第十一話 風車の谷の速達屋
「自分でほどけるか?」
ボルグさんにそう言われるまでは、うまく結べたと思っていた。
俺は縄の輪を、もう一度引っ張った。
動かない。
さっきまで、簡単には外れないことを喜んでいた結び目が、今は頑固すぎる。
「……切ったら、駄目ですか」
「毎回切ってたら、次の町に着く頃には靴紐だな」
ボルグさんは右の耳たぶを引き、俺の手元を覗いた。
キリハを出た日の昼。
食事のために停まったコハク号の、後ろの方にいた。
家の間を奥へ進み、荷置き場へ出る手前。右側の戸を開けると、そこはボルグさんの作業小屋だった。
窓際に傷だらけの台があり、壁に大きさの違う工具が並んでいる。台の端には鉄の輪が打ちつけてあった。
今はその輪へ、練習用の短い縄を結んでいる。
「引っ張ってる時は外れねえ。荷を下ろしたら、手でほどける。そういう結び方を覚えるんだ」
「力いっぱい締めればいいわけじゃないんですね」
「結ぶ時より、ほどく時に文句が出る」
彼は台の引き出しから、先の丸い金属の棒を出した。
固まった縄の間へ差し込み、少しずつ緩める。
壁の工具は、形ごとに収まる場所が決まっていた。
大きな留め具を外す道具。細い隙間へ差す道具。頭が木でできた槌。
棚には落ち止めの縁があり、壁に掛けた工具には革の押さえが付いている。
「船が揺れても、道具が飛ばないんですね」
「壊すと高くつく。足に落ちると、もっと嫌だ」
ほどけた縄を、俺へ返してくる。
「じゃあ、もう一回な」
教わった通りに輪を作る。
どちらの縄を上へ重ねたのか分からなくなって、指を止めた。
説明を聞いている時は、分かった。
目の前でやってもらった時も、分かった。
自分でやると、縄が一本増えたように感じる。
ボルグさんの太い指が、俺の持っている方を軽く叩いた。
「そっちは動かさねえ。動かすのは、こっちだけだ」
「はい」
もう一度やる。
引いて確かめる。今度は、ほどく。
輪がするりと小さくなり、一本の縄へ戻った。
「できた」
「今日はな」
「明日は?」
「明日、見りゃ分かる」
ボルグさんは口の端を上げ、丸い棒を引き出しへ戻した。
俺はもう一度だけ結んだ。
今度は、誰も教えなくてもできた。
*
翌朝には、忘れていた。
それが悔しくて、朝飯の前に練習した。
二日目の昼には、同じ形を続けて三つ作れた。三日目には、ボルグさんに見てもらいながら、空の桶を留めた。
祭りの幕を縛った縄は、まだ触らせてもらえなかった。
その間にも、窓の外は変わっていった。
最初の日は、低い砂丘の間を歩いた。
白く乾いた地面に、小石が混じり始めたのは翌日の午後だ。遠くに黒い染みのように見えていたものが、近づくと、地を這う背の低い木だと分かった。
三日目には、砂より草の方が多くなった。
細い葉の間に、白い穂が揺れている。
風が通ると、斜面を一筋ずつ白くしていく。穂が一斉に傾き、少し遅れて、さらさらと擦れる音が船まで届いた。
俺は朝、部屋を出るたびに足を止めた。
戸の内側は昨日と同じなのに、外だけが変わっている。
船の通りを掃き、ロクと食事を運び、午後には縄を習う。
夜は船を停めて眠った。
リゼが操船席を離れる時は、船長が代わった。彼女も、ずっと座りっぱなしではない。
三日分の給金を、その晩ごとにもらった。銅貨は二十五枚になっていた。
掌のひりつきも、だいぶ薄れていた。
キリハを出て四日目の朝。
小さな窓から見えたのは、緑の畑だった。
「カイ。今、起きた?」
リゼが戸を叩いた。
「起きてる。畑、あるな」
「うん。その先、すごいよ。早く」
俺は靴を履き、戸を開けた。
彼女は待ちきれなかったように一歩戻ってきて、俺の顔を確かめる。
