Case 2B-2 手繰り寄せた糸口
翌日、私は会社を休んだ。
指輪を探す為だ。
とにかく一刻も早く見つけ出さないと——そう思いながら橋に辿り着いた。
そして現場に到着する頃、ようやくそれを思い出した。
「……これ、どうやって探せばいいの?」
——この川が、数センチ先も見えないくらい濁り切っている事を。
私はどうにかして川の中を探す方法は無いかと考えた。
川岸まで降りてみたものの、川は深さが分からない程濁っている。
「おい、入らん方がええで」
私が躊躇しながら手を入れたりしていると、近くを通ったお爺ちゃんに止められた。
底に何があるか分からないから危険らしい。
「まあ、警察か回収業者じゃろう」
お爺ちゃんに言われて私は近くの交番に駆け込んだ。
遺失物届を書いて、指輪が見つかったら連絡してもらうようにした。
次に回収業者。
どこが何をしてくれるか分からなかったから、とにかく手当たり次第全部に聞いて回った。
「指輪の落とし物って、届いていませんか!」
「こんな感じの特徴で!落としたのは——」
「とにかく!見つかったら連絡が欲しいです!!」
一日中駆け回って。
探せる川べりは全部探して。
それでも、見つからなかった。
辺りが暗くなってきたタイミングで、私は一本の電話をかけた。
『——もしもし。なーちゃん?』
「まち、今日はありがとねぇ……」
電話の相手は、萩原 茉羽——私の同僚だ。
仕事を代わってくれた恩人である彼女に、今日の報告をした。
「見つからなかったぁ……」
『ダメだったかぁ……明日はどうするん?』
「今日の夜旦那に謝って、明日また探そうと思う……」
『そかそか。ま、仕事は任せんさい。休みの方は……体調が安定しないとか?』
「そうするぅ……ありがとね、まち」
『色々落ち着いたらなーちゃんの奢りで——あ!』
「うわっ!何、どうしたの!?」
『思い出した!なーちゃん——『願いの叶う』バー!』
「あぁ……相談とか乗ってくれる程度でしょ?」
『それが、そうでも無いらしいんよ!今日、時間あるなら行ってみんさい!』
「……まあ、他に出来ることもないしね。ありがとね、まち」
私は電話を切って、『願いが叶う』と評判の胡散くさいバーに歩き出した。
結果から言うとそのバーはやっぱり胡散臭かった。
でも、いい意味で。
「お話、私でいいですか?」
琥珀色の照明が照らす、少し薄暗い店内。
私より一回りくらい下の女の子が、相談に乗る為に私の向かいの席に着いた。
——あの二人よりは、話しやすいかな……
私はチラッと店内にいた残り二人の従業員を見る
あまり表情が無さそうで少し怖い、カクテルのシェイカーを綺麗に磨いている男の店員。
パンツスタイルの制服を着こなし、妖艶な雰囲気を漂わせる女の店員。
——うん、やっぱりこの人がいいかな
「はい、よろしくお願いします」
一番若くてふわふわとした印象の女の子だけど、自信満々に席に着いたし問題ないだろう。
私はそのまま、目の前に座る店員さんに話を聞いてもらう事にした。
「——分かりました」
私の話を真剣に——それでいてちょっと感情豊かに聞いてくれた芽吹さんは、カウンターの方を振り返って冊子を受け取り信じられないような事を口にした。
「ここで使うと、もう二度と使えません。その代わり、その一回は『必ず』叶います」
普通に考えたら胡散臭すぎる。
でも、あんなに真剣に聞いてくれた芽吹さんが放った『必ず叶う』という言葉。
「——使わせてください!お願いします!!」
私は何となく、信じてみたいと思った。
「——『くるり』?」
差し出されたメニューには『くるり』とだけ書いてある。
メニューって事はお金がいるのかな、とか。
これを頼んだら願いが受理されるのかな、とか。
そんな事を思いながら『くるり』を注文する。
「——航くん!お願いします!」
すると芽吹さんの合図で、『泡沫』が急に動き出した。
男の店員が手際よくシェイカーを振ったかと思うと、
「お待たせしました!」
私の前に店の照明のような琥珀色のカクテルが差し出された。
——飲めって事だろうけど、妊娠中だしお酒は……
「——アルコールは入ってませんよ?」
芽吹さんは——いや、全員が既に私の身体の事を把握していた。
「ここは、そういう場所なんで!」
芽吹さんのその言葉を聞いて、
——本当に、信じてもいいのかもしれない
指輪が見つかるかもしれない、と本気で思い始めるようになった。
「——大丈夫、ちゃんと叶います。だから絶対、諦めないでくださいね」
芽吹さんは最後にそう言って私を送り出してくれた。
確証なんてどこにも無い。
けど、それでも。
探し回っていた時の絶望感は、もう無くなっていた。




