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Note 6 スキマ、埋めちゃうよ~ん?


 十六時過ぎ。

 大学を出た瞬間、スマホが震えた。


『講義終わった?』

 

 通知欄に表示された文章。

 送り主は——


「——さては、どっかで見てるな?」


 私は『澄香(すみか)』と書かれた送り主の名前を見て、辺りをキョロキョロと見回す。


「うーん、気のせいかなあ」

 

 だけど、辺りにはそれらしい人は見当たらない。

 私は探すのをやめて、澄香に返信した。


 

『今日は八時からバイトー』

『それまでは?』

『ヒマだよー』


『オッケーオッケー』


 澄香は続けてスタンプを送ってきた。

 

 ヌメっとしたキャラクターにニョロっとした吹き出し。

 吹き出しの中に書いてあるセリフは——



 

 

「——ここにいるぞォ?」

「ひゃあ!!」


 

 スタンプと同じセリフを耳元で囁かれて、思わず叫んで飛び上がってしまった。


 急に聞こえた大声に、道端の人たちが一斉に私の方を振り向く。

 向けられた視線に恥ずかしくなった私は、


「もう、普通に声かけてよ!」


 声の主の方を振り向くと、面白いものを見たという顔で澄香がキャッキャと笑っていた。


「ごめんごめん。いい反応するかなって」

「したよ!期待通り!」


「大学生になっても愛いやつだなー、芽吹はホントに」


 澄香はそう言って私の頭をワシャワシャと撫でてくる。



 なんで私の周りにはイタズラ好きな人が多いんだろう。

 お姉ちゃんに航くんに、澄香。


 私はそんなイタズラ好きじゃないのに。

 類は友を呼ぶって、あれ絶対ウソだ。

 


「その顔を見られただけで、コソコソと待ってた甲斐がありましたわ」

「堂々と待っててよ……それでも私は驚くんだから」


「それもそっか!アハハ!」


 撫でられた髪を整えている私に、澄香はギュッと抱きついてくる。


「じゃ、時間もあんまないし行こっか」

「どこに?」

 

「決まってんじゃん。いいとこだよ、い・い・と・こ」


 澄香はそう言って、私に抱きついたまま歩き出した。


「楽しみにしてたもんね、芽吹」

「……なるほどね、りょーかい」


 

 高校生の頃から澄香はずっとこんな感じ。

 いつも明るくて、ちょっとイタズラ好きで。


 あの時私が塞ぎ込んでた時も、たくさん元気付けてくれた。


 今私が楽しく過ごせているのも、きっと澄香のおかげもあるんだろうなって。

 


「……ちなみにだけどさ」

「ん?」


「私が今日、予定あって無理だったらどうしとったん?」

 


 そんな事を、顔を見る度にいつも思う。



「そんときゃ、顔見てちょっと話して帰っとったよ」

 

「……無計画」

「フッ軽って言葉を知らんのかね、君は?」


 もちろん、普段もそう思ってるけどね。



 


「さて、とうとうこの時が来たね!」


 私たちは大学から市電を使い、広島駅へと辿り着いた。

 今回用があるのはもちろん、駅じゃない方。


 二階に上がった先の右の建物——ミナモアの自動ドアをくぐって私たちは中に入った。



「ね、だいぶ落ち着いたでしょ?」

「ホントだ!これなら色々見て回れるね!」

 


 数ヶ月前。

 広島駅のすぐ隣に待望の大型ショッピングモール——ミナモアがオープンした。


 車も免許もない私にとって、立ち寄りやすい最高の場所。

 オープン当時に私は澄香と偵察がてら立ち寄って、そしてとんでもない目にあった。


「広島中の人がいたよ、絶対……」

「流石にあれを見て回るのは、せんないわ……」


 滞在時間と見合わない疲労を溜め込んだだけで終わった私たちは、人が少なくなった頃にまた来ようと話をしてその日は解散した。



 

「ねえねえ、芽吹。見てこれ!」


 それから数ヶ月。

 通学の途中に広島駅を通る澄香がリサーチを重ねた結果、今日という日が訪れたというわけだ。


 

 相変わらず人は多いけど、それでも程よく見回れるくらい。


「わあ、何これ!?可愛い!」

「ばり綺麗じゃんね、これ!」


 あの時は人の波に埋もれて見えなかったものが、今日はたくさん見える。

 この雑貨屋の前も通ったはずだけど、こんなものがあったなんて知らなかった。



 雑貨屋の表に面した場所に置かれた、ショーケースの中。

 そこに飾られている綺麗な装飾の透明なペンを、二人して目を丸くして覗き込んだ。

 

「ガラスペンかあ……これ、どうやって書くのかな?」

「んーとね、確か万年筆みたいに使うんじゃなかったかな」


 澄香はそう言ってスマホを操作し、私に見せてくれた。

 

「はえー……」

「お、芽吹気になってる?」


「いや、こんなオシャレ文具を使いこなす人ってどんな感じなんだろうなって」

「確かに。どんな人なんだろうねえ」

 