「船長が代わってくれてるから。前で見よう」
中央の通りを抜けて、船首へ向かった。
道は、なだらかな丘の上を通っていた。
両側の斜面に低い石垣が積まれ、その内側で青みがかった麦が育っている。畑の端に立つ棒から、細い布が何本も流れていた。
丘の向こうに、白い羽根が見えた。
一枚が上がり、一枚が下がる。
大きな円を描くその横で、別の羽根も回っていた。
コハクが丘を越える。
足元のずっと先で、地面が切れていた。
白い崖が、深い谷を挟んで向かい合っている。
谷底には青緑の川が流れ、その両側に細長い緑の畑が続いていた。
町は、崖の上だけにあるのではなかった。
崖の途中を削った段々に、赤茶色の屋根が並んでいる。家の前には細い道があり、道の端から下の段へ、石の階段が折れ曲がっていた。
その町の上に、風車が並んでいた。
白い布を張った大きな羽根が、谷から吹き上がる風を受けて回る。
羽根が正面を向くたびに、低い、ぶおん、という音がした。ひとつ近くで鳴ると、少し離れた風車が、それを追うように鳴った。
「……あれが、ベルカか」
リゼが頷く。
でも、俺を見てはいなかった。
両手を手すりへ載せ、目を丸くして谷を眺めている。
向こうの崖へ、何本もの太い綱が渡っていた。
綱から下がった荷籠が、ゆっくり空中を進んでいる。籠の上の車輪が支柱を越えると、かたたん、と乾いた音が響いた。
風車の足元からは、四角い木の箱が上がってくる。
箱の縁から、水が光りながらこぼれた。
「水を上げてるんだ」
俺が言うと、操舵室の窓から船長が答えた。
「下の水を畑までな。粉をひくやつもある。全部、同じ仕事じゃないぞ」
畑を抜けてきた風は、土と青い葉の匂いがした。
砂を噛まない風だった。
その時、青いものが、崖の上で跳ねた。
「魚?」
細長い尾を振っている。
その下を、黄色い魚が横切った。
「ほんとだ」
リゼまで身を乗り出しかけた。
俺たちの背後で、船長が笑う。
「祭りの風見魚だ。布で作って、風に上げる。よく見ろ、腹から紐が伸びてるだろう」
目を凝らすと、確かに細い線があった。
青い魚の下に、小さな広場がある。そこで誰かが、糸巻きのようなものを抱えて走っていた。
「凧か」
もう一度、青い魚が高く跳ねた。
ひれが膨らみ、本当に空を泳いでいるように見えた。
ゲームで新しい土地へ入った時、遠くの建物を見つけて、道を外れたくなることがあった。
ここでは、道を外れたら谷へ落ちる。
それでも、あの広場まで下りてみたい気持ちは、同じだった。
「あとで、あれを見に行かないか」
「行く。近くで見たい」
リゼは即答した。
「じゃあ、まず荷下ろしだな」
「うん。早く済ませよう」
彼女はようやく手すりから離れた。
操舵室へ戻りかけて、もう一度だけ、青い魚を振り返った。
*
そこからも、船の道は崖のこちら側を続いていた。
畑の間を抜け、ゆるい下りに入った頃には、日が高くなっていた。
道の先に、広い平場があった。陸上船が何隻も脚を曲げて並び、荷車がその間を行き来している。
あそこが港だという。
リゼが操船を代わり、俺は横の腰掛けへ座った。
後ろから、小さな鐘の音がした。
船長が窓の外を確かめる。
「追い越すぞ。左を空けろ」
「はい」
リゼがコハクを道の右へ寄せる。
横を、緑色の小さな船が走っていった。
六本の脚はコハクよりずっと細い。
かかっ、かかっ、と短く地面を叩き、低い船体を前へ送っている。
前には一人分ほどの操舵室。後ろは荷台で、小さな屋根の下に木箱が並んでいた。家の列はない。
窓から、赤銅色の短い髪が見えた。
若い女の人だ。
彼女は一度こちらへ手を上げると、すぐ道へ顔を戻した。
「速いな」
「うん」
