第10夜
結局、すべての組がグラウンドに到着するまでに一時間余りかかった。
アジポンはほぼノートラブルだったが、ツヤカは途中でこんにゃくを結び付けていた糸が切れ、取り換えるのに難儀した。イケのニワトリを見て大抵の子供は泣いたが、中には果敢に戦いを挑んでくる輩もいた。棒を持って逆にイケを追いかけてくる。マスクは目のところがほんの少し開いているだけだったので、足元がよく見えずイケは何度も転んだ。
肝試しの後は、出迎えの母親たちも含めた全員で花火をした。
アジポンがねずみ花火に火を点け、縦に放り投げる。火花を発しながらピョンピョンと跳ね回るそれは、ややもすると角度が変わり、思いがけない方向に飛んでくる。そのたびに逃げ惑う子供たちから嬌声が上がる。
帰り道は湖に向かって緩やかに下る舗装路だった。子供たちの多くはあくびをしたり、目をこすったりしている。ミヤコと手をつないでいる女の子もカクンと力が抜けるときがある。子守唄代わりに道端で虫が鳴いている。
さりげなく隣のツヤカに目をやると、ちょうど大きなあくびをしているところだった。ミヤコは柔らかな笑みを浮かべ、また前を向く。
「あたし、ツヤカくんたちの気持ち、ほんの少しはわかったような気がする」
「ふぁ?」
ツヤカがあくびを噛み殺す。
「楽しさっていうか、喜びみたいなものを感じるの」
はにかみながらミヤコは続ける。
「自分たちの演出したものを、って言っても、あたしはそんなにアイディアを出したわけじゃないけど。でも他人がね、初めて会った人たちが面白がってくれる、喜んでくれるのって、とっても嬉しいことなんだなって」
少し離れた場所で、イケは寝落ちした男の子を背負っていた。
「寝るな。眠ったら終わりだ。ああ、天は我々を見放したか」
イケの台詞は百年以上前に起こった日本軍の八甲田山雪中行軍遭難の際の有名な発言のパロディなのだが、誰もそんなことは知らない。しかし、どこか可笑しさを感じさせるのか、ほのぼのとした笑いが広がる。背負われた子供は眠りこけたままだ。
「あたし、今まで他の人のために何かをするなんてこと、なかったんだ。自分をやりくりしていくだけで精一杯だったの。自分から何かを言い出す方じゃなくて、人の言ったことを受け入れる方だったのね。だから」
「俺たちはただ、行きたいとこ行って、やりたいことやってるだけなんだけど」
ツヤカは両手を高く上げて背伸びをする。
「そう感じてもらえるなら、どういたしまして、ってとこかな」
「それにね……おねえちゃん、おねえちゃんって寄って来られると、なんか、それだけでもう嬉しくて」
「母性本能がくすぐられると」
同意する代わりに、ミヤコははにかんで下を向く。
もう車が通る時間ではない。集団はいつの間にか道一杯に広がって歩いていた。何人かの子供は力が有り余っているらしく、追いかけっこをしている。それを、アジポンがさらに追いかけ回す。
「おらおら、夜遊びばっかりしてると、お兄ちゃんたちみたくなっちゃうぞ」
なまはげの形態模写をするアジポンに、ツヤカとミヤコは顔を見合わせて笑った。
民宿に戻ると、おばさんがウイスキーと氷を用意して待っていた。
「お疲れさん代わりに一杯やろない?」
「おばさん気が利くねえ」
「だから、おばさん、それ、どこの方言だってば?」
街灯に群がる蛾のように、ツヤカたち三人が大広間のテーブルに引き寄せられていく。ミヤコも、ちょっぴり恥ずかしそうな顔で後に続く。
「それに可愛い居候の歓迎も兼ねての」
「そんなあ、恐縮です」
慌てて正座になろうとするミヤコを、おばさんが笑いながら手で制す。
「キョウシュク」
