110、宣戦布告
オスヴァルトの黒鹿亭訪問。
このニュースはオレたちパーティに驚きをもたらした。
限り勝手に部屋に入って来たそうだが、対応したフェズが無事なのは不幸中の幸いだった。盗られた物も無いし、本当に挨拶に来ただけかもしれない。
ただ相手が相手だけに油断するのは禁物。宿を移すことも考慮した方が良いだろう。何かあってからでは遅いからな。
本当ならすぐにでも行動に移したかったが、生憎と依頼の予定が入ってしまった。
そう、依頼なのだ。ガドラントに拠点を移してから、初めてオレたちに依頼が入ったのである。
そんなわけで、今日は久しぶりに4人全員揃ってギルドを訪れた。
依頼人の方が訪れるまでロビーで待たせてもらう。
「あの……もうそんなピリピリしないでいいから」
皮のソファに腰掛けたフェズが俯きがちに呟いた。
「ん?」
「いや、レイシュったらさっきから殺気出し過ぎ」
「さっきだけに!」
下らないことを叫んだ瞬間、パァルの後頭部に拳銃のグリップが叩き込まれる。
「コラコラ」
優しい口調と激しい言動が合ってないぞ、モニカ。
「いたぁーい」
「おい……大丈夫か?」
「大丈夫ですよレイシュ様。いつものことです、アハハハハ」
「そ、そうか」
今、首があり得ない方向に曲がったが見なかったことにしよう。
モニカのヤツ、日に日にツッコミが激しくなってるな。かと言って仲は前より良さそうだし、別にイライラしてるわけでも無さそうだ。健全かどうかはさておき、2人にとっては日常のやり取りなんだろう。
「フェズさん、気付いてたのか?」
「当たり前でしょ、宿からギルドに着くまでの間も。ずっと腰に手を当てて、いつでも抜ける準備してた。お陰でこっちまで息が詰まったわよ」
「ははは。それはすまない」
パッと両手を上に挙げ笑顔で応える。
いつもなら「まったくもう」とか言われるところだが、今日は特に反応は無い。
「なんか、迷惑かけちゃったね」
「迷惑?」
「ぶっちゃけアタシってばさ、みんなの中で一番弱いと思うから」
「おいおい、ずいぶんとナーバスだな。らしくないぞ」
「そんなことないわよ。アイツが来て色々言われたのは事実だけど、やるべきことは変わらない。アタシはもう大丈夫だから」
「本当に大丈夫なヤツはな、自分で大丈夫だなんて言わないもんだよ」
そっと頭を撫でてやる。
払いのけるどころか嫌がる素振りも見せない。気丈に振る舞ってるが、相当まいってるようだな。
「強い弱いとか関係無い。仲間だから、フェズさんだから心配してるだけだ」
「パァルは……」
「ん?」
「パァルは自分で大丈夫って言ってた」
「アレは例外」
「そっか、パァルだもんね」
「頭パァルだからな」
「フフフッ」
「ハハハッ」
オレたちは笑い合った。
「キツい仕事だからな、冒険者ってヤツは。すぐに元気になれとは言わないさ。でもまた肉やお菓子バリバリ食べる姿を見せてくれよな」
「なによそれ。食べてばっかじゃない」
不満を口にしていたが、フェズの表情は朗らかだった。
「そか。アタシだから心配してくれたんだ……」
その様子を、いつのまにか離れた場所から覗く3つの影。
「いやぁ〜青春してますねぇ」
と、パァル。
「見てるコッチが照れるわね」
と、モニカ。
「ほんまアツアツやな」
と、部外者1名。
次の瞬間、パァルとモニカは混ざりこんでいた部外者に対して大声を上げた。ぎゃー。
ちょっと目を離した隙に、何バカなことしてるんだアイツらは。
柱の影まで行って注意をする。
「うるさいな。さっきからコソコソしやがって……って、お前は」
「やーどもども。お久しぶりですなぁレイシュはん」
パァルとモニカの隣には、白髪糸目の優男。オスヴァルト=ライゲンブルグが立っていた。
「アンドルフの嬢ちゃんは昨日ぶりやな」
「ええそうね。ごきげんよう」
久しぶりに見た令嬢スマイル。
話を聞いた限り、昨日は険悪な舌戦を繰り広げたそうだが。なかなかどうして、我らの突撃隊長も負けず劣らず面の皮は厚いようで安心した。
「どうしてお前がここに居るんだ?」
「そらここがワイのホームだからや。なんもおかしいことあらへんやろ」
「だからって突然混ざってこないでください!」
この男に対してだけは、パァルも珍しく塩対応している。理由が理由なので、2人の溝が埋まる日は永遠に来ないだろう。
「セバスチャンを呼んで摘み出してもらいましょう」
いや、そこまでの権限オレたちに無いから。一応、彼はオレたちの先輩だからね。
「セバ……なんやて?」
「セバスチャンですよ。秘書で、執事の、眼鏡です!」
「とりあえず落ち着け」
ジタバタ暴れるので押さえつけようと手を伸ばす。
するとパァルの背後からスルリと細い腕が伸びてきて、口と腕を抱きしめるように押さえつけた。モニカだ。
どうやらこの短期間のうちにパァルの対処はほぼ完璧にマスターしたらしい。恐らくはオレ以上……この分なら今後面倒ごとはモニカに任せた方が良いかもしれない。
「あぁ……スカした眼鏡の。今はギルドにおらへんで」
「秘書なんだろ。主人のもとを離れていいのかよ?」
「ワイに聞かれても知らへんがな。ギルマスの命令やからなぁ。あ、直接聞きに行きます? 3階の執務室におるはずやで」
普通、敵側に内情を喋るか? この男、さっきから何を考えている?
「なんか腑に落ちないって顔してますなぁ」
「そんだけペラペラ話されたら警戒もするだろうさ。この際ハッキリ言っとくが、オレたちは正義を成しにここに来た。邪魔するなら今度は投げ飛ばすだけじゃ済まないからな」
「おぉ、こわいこわい」
両手を挙げてオスヴァルトは肩をすくめる。貼り付けたような薄ら寒い笑顔のままだが、その手のひらはジットリと汗ばんでいた。
「そんなことより依頼者の方来てますけど、待たせてええのか?」
ハッとして入り口を見ると、いつの間にか男性が一人立っていた。オレとオスヴァルトのやり取りを見ていて声をかけるのを躊躇ったのだろう。酷くオロオロしている。
「ほなサイナラ」と逃げるように去るオスヴァルトを無視して、オレは男性に駆け寄り挨拶した。
「あの、すいません、お取り込み中でしたらーー」
「あぁいえいえ、こちらこそすいません。依頼者の方ですよね」
「あぁはい。そのつもりで来ました」
「つもり?」
「あっ、いや、僕が依頼者です」
なんか引っかかるな。
それとも単にテンパっただけか。武装はしていないので、彼が依頼者で間違いは無い。
間違い無いのだが……
目の前の男性を下からじっくり観察する。
穴の空いた靴に色汚れの目立つズボン。上着には毛がこれでもかとこびりついている。
そして頭から左右に垂れる大きな耳と先端が地面に届くか届かないかな長さの尻尾。
本人は依頼者だと言ってはいるが、どう見ても獣人の浮浪者だった。