 うーん、と言いながら私たちは二人して頭をひねる。

 

 無手で考えずに調べればいいんだけど。

 ふと思いついた事を澄香と一緒に考えるのが好きだから、よくこうやって無駄とも思える時間を過ごす。



「うーん、分かんない!芽吹は?」

「私も!皆目見当がつかぬ!」


 そして、二人して分からない事を笑う。


「また次来た時の宿題にしとくかー」

「いいね!考えとく!」

 

 そんな無駄な時間を、一緒に笑ってくれるから。

 私は澄香と一緒にこうしているのが楽しいんだろうな。

 



 雑貨屋を後にした私たちは、今度は服屋に立ち寄った。

 澄香が好きなブランドを取り扱っているお店らしい。


「これ、似合うんじゃない?」

「えー、そういう系はちょっとなあ。アタシに似合うとは思うけど」


「似合うのは認めるんだ?」

「まあ、アタシに合わない服はナッシン!だからね」

 


 その言葉を聞いて、私の中のイタズラ心がヒョコッと顔を出した。


「これとこれ、試着してくるー」

「りょーかい!」

 

 私は澄香が試着スペースに入ったのを確認して、さっき物色している時に見つけた服を取りに行った。



「芽吹、これどう思——」

 

 私が戻ってすぐ。

 カーテンを開けた澄香は、試着した服を私に見せるように手を広げたまま固まった。

 

「え……何それ……」


 視線は私の持っている『とんでもない』服に向けられている。


「あ、それすごく似合ってるよ!」

「いやいや、もはやそれどころじゃないよアタシは」


 まさか私がこんな服を持ってくるとは、という顔の澄香。

 

「『アタシ』に合わない服は?」

「えっ、アタシが着るの!?」


 私はニマッとして言葉を続けた。

 

「合わない服はー?」

「ナッシン……だけどさあ!」



 そう言って顔を赤くする澄香。

 大学生になって髪とか服装とかだいぶ派手になったような気がするけど、こういう顔を見るとあの頃のままだなって思う。


「じゃあ、試着——」

「無理無理!これは流石に無理!」



 まあ、ここまでは予想通り。

 でも今日の私には『切り札』がある。


「恥ずかしいから?」

 

「当たり前でしょ!こんな服——」

「——私も、さっきは大学の前で恥ずかしかったなー」

 

「うっ……それは、悪かったけど……」

「後ろから脅かされて大声上げちゃって。みんなから見られて恥ずかしかったなー」



「……分かった!着る……着るから!」


 澄香は観念して、私の持つ服を受け取った。

 私はそれを見てニッコリと笑い、


「はーい!一名様、ご案内でーす!」


 シャッとカーテンを閉めて澄香を送り出した。



 

「ヤバ……」

 

 試着スペースの中から澄香の呟きが聞こえた。


「どんな感じ?もういける?」

「ちょ、ちょっと待って!いい感じに隠すから!」


 そう言ってから更に数分後。

 シャッと試着スペースのカーテンが開いて、澄香が姿を現した。


 

「うわあ……」

「……そんな、ジロジロ見るなよお……」

 

 真っ赤な顔の澄香は、腕を前でクロスさせてモジモジとしている。

 

 その姿を見てハッとした私は、急いでカーテンを閉め直したけど——少し遅かった。


 

「……エロ……」



 私が後ろの方から聞こえた声に振り向くと、店の中にいた男の人がバッと顔を背けた。

 

 澄香の姿を見て、思わず言葉が漏れたのだろう。

 隣にいる彼女らしき人に腕を引っ張られて、その男の人は店から連れ出されていた。

 


 悪ノリで始めてしまったけど、澄香には思わぬ恥をかかせてしまった。

 着替え終わった澄香が試着スペースから出てきたタイミングで私は澄香に頭を下げた。


「ごめん、まさかあんな感じになるとは……」

「……だから無理だって言ったじゃろ」


 着ていた服を私に押し付ける澄香。

 

「……ほれ、早く」

「あ、うん。返してくるね——」

「違うわ」


 肩を掴んで私を引き寄せ、ニッコリとした顔を私の横から覗かせた澄香。

 


「——芽吹、お前もじゃ」


 その言葉に私の喉からヒュッと音がした。


「さ、流石にそれは……」

「じゃ、こうすれば?」


「えっ、ちょ——」


 澄香は私を試着スペースへと連れ込み、シャッとカーテンを閉めた。

 


「見るのはアタシだけ。どう?」

「……まあ、それなら」


「芽吹がそういうの着るの、初めて見るなー」


 そう言って澄香はキャッキャと笑った。

 


 さっき澄香が着てるのを見て確信したけど。

 何がとは言わないけど、私が着ると——間違いなく『ヤバい』。


 でも、仕方ない。

 私は言われるがままに着替えを進めた。



 

「芽吹には……その服は、ダメだね……」

「もう!分かってたでしょそんな事!」


 目の前の鏡に映った自分の姿を見て、私はさっきの澄香と同じように腕で前を隠す。

 

