Case 3A-3 繋ぐ言葉
「ご注文の前に、一つだけお伺いさせてください」
航くんはその言葉に応えるように、『くるり』について説明を始める。
「『くるり』を使用できるのは、人生で一度だけです」
淡々と事実のみを伝える航くんの説明は、まるで何かの儀式をしているようで少し怖い。
航くんはそのつもりはないんだって分かってはいるけど。
その言葉を聞く度、少しだけ私は胸が痛む。
「ただし、その一度に限り——願った事は『必ず』叶います」
「必ず……?それは、妻が答えてくれるという事ですか?」
「……それは何とも。どのような形で叶ってその道中にどんな事があるかは、私たちには分かりませんので」
「そう……ですか」
藤宮さんは少し考えるように俯いた。
——私の胸が痛むのは別にして。
はたから見ているといつも思うけど、私たち結構やばい事を言っている自覚はある。
値段の書いていないメニューを前に私たちは、
『あなたの願いはいつか叶います。どんな形かは分かりませんが』
そう言っているわけだ。
それでも叶えたい、という人を選別するのには役立ってはいるけど。
——もしこれでお金を取って叶わないなんて事があれば、即警察御用なんだろうな……
「——分かりました、お願いします」
藤宮さんは私がそんな事を考えている間に決意を固めたようで、冊子をパタンと閉じて航くんに『くるり』を注文した。
「かしこまりました」
良かった。
これで藤宮さんの願いも——
「……ちなみにですが——今、おいくらくらいお持ちですか?」
私が航くんの言葉を聞いて思わず振り返ると、航くんは私の方を見ていた。
『いいから、任せろ』
目でそう訴えてくる航くん。
「お金ですか……そんなに、持ち合わせては……」
「十万」
「……えっ?」
「あなたのその気持ちに——十万、出せますか?」
『ダメだよ!それは!』
思わず出かかった言葉を、航くんが睨んで止めた。
分かってる。
今回の相手は航くんだから、私が口を出さない方がいい。
テーブル拭きを終えた私は、叫びたい気持ちを抑えてしぶしぶと調理場の清掃へと向かった。
「……そんなに必要なんですか?」
「まあ、今回のケースだと」
「流石に、高すぎじゃないですか……?」
「そう思われるのも仕方ないですが——」
「……ご家族の為を、思うなら」
航くんのその言葉で、ガタッと音がした。
バレないようにコソッと見ると、藤宮さんが驚いた顔をしてイスから立ち上がっていた。
「何で、それを……?」
「……ここは、そういう場所なので」
驚きと——恐怖?
どちらにしても、あまり良くない顔に見える。
どういう意味だったんだろう、と私が思っていると、
「——わかりました」
航くんの放った言葉で、何故か藤宮さんは急に揺らいでいた決意を固め直した。
「……下ろしてきてもいいですか?」
「ええ、もちろん。お待ちしております——芽吹、傘を」
「……ただいまお持ちします!」
藤宮さんは私が持ってきた傘を受け取り、財布だけ持ってバーを出て行った。
「……少し、やりすぎなんじゃない?」
「俺に任せるって決めたんじゃろ?なら、今回は俺のやり方でやる」
「言い方があるでしょ!十万って……本気!?」
私たちが言い合いを始めた声を聞いて、お店の帳簿を付けていたお姉ちゃんが店の奥から顔を出した。
「どうしたの?何かあった?」
「聞いてよ、お姉ちゃん!航くん、『お客さん』に十万下ろしてこいって言って追い出したんだよ!」
私の言葉にお姉ちゃんがピクっと反応した。
「……珍しいね、航」
「俺の客じゃけ。俺のやり方よ」
相変わらず怖い顔をしている航くんを見て、お姉ちゃんがはぁ、とため息をついた。
「航、別にあなたのやり方だから何も言わないけど……その顔は、どうかと思うわよ」
そう言うとお姉ちゃんは航くんに手招きをして、そっと耳打ちした。
「――――」
お姉ちゃんは耳から口を離すと、航くんの頭を撫でた。
「はい、いつも通りね」
「……やめーや」
そう言ってお姉ちゃんは再び休憩スペースに戻っていった。
お姉ちゃんって本当にすごいと思う。
私が説得しても、こんなに簡単に航くんを元に戻すことは出来ない。
——羨ましいな……
その関係も、信頼も。
羨ましいなって、本当に思う。
「すまん、芽吹」
航くんは私を見て苦笑いをする。
「やり過ぎてるように見えたよな」
「……良くないなとは、思ったかな」
「——でも、このままやらせて欲しい。それが『藤宮さん』の為でもあるから」
航くんはさっきみたいに怖い顔はもうしてない。
だから、もう大丈夫。
私は航くんにグッと拳を突き出した。
「——何言ってるか分からないけど!見守っててあげる!私だってそれくらい出来るし!」
「何だそりゃ……分かった、よろしく」
航くんは呆れた声で拳を出し、二人で拳を突き合わせた。
そうしていると、外の階段から靴音が聞こえてきた。
靴音は急ぎ足で階段を駆け上がり、その後カラン、と音を立てて藤宮さんが戻ってきた。
「ハァ、ハァ……持って、きました」
「ありがとうございます。傘、お預かりしますね」
急いで下ろしに近くのコンビニで下ろして来たのだろう。
藤宮さんの足元はぐっしょりと濡れていた。
「では——『くるり』ご注文、ありがとうございます」
そう言って冷蔵庫から材料を取り出した。
材料をシェイカーに入れてシェイクすると、ピルスナーグラスに氷を入れて注ぎ込む。
そして——
「シャンディガフ!?」
「レッドアイだ、黙って見てろ」
航くんはグラスの中に慎重にビールを注ぎ始める。
すると、ビールの黄金に赤が混ざっていき——次第にグラスは鮮やかな赤一色となった。
