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女神アナスタシアと、布団の勇者の哀愁


 かつて、無限の魔力を持つチート勇者として異世界に転生した俺は、女神と共に“次元喰い”との決戦に挑んでいた。


 あれは事故だったんだ……

 雑な女神と、予測不能な次元喰いの特性が重なった、不幸な偶然……


 酷い戦いになった。向こうはこっちの世界がどうなろうと知ったこっちゃない、欲望の赴くままあらゆる事を世界規模でやってのける。

 奴に喰われた世界は、過去も未来も関係なく、食い破られる。人は突然消えたり、昨日まであった大陸が翌朝にはなくなっていたり、過去や未来がごちゃ混ぜとなったあと、世界が消えていくんだ。


 そんな敵を相手に俺たちは防戦一方となり、起死回生の一手を打った。


「もう!こうなったら、力比べて押し切ってくれる!!妾のブレイブ・ハートを勇者どのに預け、妾の神力と合わせて、二倍の超神力アタァークッ!!!」

「うえっ?!ちょ!!まて!もう!しかたないっ!ウリャああーーー!!」

――――――

 

 ……そして、次元喰いが崩れ去り、勝利を手にしたはずだった。


「ああっ?!勇者どの!あやつが別次元に溜め込んでいたエネルギーが、奴という栓が滅び抜けた事で、逆流してくるのじゃっ!!

 うくっわぁ!!おっ、抑えきれぬ!!

 す、すまない!勇者ど……の……」


 その結果――次元喰いは滅ぼしたけど、異世界そのものは消し飛んでしまった。

 やる事が雑なんだよなぁ、うちの女神は……

 

 その瞬間も、俺と女神は力を合わせて、なんとか生き残った住人たちだけは連れて、俺の居た世界、現代日本へと戻って来ることができた……

 

 だが、異世界同士を分ける壁の様なものを打ち破るために、女神はその神格の大半を消費して、生き残った俺たちを転移させたんだ。

 その結果、神としての資格を失ったアナスタシアは、現世神へと顕現して、現人女神アナスタシアとなってしまった。

 簡単に言えば、神から人の体を持つ聖なる存在へと変わり、この世に生まれ落ちたってところかな。

 

 神格を失うっていうのは神としての死、なんだろうと思う。

 なのに、日頃雑な女神が、世界を吹き飛ばしたことだけは、自分を許せなかったのかもしれない……だって、神としての命を投げ出してでも、生き残った者たちを、いや、魂となった者達までも、なんとしても救おうとしたんだから……

 

 アレはアナスタシアの所為じゃ無かったのに……

 無茶なことをして……本当に雑な女神様なんだからな……

 

 そして!そんな女神のおかげで、そう……確かに俺は、現代に戻って来れた!!

 

 でもね、物事はそう易々とは進まないのが世の常ってもので、現代に帰ってみれば、俺もすでに「死亡扱い」だった……


 戸籍も、居場所も、すべて失われていた。

 

 それも、これも、全部、あの雑な女神のせいだ!

 ――女神 アナスタシア。

 

「ほほ、別人で生きるとな?

 では、勇者よ、お前に仕事を授けよう。

 我が学園の教師になれ」


 女神はその力で、異世界人たちの避難先――そして現代で生きるための知識を学ぶ学園を作り出し、

 その教師を、俺にやれと言ってきた!


「なれ!じゃない!なんでだよ?!」


「実はのう……この世界、魔力が無いじゃろ?

 妾の世界の者たちは、妾も含めて、魔力が無ければ消滅してしまうのじゃ。


 ゆえに、お主の能力――『ブレイブハート(無限魔力炉)』でなんとかせい。

 簡単じゃよ。むしろスケベなお主向きじゃ。

 妾の世界から勇者どのの世界へ連れてくる事ができた数少ない者達は、殆どが若い女子ばかり故な」


「スケベ?!

 ったく!のじゃ じゃねぇしっ!

 大体その"直接"って何?!

 お前の事だ、絶対碌でもない事に違いないんだ!

 だから、やだよ!恥ずかしい!

 ほんと、相変わらず適当な女神だな!!

 そんなのアナスタシア!お前が神の力でどうにかしろよ!」


「何を言うておる?

 できるわけなかろう?」


「はあ?なんでそうなるんだ?」


「なんでもかんでも出来るわけないではないか。

 妾の『ブレイブハート』をお主に渡してしもうたで、妾にはもう魔力というか、神力が残っておらんのじゃ。ほほほ」


 ――その瞬間。


 アナスタシアの体が突然透けて、足元から分解されるように、ふわふわと光る粒子が立ち上った。

 数秒ほど明滅するようにそれが続いたあと、アナスタシアの体は元の状態へ戻った……


 ……あ。


 いや!待て?


