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アポカリプシスの監視者  作者: 新堂まなぶ
第2章『抗拒』

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Log2-2//沈黙の星々(回想編)


 ――三ヶ月前 カリュプス島 沖合


「ねぇ、ワサト! この子、息してる⁉︎」

「息はあるけど体温が低いかも、早く艦に引き上げよう。ごめんね少し遅れたから」

 潜水機器を身につけたアルフリーナとワサトに、アマヨリは海中から回収されていた。ダイアンに投げ込まれてから少しの間、真っ暗な海面を漂流していたようだ。

 急激な離岸流にさらわれて、あっという間に沖に流れ着いていた。

 どうやら、既に時間と回収場所は入念に計画されていたようだ。

 ただ、その計画を何一つ知らされていなかったアマヨリは、ダイアンに対して疑問を抱かざるを得なかった。

 晩夏といえども、短時間でも海中を漂っていれば体温があっという間に奪われる。

 二人は意識の朦朧とするアマヨリを、ひっそりと待機していた小型艦艇へ引き上げた。

「先生、あと十五分もしないうちに監視網が戻るわ」

「すまない、監視網への侵入に時間がかかった。ワサト、彼女をこっちへ」

 ワサトは救命用のシートでアマヨリを包むと、先生と呼ばれる男へアマヨリを引き渡した。

「おい、アマヨリしっかりしろ!」

 聞き慣れた声と共に、どこか懐かしい匂いもした。ダイアンの暖かな匂いとは違う、もっと遠い記憶に残る、懐かしい匂いだった。

 体がゆれ、頬にも刺激が走る。

 ほのかに伝わる温かさが、クリプタに背負われて、今にもつかめそうなほどの星を眺めたときのことを、ぼんやりと思い出させた。

 けれど、再び目にした透明な世界の星々は、姿を隠されたかのように光を失っていた。

「ううっ……」

「アマヨリ!」

 うっすらと瞳に映ったその顔は、いつもアマヨリを叱るその顔とは異なり、不安に満ちた表情だった。

「クリ……プタ?」

「よかった、意識はあるね。もう大丈夫だ安心しろ。作戦は成功した」

 刺すような冷たさが全ての感覚を奪うようで、何も考えられなかった。

 声を出してしまえば、問わねばならないことも浮かんでしまう。

 どうか夢であって欲しいと、ぼんやりする頭で考えた。

 ただ、今は目の前の見慣れた顔と声に安心を預けて、もう一度現実という世界からアマヨリは目を閉じた。



 次に目を開けたとき、目の前に映る全てのものが新鮮で、目新しく、全く想像したことのない現実世界が広がっていた。

 そこは、カストロザリア帝国、帝都ナデシア郊外北部にある、反帝国組織〝沈黙の星〟のアジトだった。


「嫌っ! そんなの嫌だぁ!! 絶対にうそだっ!! 戻るっ!」


 アマヨリの悲鳴とも呼べる声が、部屋の外にまで響き渡っていた。

「すまないが、すぐに探しに行くのは無理だ。頃合いを見て引き続きダイアンは捜索する。彼に渡していた位置情報がつかめなくなっているんだ。リラに捕まっている可能性も高い。慎重に動かなければならないんだ」

「ダイアン嫌だ……、嫌だ……、なんで……」

 目を覚まして早々に泣きじゃくるアマヨリを、クリプタが落ち着かせていた。

「リラが彼に手をかけることは考えられないんだ、必ず生き延びているよ」

 そんな言葉、信じられなかった。この作戦ですら何一つ知らされなかったのだ。

 何を信じろと言うのだろう。

 アマヨリは怒りと悲しみで声が震える。

「でも、でもあのとき、衛兵の持っていた銃で脚を撃たれた。血が出てないのに傷だけが広がってくみたいな。なんだかおかしかった……」


 最後に見たダイアンの顔は、闇夜でもわかるほどに蒼白で、リラに連れ戻されていたとしても、とても無事だと安心できるものではなかった。アマヨリは、なぜあのときもっとダイアンを質問責めにして、彼を止められなかったのか。自身の浅慮さが悔しくてたまらなかった。


 アマヨリはベッドの上で巻かれた包帯を引き剥がしていく。

「こんなのっ! いらないっ! うぅっ……」

「何をしてるんだ! そんなことして何になるんだ!」

 クリプタの咎める声が聞こえたが、そんなことはどうでも良かった。

 自分だけが手当を受けるなんて許せなかった。

 無理に剥がした傷口からは赤い血がポタポタと流れていく。

「うっ、うっ」

 大粒の涙が溢れて止まらない。

 胸に大きな空洞ができたようだ。

 息をするたびに苦しくて目を瞑るたびにダイアンの苦しそうな姿がはっきりと浮かぶ。

 傷は大丈夫なのだろうか、あのまま海に飛び込んでいないだろうか、捕まった先で何か酷いことをされてないだろうか。


 ――――もう二度と会えないのではないだろうか。


 不安定に掻き回された心の渦が、自分自身さえも飲み込んでしまいそうだった。

「なんで、なんで私だけ……」

 クリプタは、寄り添うようにベッドへ腰掛ける。

 自分を責めながら慟哭するアマヨリの背中をさすり、穏やかな声で伝えた。

「アマヨリ、彼はね、君をあそこから自由にしたくて、ずっと動いてきたんだよ。君がここにいることが彼の望みであり、願いなんだ」

「そんなの……、だって、私の気持ちはどうなるの?」

 こんな結果は望んでいなかった。あのままダイアンと一緒にいるほうがずっと良かった。どうして私だけここにいなければいけないのか。

 アマヨリにはそんな願いなど、なんの意味も持たなかった。

 クリプタは顔を下に向けると大きく息をついた。

「そうだね。これは私に全責任がある。君たちを巻き込んだのは紛れもなく私の判断だからね。彼は必ず探し出すよ。でも彼が、君の未来を考えてやったことは責めないで欲しい。恨むなら私を恨んでくれ」

