Case 2B-3 下流とタイガーアイと、私達の時間
「ちょ、ちょっと……何しとん!やめてよ、奈緒!」
家に帰った私は、悠真くんの前で土下座をした。
「ごめんなさい……私……」
「いいけ!ソファに座って話そ!」
こんな事で許してもらえるとは思わない。
でも、他に出来ることは何もない。
だから、思いつく精一杯の事を悠真くんにしようと思った。
私は顔をぐちゃぐちゃにして泣きながら事情を説明した。
悠真くんは私を肩に寄せながら、それを黙ったまま聞いてくれた。
「……それで、衝動的に指輪を川に投げた、と」
「ごめんなさい……」
私の話を全て聞き終わると悠真くんはふう、と息を吐いた。
ドサッとソファにもたれかかった悠真くんを見て、
——終わったな……
私がそう思っていると、悠真くんが声を上げた。
「……良かったぁ!!」
「……え?」
「すっごい心配だったんだ。『別れましょう』って言われるんじゃないかと思って」
ああ、よかったぁ!ともう一度言う悠真くん。
「この前から奈緒には無理させてたし、昨日は指輪も外しとったから」
「違うよ……無理させてたのは、私の方……」
私がソファの端で小さくなってそう言うと、悠真くんは困ったように笑った。
「仕事ばっかりで、不安だったんだよね」
「……それは、そうだけど」
「じゃあ僕もやっぱりごめんだね」
「悠真くん……」
「仕事の事は頑張るから、許してくれますか?」
「私の方こそ——って、そうじゃないよね」
悠真くんは私が気にしないようにしてくれている。
それなら私も、もうこれ以上言わない方がいいと思った。
「ありがとう、悠真くん」
「こちらこそ、ありがとね」
「そういえば昨日ね、変なお店に行ったの」
「……変な、お店……?」
「あっ!いかがわしいお店とかじゃなくてね!——願いを叶えてくれるっていう噂があるお店なんだけど」
悠真くんは私の言葉を聞いて苦い顔をした。
「変なツボとか……買ってないよね?」
「買わないよ!ただのバーだったよ!」
「そっか、まあそれならいいんじゃけど……」
「——絶対に見つかる、って言われたの」
悠真くんは目を丸くした。
「え、指輪が?川に投げたのは言ったんだよね?」
「全部言った。それでも『叶いますよ』って。『諦めないで』って言われた」
「えぇ……」
半信半疑といった顔を最初していた悠真くんは、私が真剣な表情でそう言ったのを聞いて、
「——探そう。出来る限り時間取るからさ、二人で」
少しだけ真剣な顔をした後、ふにゃっとした笑顔で私を抱きしめてくれた。
私のせいでいなくなっていた『悠真くん』にまた会えた。
それが嬉しくて、私は彼の腕の中でまたワンワン泣いた。
そして泣き疲れて、私は眠った。
それから悠真くんは、少しずつ私達といる時間を増やしてくれた。
「——えっ、今日も定時?……大丈夫なの?」
『それがさ、実は少し勘違いしてたらしくて……』
悠真くんは勘違いが多い。
いやまあ、私の方が多いしひどいんだけど。
『出来る事は全部やらないとって思いながらずっと働いとったけど、実は社内で『めちゃくちゃ働くやばい奴』って言われとったらしくて……』
「何それ、やば」
『それで出来るだけ定時で帰りたいって上司に言ったら、『えっ、お前帰りたくないけえ仕事積んどったんじゃなかったん?』って言われた』
思い込みで仕事漬けになっていた悠真くん。
思い込みで川に指輪を捨てた私。
私の方がヤバいのは分かってるけど、やっぱり何となく似てるよなあって思って少し嬉しくなった。
『というわけでもう帰っとるところじゃけど、今日も探す?』
「もちろん!じゃあ、いつもの場所集合で!」
指輪探しは最早日課になっている。
見つかるかどうかは悠真くんには最早どっちでも良いらしい。
適度な運動。
気分転換。
それと、二人の時間。
『あくまでついでに!指輪を探すようにね』
見つかればラッキー。
見つからなくても、それは散歩デート。
そういうスタンスでやる指輪探しは、あの日とは違ってとても楽しい時間だった。
バーに寄った日から、ちょうど一ヶ月くらい経ったある日。
二人の休日が重なったので、いつも通り指輪探しに出ようという話になった。
「まちに聞いたけど、『今、下流がアツい』って言ってた」
「なんか競馬みたいだね」
そう言いながら『散歩』の準備を終えた私達。
悠真くんには申し訳ないけど、今日も何にもない素晴らしい一日になるんだろうなって。
玄関の扉を開けた時、私はそんな事を思っていた。
「——それでね、まちが『競馬で大穴当てた!』ってご飯を奢ってくれたの。その時、『下流がアツい』って言ってきて」
「指輪の大穴予想っていうわけか……」
「その時行ったお店が雑貨もやってたから、『三つ目が通る!』って言ってこれ買ってくれた」
「タイガーアイのブレスレットか……これだけあると、十二つ目くらいになりそうだね」
私達はいつも通り下らない話をしながら海沿いを歩き始めた。
まちに言われた通りの、指輪を捨てた川の下流——宇品の汽水域くらいの場所。