 これ、笑い事じゃないやつだ?!


「お、おい!お前、消えかけてるぞ?!

 そういう大事なことは先に言え!!

 ど、どうすればいい?!」


「じゃから簡単じゃと言うておろう?

 お主の魔力を……アレして妾に譲渡するだけじゃよ」


「あ、アレ?アレって?な、な、何だよ?」


「アレは、アレじゃよ、そんな事乙女の口から言わせるでないわ」


「わ、わ、わ、分かるわけないだろ!」

 

 アレって、アレか?仲良くなった男女の究極の行為というやつか?

 いやいや、いくら何でも女神がそんな事言い出すわけない……よな?


「はぁ……本当に、勇者どのはヘッポコじゃのう」


「うっ!うるさいな!しょうがないだろ!勇者転生前から女の人と付き合った事なんてないんだから!」


「ほーん?

 ……

 そうかえ、そうかえ」

 

 この駄女神はどうしてこう、やらなくても良いことを、人に強要する様な真似ばかりするんだ?

 

 にっこりと微笑んだ女神アナスタシアは、雑で残念女神なくせに……見た目だけは愛らしくて美しい……本当黙っていれば神々しささえ感じるのになぁ

 

「はあ……なぁ……アナスタシア……」


「なんじゃ?愛しの勇者よ」


「優しくしてね……」

 

「ほほほほ……

 妾は元から優しいぞい」

――――――――――


 今、俺たちは東京のど真ん中にいる……

 

「……あーアナスタシアさんや」


「うん?なんじゃ勇者よ?

 妾、今にも消えそうで、余計なお喋りしとる暇もあまりないのじゃがの」


「あのさ……この場所でする気か?」


 そう俺は今、渋谷の一等地、大きなデパート跡地にいるんだ、女神はここを奇跡で無理やり昔から続く私立学校へと人々の認識を入れ替えて、本当に学園の校舎を建ててしまっていた。

 そんな渋谷の一等地に建てられた異世界学園の校門をくぐって、今風の服装を纏った女神と街へ繰り出したところだったのだ。


 トイレットペーパーやらボディソープやら、諸々の生活雑貨品をドラッグストアへ買い出しに女神と並んで歩いている。


「それ、はよ、妾にしてたもれ」


 ……無理だ。

 こんな状況でいくら何でもできるわけがない。


 周囲は人だらけ。

 しかも相手は女神。

 無理です!


「な、なぁ……これ本当に今じゃないとダメなのか……?」


「当たり前じゃろうが!妾、消えかけておるのじゃぞ?!」


「いや、それはそうだけど……!」


 視線が気になる。

 無理だ。無理すぎる。


 ――すると。


「……ちっ、仕方ないのう」


 女神アナスタシアが、わずかに頬を染めながら顔を寄せてきた。


「いとしい勇者どのよ……

 少し魔力を前借りじゃ。大サービスじゃぞ?」


 ――ちゅ。


「……は?」

 頬っぺたに柔らかな、アナスタシアの唇が触れた……

 その瞬間!


 ジリリリリリリ……!!

 けたたましいベルの音が鳴った!

 駅のホームかよ?!なんだこれ?


 あ……世界が止まった。


 音が消え、車も人も、周りの街のすべてが凍りついた……

 

 ――ハートフルラバータイム(恋人達の一時)、発動しました

 ――それは、貴方が魔力を分け与えたいと望んだ相手との、二人だけに許されたほんのひとときの安らぎの時……

 ――残り時間、二十分


「は?ポエム?

 いや……説明?!

 ……

 お前か!アナスタシア!

 どういう事だ??


 ……待て待て待て!

 

 時間停止って……あ!

 

 なんで今やる事前提なんだよ?!」

 

「早くしてたもれ、勇者どの。今、勇者どのに、妾特製の魔力譲渡スキルを授けたのじゃ、魔力譲渡中の隙を無くす為に、周りの時間を停める機能付きじゃぞ?

 コレなら人目も気になるまい?恥ずかしくないじゃろ?

 早く魔力を分けて貰わねば、あと二十分で妾、本当に消えてしまうぞえ?」


 あー、そっちもあるんだった!くそーっ!

 

 ――スキル

 『ハートフルラバータイム』を獲得しました。

【解説さん】が、俺の頭の中で、新スキルの獲得を告げた。

 

 そして――

 さらにスキルの効果で、どういう訳か足元に、ふわりと柔らかな布団が現れた。

 

 

 勇者としてどんな試練も乗り越えて来たのに……

 アナスタシアの、薄く頬を染め照れたような顔を見たら……ふう……ドキドキが止まらない!