「芽吹……そのポーズは、ヤバいよ」

「えっ——ちょっと、見ないでよ!」


「いやあ……その顔を見るだけで、誘った甲斐がありましたなあ」

「もう!ホントに——」



「——あの、お客様……」



 外から声が聞こえた。

 さっき服を探している時に接客してくれた、女の店員さんの声。


「店内で遊ばれるのは、お控えください」

「あっ、すいません……すぐに出ます」


 


 その後私たちは、試着していた服を店員さんに預けて逃げるように店を出た。


「もう、怒られたじゃん!」

「いや、元はと言えば芽吹のせいじゃん?」

 

「うっ……そう言われれば、そうだけどさ……」


 

 そして今、反省会も兼ねてカフェで話をしている。


「……もうしません」

「よろしい」


 そう言って隣に座る私の頭をポフっと撫でた澄香。


「あ、そういえばさ」

「ん?どした?」

 

 そんな澄香に、私は気になっていた事を聞いてみた。



「今日、何で急に来ようと思ったん?いつもは事前に連絡くれるのに」


 私の言葉を聞いて、注文したカプチーノを一口飲んで澄香は答える。


「いやなんか、今日は急に会いたいなーって思ったんだよね」

「何じゃそら」


「だってほら、芽吹ってちょっと会わないとどっか行っちゃいそうだから」

 

「……私、猫か何かだと思ってる?」

「似たようなもんじゃん」

「失礼だにゃあ」


「ウケる、猫じゃん」


 そう言って二人でクスクスと笑う。

 


「……芽吹、何かあった?」


 今度は私が飲み物に口を付けている時に、澄香が話しかけてきた。


「何かって?」

「なんか、嫌な事とか」


「あー……」


 私はその言葉で、昨日のやりとりを思い出した。


「昨日……お客さんと、ちょっとね」

「聞かせてみ」


 そう言われた私は、昨日あった事を澄香に話した。



 

「——ってことがあって、ちょっとね」


 私の話を聞き終えた澄香は、突然スッと立ち上がった。


「ど、どうしたの……?」

「その男、どこのどいつ?——今から文句言いに行くわ」


「ダメだよ!酔っ払ってただけだし!」

「いーや、酔っ払ってやる奴が一番タチが悪いんだよ!」

 

 教えると本当に行ってしまいそうな勢いの澄香を私は必死になだめると、不満そうな顔の澄香がドカッとイスに座り直した。


「そうやって溜め込む所、変わんないよね」

「うん……ごめん」

「怒ってるんじゃないよ?ただ、心配なだけ!」


「心配かあ……私、相変わらずおっちょこちょいだしねえ……」

 

 

「気になるからさ……だから様子見んとなって、たまに思うんよ」


 そう言い切った澄香は少し恥ずかしくなったのか、私から目線を逸らしてカプチーノをグイッと飲み干した。

 


「……ありがとね、澄香」

「アタシが勝手に気になってるだけだよん」


 

 澄香はこう言ってくれるけど。

 


「——あ、気になるといえば……大学で気になるって澄香が言ってた人、どうなったの?」

「ん?言ったっけ、そんな事」


 私は本当に幸せ者だと思う。

 手放しに他人を心配出来る人なんて、なかなか出会えるものじゃないし。

 

「ほら、助けてもらったお礼に食事に行ったっていう人」

「あー……講義で教材見せてくれたから学食奢ったヤツね。一応連絡先は交換したけど……」


「ふーん、もう連絡先交換しちゃってるんだ」

「……なんだよ、普通でしょ?」


 しかも、澄香だけじゃない。

 お姉ちゃんや、航くんも。


 みんなイタズラ好きだけど、それ以上に私に優しくしてくれる。


「もしや、気になってますな?」

「え……何でそうなんの?」

「え?だって気になってるから連絡先交換したんでしょ?」

 

「あー……」

「どしたの?」


 

「いや、芽吹はそういうとこ変わんないなって」

「そういうとこって?」


「……いや、大丈夫。気にしないで」

「えー、何それ」


 今はまだみんなみたいに上手く出来てないだろうけど。

 私もいつか——誰かにとってのそんな人になりたいなって。

 

 


 

 

 窓の外を見ると、すっかり日が落ちて暗くなっていた。

 私たちは飲み物を返却口に置いて、店を出た。


「そろそろ時間じゃない?」

「うん、もう行かなきゃ」


「アタシも着いてくよ。ついでにちょっと飲んでく」

 

 そんな事を話しながら私たちは歩き出した。


 



 

 ふらっと会って馬鹿なことして、カフェで話す。

 二時間くらいの、何でもない時間。

 

 特別な事なんて何もしなかったけど。

 澄香の埋めてくれたこの隙間は、未来の自分の特別なものにきっとなる。

 

 

「いいなー、ハタチ」

「いいだろー、ハタチ」


 何でかな。

 何となく、そう思ったんだ。


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