この辺りは流域面積が広すぎてとても見つける事なんて出来ないだろうけど、悠真くんはもうそんな事気にしていないようだった。
「でね、まちったらその次の日にはお金が無くなったらしくてね。ずっと『帯……私の帯……』ってうわ言で——って悠真くん、どうしたの?」
私が話をしている間、悠真くんはブロック塀に座っているお爺ちゃんを見ていた。
横に細くて長いしなった棒が見えるので、恐らく釣りをしているのだろう。
「……釣りか」
悠真くんは少し考えるような顔をしたあと、
「奈緒、ちょっといい?」
「どうしたの?——あっ、ちょっと!」
私の手を引いてお爺ちゃんがいる方へ歩いた。
「すいません。指輪見ませんでしたか!」
「悠真くん!何言ってんの!?」
「ああ、さっき見たな」
「さすがに指輪が釣れるわけないじゃん!流石にイチかバチか過ぎるって!」
「え……奈緒、ちょっと……」
「すいませんでした、ありがとうございます――もう、悠真くんはホントに……」
「ちょ……奈緒!」
「……ん?」
『ああ、さっき見たな』
「……えっ?ちょっと待ってお爺ちゃん。今、指輪——」
「じゃけえ見とる、言うたじゃろ」
「あるんですか!?今、持ってますか!?」
「ワシじゃなくて孫がな。ほれ、そこに——」
そう言ってお爺ちゃんが振り向いた瞬間、私は運命のようなものを感じた。
「——あなた、あの時のお爺ちゃんじゃないですか!?」
「ん?……おお、全然気付かなんだ」
釣りをしていたのは私の入水を止めたお爺ちゃんだった。
「じーちゃん、呼んだ?」
そのタイミングで下の方から声がした。
小さな男の子。
手にはキラッと輝く——指輪。
「綾翔、その指輪そこのお姉ちゃんに見せたり」
「え……やだ」
「お願い、綾翔くん!ちょっとだけ!」
「……返してくれる?」
「えっと……うん、返すから」
「わかった、はい」
綾翔くんは私の目をじっと見ながらしぶしぶ指輪を渡してくれた。
指輪が手に置かれたのを確認して、私と悠真くんは舐めるように見始める。
メビウスの輪のようなプラチナとピンクゴールドのリングは二人が気に入った形。
宝石もちゃんと同じものがはまっている。
何より、内側の刻印。
『10.18 Yuma & Nao』
「あった……本当に、見つかった……!!」
「すごいよ奈緒!やった!!」
私達は思わず抱きしめあっていた。
指輪が見つかったのもそうだけど——何より、二人の絆が完全に戻ったような気がして。
「ねぇ……そろそろ、返して……」
綾翔くんの事を忘れて大はしゃぎしてしまった。
目に涙を溜め込みながら私達の事を見ている。
「ぼくの、大事なキラキラ……」
「綾翔、それは姉ちゃんらのものじゃけえ渡したり」
「やだ!!」
駄々をこねる綾翔くんを見て、私はハッと気付く。
「ねえ、綾翔くん」
「なに?」
「キラキラじゃないけど、これならどう?」
そう言って差し出したのは、まちにもらったタイガーアイ。
「これね、つけると綾翔くんの目になってくれるの」
「め……?」
「色んなものが見えるようになる、ヒーローの目!」
「ヒーロー……!」
綾翔くんの目が指輪のようにキラキラし始める。
「お姉ちゃん達、どうしてもこの指輪が欲しいんだ。だから、綾翔くんにはこれあげるから。ね?」
「うん!ヒーローがいい!」
綾翔くんはタイガーアイをいたく気に入ったらしく、
「ヒーローのめ……ぼくもヒーロー……!」
そう言いながら、パタパタと走り出した。
そして、私達は本当に見つけた。
二度と見つからない思っていた、私達の愛の証。
「……付けたいな、あの時みたいに」
「……付けて欲しいなって、思ってた」
示し合わせたみたいなタイミングで。
悠真くんは膝を付いて私を、私は左手を出して悠真くんを向いた。
「大事にするよ、奈緒」
「私も……ずっと大事にする!」
薬指にはめられた指輪がピカッと光る。
「ずっと、ずっと一緒にいようね——悠真くん」
私はそう言って指輪を手で包み、そっと口付けをした。
「——クッサ!!」
急に立ち込めた強烈な生臭さに思わず私は手を遠ざけた。
悠真くんも私の言葉を聞いて指輪を嗅ぐと、
「うわ……」
絶妙に嫌そうな顔をした。
「さっき釣った魚が吐き出したからの。生臭いじゃろ」
川の方を見ながらお爺ちゃんがハッハッハ!と笑う。
その言葉を聞いて、私と悠真くんは顔を見合わせて、
「プッ……ククッ……ハハハ!!」
「もう!悠真くん!——やっぱ生臭っ!アハハ!!」
ひたすらに、大笑いした。
「お店で洗浄してもらおうか」
「外したくない!外したくない、けど!!」
「……本音は?」
「生臭いのは、今は特にキツい!!」
きっと、これが芽吹さんが言っていた『道中』なのだろう。
私は何となくそう思った。
「じゃあやっぱりお店に持って行こ。ほら、外して」
「ううー!外したくないー!!」
これは私達が頑張ったからなのか、そうじゃないのかは分からない。
でも、間違いなく言える事がある。
私は——私達は頑張った。
それだけは胸を張って報告出来ると、そう思った。