リゼは、その船の脚を見ていた。
「前の脚を、あんまり高く上げてない。ここ、平らだから」
小船が曲がり角へ近づく。
接地の音が細かくなり、船体が低く傾いた。曲がり終わると、すぐ元の調子へ戻る。
「……上手い」
リゼの声が、少し変わった。
船長は腰の鍵束を握り、じゃらつく音を止めた。
「追うなよ。うちは幕を届けに来たんだ」
「追わないよ」
返事は素早かった。
ただ、彼女の目は、まだ前の小船を追っていた。
*
昼過ぎに港へ入ると、頭の上を影が横切った。
魚ではなく、荷籠だった。
綱を走る車輪の音が、今度はすぐ近くでする。
丸い果実の入った籠が、家の屋根を越えて、向こうの段へ運ばれていく。
俺たちは、荷受け場の前へ船を停めた。
白い石造りの平屋で、庇の下に秤があり、その隣に空の荷車が二台置いてある。
船が脚を曲げ、渡し板を下ろす。
船長に続いて上陸すると、平たい帽子を被った男が帳面を抱えて出てきた。五十歳くらいで、鼻の脇から顎へ、赤茶色の髭が短く伸びている。
「キリハからの幕だな」
「ああ。八本」
「待ってた。こっちの台へ」
荷受け係の男は、庇の下を指した。
そこまでなら、船から十数歩だった。
俺はロクと幕を運んだ。
船に積む時より、持ち上げる呼吸が合った。渡し板の端へ来る前に一声掛けると、ロクも同じところで歩幅を狭める。
八本目を置き、包み布を開く。
赤い幕に、砂も水も染みていなかった。
荷受け係が指で端を確かめ、船長へ頷く。
「よし。傷みなし。受け取った」
帳面へ何かを書き、船長に紙を渡した。
オルド船長が、運賃の入った袋を受け取る。
これで、一つ終わった。
俺は、ロクと運んできた八本を見た。
どれも傷んでいないと聞いた時、少し胸を張ってしまった。ずっと船に載っていた荷が、これからこの町で使われる。
「それ、上へ張るんですか」
庇の前の二本の柱の間に、綱が低く垂れていた。それを見て尋ねると、男が幕の一本を持ち上げた。
「ああ。明日から受付だ。手、空いてるか」
「はい」
幕の両端に付いた紐を、その綱に結ぶ。片端を俺が、もう片端を荷受け係が受け持った。
高い柱へ登る仕事ではなかった。幕を付け終わった綱を、あとから柱の上へ引き上げるのだという。
俺は一つ結び、引いて確かめた。
ボルグさんに習った形になっていた。
見に来た本人が、結び目を指で押す。
「自分でほどけるか?」
「はい。たぶん」
「たぶんを取っとけ」
俺は一度ほどき、結び直した。
荷受け係が脇の縄を引くと、幕が上がった。
赤い布が朝より強い風を受け、ばたん、と大きく膨らむ。
両端の紐は外れなかった。
リゼが俺の隣へ来て、見上げた。
「ちゃんとできたね」
「三日かかった」
「私、最初はもっとかかったよ。ほどけなくして、ボルグさんに持っていった」
「切った?」
「切ろうとして、怒られた」
俺たちは同時にボルグさんを見た。
彼は何も言わず、右の耳たぶを引っ張った。
*
「急ぎ? なら私」
はっきりした女の声が、庇の向こうからした。
緑の小船を、荷受け場の少し先へ泊めていた。
そこから下りてきた人が、片手を上げている。
さっき追い越していった船の操船士だ。
近くで見ると、俺より少し若そうだった。
小柄な身体に、濃い緑の短い上着を着ている。顎のあたりで切り揃えた赤銅色の髪が、風で外へ跳ねた。
腰には、革で覆った平たい書類入れ。
茶色に金を混ぜたような目が、荷受け係の手元の封筒を見ていた。
「配達じゃねえ。おまえ宛てだ」
「あ。そう」
伸ばしていた手の勢いを、途中で少し弱める。
封筒を受け取ると、彼女は書類入れの留め金を親指で弾いた。
ちん、と短く鳴った。
「例の相棒か」
