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泡沫のくるり  作者: malaysia403
『泡沫』の三人と、『お客様』
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13/39

Case 2B-1 大暴投


 思えば、本当に些細なことだった。

 


『ごめん、仕事が押してる』

『また?』


『早く終わらせてって言ってたじゃん』

『ごめん…』


 小さなすれ違いが積み重なって。

 それでも時間は過ぎていって。


「どうせ仕事の方が大事なんでしょ!」

「そんな事無いって!——あ、ちょっと!奈緒!」

 


 私も口に出す事が多くなって。

 本当は分かってるのに、彼の優しさに甘えてしまっていた。

 



「いい加減謝んなくちゃ、だよね……」

 

 その日の仕事帰り、私は私の夫——悠真くんへどう謝るか考えていた。


 市電を使うと早く家に着いてしまう。

 家に着くまでに頭の中をまとめたかった私は、その日に限って徒歩で駅まで向かった。

 

 

 ——そして偶然、それを見た。

 

 


「え……うそ……」

 


 普段は電車の窓ごしに流れるだけの風景。


 歩く事でゆっくりになった風景の中に、悠真くんを見つけた。

 肩に若い女の子を担いでタクシーを待つ——悠真くんを。


「……っ!!」

 

 女の子は悠真くんにベタベタとくっついていた。

 悠真くんは払いのけているようにも見えたが、そんな事その時の私には関係なかった。

 

 

 頭が真っ白になった私は、身体の事も考えず走って逃げた。

 

 怒鳴りこみに行くという考えも一瞬よぎったけど。

 それ以上にその時の私は、目の前の光景を見ていたくなかったんだと思う。

 


「——信じられない!何しとん!!」


 そして、ひとしきり走った後。

 真っ白になっていた頭は、今度は赤一色に染まっていた。


「私が最近小言が多いけえ、鬱陶しい奴とか思ってたん!?」

 

 私は橋の上で川に向かって叫んでいた。

「ヤバい女だ……」って目で私を見てきた人は、威嚇して追い払った。


「てか、私達結婚しとるんよね!バカじゃないの!?」

 

 そう言って私は左手の薬指から勢いよく指輪を外した。

 


『僕と、結婚してくれますか?』

 

 あの時はあんなに嬉しかったのに、今はなんだか呪いの塊のように思えて、

 


「——サイテー!!」


 私は腕を思い切り振って、指輪を夜の闇へと放り投げた。



「ハァ、ハァ……」

 

 スマホを取り出す。

 メッセージアプリを開いて、悠真くんのプロフィールを横にスライドした。


 出てきたのは『削除』の文字。


「あっ……」

 その二文字を見た瞬間、怒りで沸騰していた頭が冷えた。

 


「……悠真くん」


 私は欄干にもたれかかるように座り込んだ。

 

「なんで?大事にするって、言うとったじゃん……」


 そしてその後、走った事を後悔した。



「私も、この子も——」



 


 そのタイミングでピロン、とメッセージアプリの通知音が鳴る。

 送り主は、悠真くん。


 

『今から帰るよ』


 

 私はそのメッセージを見て、


「……は?」

 

 冷えていた頭が再び沸騰して、そのまま悠真くんに電話をかけた。



『……あ、もしもし。奈緒?今何して——』

「何しとるはこっちのセリフよ!浮気なんかして!!」


『浮気……?何のこと——』

「さっき女の人とタクシーに乗っとったじゃろ!!見てたんじゃけ!!」


『えっ、さっきって……あっ!』

「誤魔化さずにハッキリ言いんさいよ!!」

 


『奈緒!』

「何で今なん!?私達結婚したんじゃろ!!」


『奈緒!こっち!』

「何よ!電話越しに名前を呼んだって、意味ない——」




「——奈緒!!ここだよ!!」


「……えっ、悠真……くん?」


 目の前に悠真くんがいた。

 タクシーに乗ってどこかに行ったと思っていたのに。


「何で、ここにいるん……?」

「勘違いなんだよ!」


 走って来た悠真くんは、しゃがみ込んで私を抱きしめた。


「ちょっと、何して——」

「さっきの人、酔って目の前で倒れたけえタクシーを呼んで乗せてたんだ!」


「……えっ?」

「浮気なんて僕は絶対せんよ!二人とも、一生大切にするって誓ったんじゃけ!」


 

 その言葉で、サッと血の気が引いた。

 抱きしめる悠真くんを振り解いて、欄干に身を乗り出す。


「何してるの、奈緒!危ないよ!」


 必死に覗いたが、もう遅い。



「あ……ああ……」


 取り返しのつかない事をした。

 そう自覚した私の身体が、全身から汗を噴き出し始めた。


「奈緒?」

 後ろからかかった悠真くんの声で肩が跳ねた。


「なに……?」

「大丈夫?体調悪くなったなら、すぐタクシーを——」

「——ううん、大丈夫。歩いて、帰りたい」


「そっか……分かった。ごめんね」




 

『投げた指輪をどう見つけよう』

 

 その時の私は、それを考えるので精一杯だった。

 

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