊ぶので忙しいらしい。
俺としては悲しいことではあるが、きっと晴夏なら。
「……早く帰ってこいよ」
「え、意外。いいんだ」
「『俺は』嫌だけどな」
「何それ、キモっ」
俺も栞も前に進めた。
だから、晴夏も。
これからも隣で一緒にいてくれたら、これ程嬉しい事はない。
「……とにかく、ちゃんと連絡しろよ!」
「りょーかい。じゃあね!」
「ああ、気をつけてな」
——これからもよろしくな、晴夏
最後に俺は家の中を少し見て、玄関の扉を閉じた。
『行ってらっしゃい!二人とも!』