荷受け係に聞かれ、彼女は頷いた。
封を切る。紙を一枚抜く。
読み始めて、眉が寄った。
「……来ないんだ」
声から、さっきの張りが消えた。
「仕事か」
「海までの仕事を、もう一つ入れたって。それだと競走に間に合わないから、組む話はなしにしてほしいって」
紙を裏返す。
裏には何もないらしく、すぐ表へ戻した。
「私、練習する日の便、空けたんだけどな」
誰に向けたのでもない小さな声だった。
荷受け係は、何か言いかけてやめた。
彼女も顔を上げ、薄く笑う。
「仕事が大事なのは、分かる。私だって稼ぎたいし。でもさ、もうちょっと早く教えてくれたらよかったのに」
「まだ七日ある。相手を探せ」
「うん。探す」
彼女は紙を丁寧に折り直し、書類入れへ入れた。
留め金を弾こうとした親指が、空振りした。
俺にも、覚えがあった。
仲間と遊ぶために、残業を片づけて、夕飯も急いで済ませて。帰宅してから、中止の連絡を見る。
仕方がないと分かっていても、手持ち無沙汰になった時間が、妙に長い。
リゼが、俺の袖を軽く引いた。
「相手、探してるって」
彼女は小船を見ていた。
あの細い脚を、さっきと同じ目で。
俺は船長へ顔を向けた。
「競走の話、聞いてもいいですか」
「聞くのはいい。約束する前に、俺を呼べ」
頷いて、彼女のところへ近づいた。
「すみません。ひとつ、相談してもいいですか」
茶金色の目が、俺へ向いた。
「急ぎ?」
「今、話せるなら」
「話なら、いいよ」
小さく笑って、こちらへ身体を向ける。
その隣に、リゼが並んだ。
「コハク号のカイです。こっちは、操船してるリゼ」
「ヒバリ号のアニカ。船長も操船も、私。……コハクって、さっきの?」
俺たちの後ろへ目をやる。
船上に並ぶ家々を、一軒ずつ数えるように視線が動いた。
「相棒の話?」
「はい。俺たちも、出てみたいんです」
「ごめん。それなら、組めない」
返事は早かった。
リゼの顎が、わずかに上がる。
「遅いから?」
「うん」
アニカは、隠さず頷いた。
「私は、軽い船同士で荷を分けるつもりだったの。あの船が戻るまで、私も終われないでしょう。いい船なのは分かるけど、競走は別。私は、勝ちたいから」
リゼは黙った。
そのまま右の袖を折り、左も同じ高さまでまくり直す。
「どのくらい遅いと思ってるの」
「坂を上る時も、曲がる時も、うちより時間はかかるでしょう」
「それは、かかる。でも、荷が載っても同じだと思う?」
アニカの目が、少し細くなった。
「重い荷は得意?」
「船を揺らさないように運ぶのも」
「そう」
彼女はもう一度コハクを見た。今度は、幅を確かめるように、船の端から端へ目を動かしていた。
俺は口を挟まず、二人の話を聞いていた。
どちらも、相手の言うことを全部間違いだとは思っていない。
ただ、自分の得意なところを、まだ見てもらっていない顔だった。
「大会の荷って、どんなものを運ぶんですか」
俺が尋ねると、アニカは荷受け場の壁を指した。
紙が貼ってあり、箱の絵と、三つの印が描かれている。
「重いのと、壊れやすいのと、細い道の先へ持っていく小さいの。届け先は三か所。二隻で、どう分けるか決めるの」
「途中で、載せ替えても?」
「決まった停船場ならね。知らない船に運ばせるのは駄目。登録した二隻だけ」
俺は指を折りながら数えた。
重い荷。
壊れやすい荷。
細い道へ入る船。
アニカが俺の指を見た。
「何、数えてるの」
「あ。考える時、ついやるんです」
「二隻なのに、三つあるよ」
「だから、相談してます」
彼女が少し笑った。
留め金を、今度はちゃんと親指で弾く。
「考えただけで速くなるなら、私も毎晩考えるよ」