 ……や、やるしかないんだ!

 ……うわ、や?やるって?

 

 ああもう!言葉一つにいちいちドギマギしないでくれ俺!


 くそっ!覚悟を決めろ!

 誰にだって初めてはあるんだ!

――――――――――――

 

 新たに女神から与えられた俺のスキル、"ハートフルラバータイム"によって、時間停止世界の渋谷の路上に布団がフワリと現れた。

 それを女神が凝視し、次に俺に視線を戻し、こう言った。

 

「んー?

 のう?勇者どの?」


「なんだよ?」

 

「コレは……なんじゃ?」


 女神はきょとんとした顔で俺を見た。


「何って、布団だよ。

 スキルが今二人に必要そうな物を聞いてきた……だからさ……その……コンクリートの上じゃ痛いだろ?

 だから……その……」


 女神が俺の顔をマジマジと見た……


 次にまた布団を見て……

 

 その視線の行ったり来たりを二回ほど繰り返した後、小首を傾げ……


「ああ!なるほど!」


 と言って手をポンと打った。


「プ、ブフ!フ……ア、アハハハハ!」


「な、なっ!なんだよ?!」

 

「くくく……の、のう?勇者どの!

 これはこれは……盛大な勘違いをしておったようじゃのう!」


 腹を抱え、くの字になって笑っているアナスタシア……

 

「クク、せ、せっかくその気になってくれた勇者どのには申し訳ないが、この布団が必要になるような事……妾はせぬぞ?」


「…………へ?」


「何せ妾、女神じゃし?一体、勇者どのは妾と何をすると考えられたんじゃろうのう?」


「あ!いや!」


 ボッ!!

 一瞬でアナスタシアの言葉を理解した俺の頬が物凄く熱くなった!


「お主のスキル、“ハートフルラバータイム”はの、

其方が魔力を譲渡する相手との、二人きりの時間に“必要と思ったもの”を具現化してくれるでのぉ?

 どういう必要性を感じたんじゃろうのう?

 のぉ?ふとんの勇者どの?

 妾にどの様にして魔力を分け与えてくれるつもりであったのかのう?説明してもらいたいのう?」

 

 女神はくす、と喉の奥で笑い、

「ハートフルラバータイムの魔力譲渡法はの……

 ふふふ、そんなスケベな勇者どのに朗報じゃ!

 喜ぶが良いぞ?

 特別製のスキルにしておいたのじゃ!

 魔力を渡したい相手と勇者どのが、唇で触れ合う「キッス」をするだけじゃよ。唇と触れ合えば魔力は譲渡されるのじゃ」


「なっ?!」

 

 くっ!くちびるのキッス?!

 愕然とした俺は、言葉も出なかった……

 

 アレとか?アレが……唇の?キッス?

 

 ぬぐぐっ!

 ……この性悪女神が!!

 アレがアレとかいうもんだから、俺はすっかり、アレな方向で考えて、「ハートフルラバータイム」が勝手に俺の心を読んで、布団を出してしまったんだぞ?!

 その時の俺は、"いくら何でも、アスファルトの上じゃ身体が擦りむけちゃうよな?"なんて事を、考えていた……

 アナスタシアを気遣ったつもりで、どえらいエロ勘違いをさせられたって訳か?!


 クッソーー!

 紛らわしい言い方するんじゃない!!


「はてさて……勇者どのは、何を期待しておられたのじゃろうのう?ククク……」


「なっ?!!」


「な?」


「ち、ちが……その……ぐは!!!」


 俺は顔が更に真っ赤になるのを感じながら、膝からその場に崩れ落ちた!

 

 うわーーーー!

 俺のバカ!

 俺のバカ!

 俺のバカ!


 ぬぐぐぐ!クッソ恥ずかしい!


 大学に入ってからも、女の子と手を繋いだことさえなかった俺が、勇者転生して五年。

 この性悪駄女神と共に、次元喰いとの戦いに明け暮れる毎日だった……

 当然、そんな状況で、女の子とのアハハ、ウフフなお付き合い等できるわけもなく……

 結局、俺の転生したその異世界は次元喰いと共に吹き飛んでしまった訳なんだが……

 女神の力で何とか救い出せた数少ない異世界の住人達と、この現代の渋谷に避難してきた今に至るまで、俺の純情は守られっぱなしというわけだ。

 そして、さらに、俺の純情な妄想をそのまま女神に披露してしまうという、小っ恥ずかしいオプションまでついてしまった……

 


 死にたい……


 ……いや、マジで死にたい。


 ちらり、と視線を上げかけて――やめた。


 女神の顔を、まともに見れない……


「勇者どの」


 女神に声をかけられて、チラリと視線を送る……


「ほれ、せっかくじゃ。

 添い寝くらいしてやっても良いぞ?ん?」


 布団の上で片肘ついて寝転んだ女神がニヤニヤ顔でそんな事言いやがった!