最後に航くんは小さなバジルを指で擦ってグラスに浮かべ、
「お待たせしました」
藤宮さんの前に新しいコースターを置いて、その上に完成したカクテルを置いた。
「あの……これは?」
藤宮さんは当然困惑した様子。
「レモンを使用した、レッドアイです」
「はあ……」
それをよそに、航くんは説明を始めた。
「トマトの花言葉は『感謝』、レモンの花言葉は『誠実な愛』です。藤宮さんに合わせて、お作りさせていただきました」
「いや、えっと……これが何かというより、何でいきなり……?」
「『くるり』をご注文いただいた方への、サービスです」
どうぞ召し上がってください、と航くんが言うと、藤宮さんは意を決してレッドアイを一口飲んだ。
「あ……意外と」
「ありがとうございます」
藤宮さんは苦笑い。
急に十万を失う事が確定して、良く分からない感情になっているんだろう。
ホント、航くんが何をしたいのか分からない。
そんなにひどい『反動』があるようには思えないけど。
そう思っていると、航くんは急に調理場の方に消えて行った。
カチャカチャと皿を並べる音がして戻ってくると、
「こちら、よろしければ」
カプレーゼと、クリームチーズを添えたクラッカーの皿を藤宮さんの前に置いた。
「いや……食事は家でするので」
「失礼しました。では、下げさせていただきます」
全然分かんない。
本当に航くんは何がしたいんだろう。
結局その答えは、分からないままだった。
そして帰り際。
「ちょっと、これ……」
「どうされましたか?」
藤宮さんは金額の書かれたメモを見て、怪訝な表情を浮かべた。
「……十万じゃないんですか?」
航くんが差し出したメモには『¥4700-』と書かれてある。
いよいよもって本当に何がしたいのか分からず、藤宮さんだけでなく私も一緒に首を傾げていると、航くんが説明を始めた。
「——申し訳ありません。十万は、嘘です」
「嘘って……じゃあ、何でわざわざお金を下ろしに行かせたんですか?」
「覚悟が見たかったからです。お金には代えられないという、藤宮さんの覚悟が」
航くんはそう言って、藤宮さんに頭を下げた。
「じゃあ……願いは、どうなるんですか?」
「それは叶います。『くるり』をご注文いただいたので」
「そうですか……」
藤宮さんはもう一度紙にかかれた金額を見る。
「じゃあ、これはさっきの飲食代ですか?それにしては少し高いようにも思いますが……」
「それに関しては、すいません。こうしろと頼まれたので」
「頼まれた?誰に?」
「奥様——藤宮 晴夏さんに。二年くらい前の話ですが」
「——妻がここに来たんですか!?」
ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった藤宮さんは、今日一番の驚きの顔を航くんに向けた。
対する航くんは——辛い気持ちを押し殺すような表情で藤宮さんに告げる。
「奥様からの言伝です。『こんな胡散臭い店に頼るくらいなら、私に相談しなさい!』——との事でした」
航くんがそう言った瞬間、藤宮さんの頬に涙が伝った。
「もう一つ。『私に相談出来ないなら、栞に相談して。あの子は、強い子だから』——そうとも、おっしゃっていました」
「そう……そう、ですか……妻が、そんな事を……っ」
藤宮さんはイスにへたり込み、目頭を押さえる。
「この通り、当店は願いを叶えるだけの悪徳店ですので——今後は『娘様』とよくお話をされてください」
「……はい」
航くんの言葉に、藤宮さんは頷いた。
顔を隠してただ、頷いた。
午後十時。
藤宮さんが帰って以降お客さんは来なかったので、私は早上がりする事になった。
「ふぅ、疲れた疲れた」
「……お前今日は掃除してただけじゃろ」
「大変なんよ!掃除も!」
今は仕事終わりのまかないを食べているところだ。
今日みたいにお客さんがいない時は、カウンターで食べるのが楽しみの一つ。
隠れた名店で食べてるみたいで、美味しさも数割増しに感じる。
——なんて考えているうちに、航くんが作ってくれたチキンライスは全部お腹の中におさまっていた。
美味い、美味すぎる。
「……芽吹はいつも美味そうに食うよな」
「もっちり濃厚なチキンライスが特に最高!ごちそうさま!」
「はいはい、どうも」
軽くあしらわれた私はぶー、と言って洗い場に器を持っていく。
そして、洗い物をしながら藤宮さんの事を考えた。
航くんの今日の対応は決して良くは無かった。
けど——藤宮さんと奥さんの事を、航くんなりに考えた結果なんだろうな。
多分もう、藤宮さんはここには来ないだろうけど。
娘さんと二人できっと願いを見つけてくれる。
「ま、それくらいしか出来ないもんな……」
私の呟きに航くんが反応した。
「芽吹……『それ』いつまでやるんだ?」
「何のこと?」
航くんは驚きと呆れを混ぜたような顔。
それに首を傾げると、航くんは私が今まで『何をしていたか』教えてくれた。
「わざとやってた訳じゃないんだな?」
「当然だよ!」
まさか、そんな事をしていたなんて。
全然気付かなかった。
「よく分かったよね……それにしても」
航くんは呆れているけど、知らないうちにやってたんだから仕方ないじゃない。
藤宮さんに気付かれてなかったみたいだから、それは本当に良かった。
「……まあいいわ」
航くんはそう言って中断していたグラス拭きを再開した。
本当に無意識だったのは間違いないけど。
もしかしたら心の奥で『繋いであげたい』と思っていて、それが『言葉』に表れていたのかも。
なーんて。
「——藤宮さん、ちゃんと前に進めるよな?」
でもまあ、その心配も無くなった事だし。
私たちの出番も、おしまいかな。
「もちろん!」