「そうですよね。だから、まず一回、荷を運んでみませんか。競走の約束は、その後で」
アニカは返事をせず、リゼを見た。
リゼも目を逸らさなかった。
「明日の昼。風車の工房へガラスを運ぶ話がある」
アニカが言った。
「四箱。うちでも運べるけど、揺らさないように走ると遅くなる。ちょうど、大きい船を頼もうか迷ってた」
「俺たちなら、速く運べるかもしれない」
「かもしれない、ね」
その一言に、俺は口を閉じた。
荷を載せる時間。下ろす時間。
道幅や坂のことだって、俺はまだ知らない。
頭の中で分けただけで、できたように思っていた。
縄を一度結べただけで、覚えたつもりになったばかりだった。
「すみません。まず、道と荷物を見せてもらえますか。俺は荷を運ぶ方を手伝います。どう走るかは、リゼと話してほしいです」
彼女は、今度はすぐに答えた。
「それなら、いいよ」
俺は船長を呼び、今の話を伝えた。
オルド船長はアニカから届け先と荷主を聞き、ボルグさんへ確かめる。
「明日の朝、脚を見てもらう。直すのが長引かなきゃ、昼には出せるか」
「見てからだ。駄目なら駄目と言う」
「それでいい」
船長はアニカへ向き直った。
「朝、荷主も交えて話そう。運賃と道を見てから、引き受けるか決める。脚が直らなけりゃ、昼の便には出せん」
「分かった。それなら、別の船も探せる」
アニカは小船を指した。
「私は、あそこ。出る時は荷受けに行き先を残すから」
それから、リゼの方へ一歩寄った。
「速かったら、ちゃんと認める。遅くても、はっきり言うよ」
「その方がいい」
リゼは短く返した。
袖口に手をやりかけ、もう揃っているのを見て、下ろす。
「ちゃんと見てて。荷物を載せた時に、どう走るか」
アニカの口元が、ゆっくり持ち上がった。
「うん。見る」
*
アニカがヒバリ号へ戻ると、リゼは大きく息を吐いた。
「……あの人、速かったね」
「うん」
「曲がるところ、見た?」
「見た」
「一回も、脚を置き直してなかった」
彼女は小船を見ていた。
悔しそうで、でも、目が離せないようだった。
「組んでみたい?」
「うん。あの人となら、遠い所の荷も任せられそう」
言ってから、俺を見上げる。
「でも、遅いって決められたのは、嫌だった」
「そこは、明日見てもらおう」
「うん」
俺たちの上で、赤い幕が膨らんだ。
俺が結んだ紐がぴんと張り、柱の綱へ重さを渡している。
荷受け場の壁には、競走の紙が何枚も貼られていた。
その隣の板に、二隻の船の絵が大きく描かれている。白い上着の男が、その間で腕を組んでいた。
絵の下に、金色の印が三つ並んでいる。
俺の視線に気づいた荷受け係が、顎を上げた。
「ルーガンの組だ。三年続けて勝ってる」
「今年も出るんですか」
「四つ目を取りに来るよ。明日には港へ入る」
リゼがその絵へ近づいた。
船の脚と、荷台に描かれた箱を、じっと見ている。
「カイ」
「何?」
「明日、忙しいね」
ガラスの荷を見に行く。
脚の点検をする。
速い船と、組めるか試す。
「そうだな。今日のうちに、買い物へ行くか」
「杯?」
「うん。あと、魚」
リゼが顔を上げた。
青い魚は、まだ谷の上を泳いでいた。
「近くで見たいって言ったの、覚えてた?」
「俺も行きたいからな」
彼女は笑って、船長のところへ駆けていった。
荷下ろしの後に町へ出ていい時間を聞いている声がする。
船長は、荷受け係にサイハ行きの手紙を頼める店を尋ねていた。俺も今夜、森崎さんへの便りを書こう。
俺はもう一度だけ、板の中の二隻を見た。
その前を、風で膨らんだ赤い幕が横切った。
明日は、あの速達屋にコハクの走りを見せる。
俺も、荷を積むところで足を引っ張るわけにはいかなかった。