 アマヨリはクリプタの言葉にどうしようもない怒りを覚えた。

 このやりとりを終わらせるための手段のようにも思えた。

「大人はずるい、いつもそうやって重要なことは言わないで、私たちを黙らせるのね!」

 そう言ってアマヨリはクリプタのシャツを力一杯掴んだ。怒りを浴びたシャツのボタンが、床を転がっていく。

「……」

 クリプタは黙ったままだった。

「これだけは教えて。どうして私たちだったの? レンユウやアルヘニクスでなくてなぜ、私とダイアンが選ばれたの?」

 優秀な人間ならオメガ9には他にも大勢いた。その中で二人が脱出することになった理由くらい、知る権利があると思った。

 アマヨリはクリプタを見つめながら、答えを待った。

「ダイアンとの約束だ、君とダイアンはリラ・ランブラからの預かりものだ。開発局の内情を知るためにそれを利用したに過ぎない」


 ダイアンからあの夜に伝えられた〝産業用クローン〟という言葉が脳裏をめぐる。

 この言葉の意味を知ってしまったら、もう何もかもが元に戻らない気がした。

 けれど、それを聞かなければダイアンを見つけることができないと思っていた。

 アマヨリは絞り出すような声で、問いかけた。

「私たちは……、一体なに? ダイアンからは産業用クローンと言われたの」

 逸らされていたクリプタの視線がゆっくりとこちらへ向く。

 その眼差しは彼の長きにわたる深淵の苦しみが伝わるほどの、悲しい表情(かお)だった。

「君たちは……」



 リビングでは今回の作戦に関わったメンバーが久々に顔をそろえ、ブラックジャックに興じながら束の間の時を過ごしていた。

 しかし、傍ではエアビューと睨み合いをするアルフリーナの姿が。

 画面には何やら別室の様子が映し出されている。

「おい、趣味が悪いぞ」

 ワサトが、呆れた顔で言う。

「まぁ、一応ね。取り乱して暴れるかもしれないじゃない?」

 ワサトの向かい側でディーラー役をつとめる大柄の男は、ワサトの選択を真剣な眼差しで見守りながら、アルフリーナに忠告を入れた。

「あまり感心しませんな……」

 アルフリーナは見ていた画面を他のメンバーの前へ飛ばすと、グラスの酒を一気にあおり、荒々しく置いた。

「あの鬼のクリプタが、若い女に入れ込んでるのよ! どうしたって気になるじゃない」

 アルフリーナの建前が消え去り、飛んできた画面を見たメンバーたちは、期待ハズレとばかりに、声をそろえて言った。

「保護者だろ……」


 ワサトは手元のカードを見つめる。

 一か八かの勝負に期待を込めてカードを手に取り、言った。

「俺は施設長の姿を知らないから。いつもあんな感じなのか?」

「ううん。あんな優しい顔のクリプタ初めて見たわ。なんか怖いくらいよ……」

「坊ちゃんを回収し損ねている。こんな状況なら優しくもなりますぞ」

 大柄な男はそう言ってクリプタのフォローを入れた。

 けれどアルフリーナはその怖さの意味が少し違うことを口には出せず、そのまま、そうだね。と頷いた。


 ドアの閉まる音が聞こえると、リビングの者たちは、慌てて普段の光景を装った。

「みんなそろってるか?」

 開きかけたドアの隙間からクリプタが顔を出した。

「はいはい〜。いますよ〜先生」

「しばらくここには戻れない。すまない、ワサト、アルフリーナ、アマヨリを頼めるか」

「もちろん〜!」

 ワサトはいつもの調子で返事をする。

 アルフリーナは何事もなかったかのように、氷だけになったグラスに口をつけていた。

「しっかし、あんなに泣いたらもう、涙も枯れ果ててるわね。かわいそうに」

「明日からはそんなことも言ってられなくなるさ」

「……」

 先ほどまで聞こえていた泣き声はいつの間にか勢いを失い、大人たちの会話が冷たく響く。

 卓上に置かれたグラスから水滴が静かに流れ落ちる。

「とりあえず、全て話しちゃっていいのね?」

「あぁ。遅かれ早かれ必ず知ることになる。今の彼女にはショックが大きいかもしれないがね……」

 そう言ったクリプタの顔からは疲れが滲み出ていた。ここ数日ほとんど眠っていないのがわかるほどに。

「まぁ、先生もゆっくり休みなよ。いっそう老け込んだよ」

「……そうだな。それにしても……。ワサト、それ詰んでるんじゃないか?」

「あ……」

 カードのキングは勝利の女神を打ちのめし、全てを見透かしていたかのように、ワサトを無常にもバーストさせていた。

「覗きなどと、つまらないことをしている暇があるなら、新しい任務をやろうじゃないか」

 一同は、静まり返ると気まずそうに謝った。

「すみません……」

「とにかく、彼女のこと、頼んだよ」

「了解」


次回作への励みになりますので、評価お願いいたします。次の更新は、8/20日を予定しています。

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