アジポンが呪文のように呟く。それを聞いて、ツヤカとイケは小声で囁き合った。
「漢字で書けるか?」
「いや、自信ないな」
ミヤコはおばさんの横で四人分のグラスに氷を入れる。それを見たおばさんが、ミヤコの前にもう一つグラスを差し出す。
「遠慮せんと」
「いえ、私はまだ未成年なので」
「おや、そりゃ失礼したね。若い娘の年はわからんのぉ」
一つだけ他のグラスよりもウイスキーが多めに注がれたものがあり、それをアジポンが素知らぬ顔でイケの前に置く。そして、こっそりとミヤコに耳打ちする。
「イケの神髄を見せてあげよう」
今日はノンアルコールビールで乾杯すると、ミヤコは舐めるように口に含んだ。苦みは思ったほどではないが、美味しいかと言われると微妙だ。難しい顔のミヤコを、おばさんはニコニコしながら見ている。
「街の娘らしいのお」
「え?」
「こ奴らと一緒だわ」
言われた意味がわからず、ミヤコは首を傾げる。
「あたしら田舎に暮らしてるもんから見るとな、あんたもこん人たちと同じような電波を飛ばしてるように感じるんよ。居るだけで場が明るく、若々しくなる。村の若いのが都会に出て行きたくなるのもわかる気がするねえ」
横目でちらりとツヤカを見る。その視線をかわすように、ツヤカは部屋の隅に行くと、重ねてある座布団と座布団の間から魔法のように団扇を抜き出した。
そういえば、彼らの出身はどこなのだろう。決まった住所はあるのだろうか。年の頃は同じくらいに思えるが、どのような経歴の持ち主なのだろう。名前以外、何も知らない。いや、その名前だって本名じゃない。
「あっ、イケがハイになった」
ツヤカの叫びに後ろを振り返ると、顔を真っ赤にしたイケが仁王立ちしていた。さっきまでとは様子が違う。明らかに目が据わっている。
「さー出るぞ。さー出るぞ。こっからがイケの本領発揮だ」
「動き出した。もう、誰にも止められない」
ハードボイルドなアジポンのナレーションは、往年のアクション映画のキャッチコピーなのだが、当然ミヤコは知らない。何? これから何が起きるの?
イケは直立不動で気をつけの姿勢のまま、いきなり縦に飛び跳ね始めた。ばね仕掛けのおもちゃのように、ボヨンボヨンと畳の上を動き回る。そうかと思うと、テーブルの上にあったお盆に目を留め、頭の上に載せては「カッパ」と言って独りウケる。
その後も、タコ、カニ、カモシカと、立て続けに形態模写を繰り返していたが、やがて野獣と化してこちらに向かって来た。
「うわっ、ヤバい」
ツヤカとアジポンが素早く部屋の隅に逃げる。取り残されたミヤコは腰が抜けた格好で畳の上を這いずりまわる。
「きゃっ、ちょっと、ホントなの?」
ミヤコは助けを求めてアジポンの足に縋りつくが、アジポンは血相を変え全力でそれを振りほどこうとする。
「待って。あたしたちまで肝試しをやるなんて、聞いてない」
もはやミヤコは半泣きだ。
その様子を、数人の母親たちが大広間の入口から見つめていた。見てはいけないものを見てしまったのではないかという、戸惑いの表情で。
「あの、お取込み中のところ」
「ああ、はいはい」
おばさんがグラスを持ったまま席を立ってやってくる。
「あの、明日のハイキング、皆さんもご一緒にと、お願いに来たんですが」
イケがとうとうツヤカを捕らえた。やめてくれーと絶叫するツヤカ。ミヤコは見つからないように頭から座布団を被っている。
「わかりました。四人にちゃんと言っときましょ。なぁに、若いもんだで、エネルギーが有り余っとるんだわ」
そう言うと、おばさんは美味しそうにグラスに残ったウイスキーを飲み干した。