「ほれ、来ぬのか?ふ、と、ん、の勇者どの?

 妾に魔力をわけてたもれ」


 ……俺……まじ死んだ……


 あああ……ちょっとだけ、期待してドキドキしていた俺が痛た過ぎる!


 もぉ、ヤァダァ……

 生きていけない……


「ほほほ、少しからかいすぎたかの?

 ほれ、顔を上げるのじゃ勇者どの。

 お主、妾の事を思って、経験したこともない事を決意してくれたのじゃろう?

 お主のその気持ち、妾は嬉しく思うぞえ……」


 そういうと、女神が俺の頬に両手で包む様に触れて、グッと近づいて来る……

 ぉぉおお?!キッス?!


 このやたら見た目だけなら俺の好みドストライクな女神とのキッスの予感に、俺はただ茫然と目の前の優しげな瞳を見返してしまう……

 そして……アナスタシアが俺の耳元に唇を寄せて囁いた。


「じゃからな……

 ところでの?勇者どの」


 あっ?嫌な予感!

 こいつがこの顔をする時は碌なこと考えてない時なんだ!


「先ほどは、魔力を譲渡してくれて助かったのじゃ。改めて礼を言うぞ!」


「はっ?!」


 何を言っているんだ?この女神!


 こいつの言うところの「キッス」など、一つもこいつとしてないぞ?!


「なんじゃ?勇者どの、不服そうな顔じゃの?」


「いや、だって……俺たちまだしてないぞ、その……アレを」

 

「アレ?

 勇者どのの言うアレとは、どのアレじゃろう?

 キッスのアレかの、そ、れ、と、も?アレのアレかの?」


「グハっ!」

 駄女神が全く癒えていない傷口に、カラシを混ぜた塩を塗り込んできやがった?!


「ふふふ、冗談はさて置きじゃ……

 愛しの勇者どの……

 いつか、遠い未来には……

 そんな二人の時間が、訪れるかもしれぬぞえ?

 こんな風にの」


「!!」


 ピト……


 アナスタシアの指先が、俺の唇に触れた……


「ぷっはーー!いやー!もう!満腹じゃー!

 ご馳走様じゃったの、勇者どの?

 今日は魔力のおかわりまでご馳走になったのじゃ!甘露甘露!」


「お、おい?!唇が触れないと譲渡できないんじゃ?」

「そうじゃぞ?じゃから、勇者どのの唇に妾、触れたではないか?

 ん?

 もしかして……?

 唇同士が触れ合うとか?考えておったのではあるまいの?」

 

「だって、唇で触れ合うと言ってたよな?!」


「そうじゃよ?じゃからさっきも指先でそなたに触れたであろう?」


「なっ?!」


「じゃからな……愛しの勇者どの……

 妾はの?くっ!唇同士で……くくく!

 キッスをするとかの……

 い、言った覚えなどないんじゃがのう

 プククク……

 

 この駄女神!

 腹を抱えクックックッ!と、ひきつりながら俺にそう言う駄女神が恨めしい……人の純・情・を弄びやがって!

 

「やっぱり勇者どのはいっつもスケベな事ばかり考えておったんじゃな?!」


「グハっ!」

 

――――――――――――――――

 私(妹)は、献花をしに行った渋谷の蛇崩で、死んだと思っていた兄(元勇者)と再会したの。

 

 それから、多少のゴタゴタの後、今は私(妹)もこの渋谷女神学園に生徒として通っているんだよ。

 そして、兄(元勇者)と再会を果たす数週間前の様子を、アナスタシアちゃん(元女神)から記憶の開示を受けて見させてもらっているところなんだけど……

 

 ああ!女神様!もう!!

 小悪魔がすぎるよ……


 ……でもね、私(妹)の大好きなお兄ちゃんの相変わらずな姿が懐かしい……

 そして、アナスタシアちゃんの記憶の中のお兄ちゃん(元勇者)はこの小悪魔女神ちゃんに、良い様に転がされているように見える……

 

 そんなお兄ちゃんの様子をしばらく観ていたら……えっ?

 

「ふ、ふとんの勇者?!ぷくくっ!」

 

 なんかすごいパワーワードが炸裂してるし?!

 がんばれ!お兄ちゃん(元勇者)!

 

 ふふふ……骨は私が拾うね❤️

 

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