40 徒花
「――まあ、それも彼ららしいと言えばらしいか」
諦めという成分が多分に含まれたため息をつきながら、セリアスはそんなことを呟く。
結局、彼らには最後まで振り回されっぱなしだったなと、少し悔しく、少し愉快という複雑な気分になるセリアスであった。
「さて……」
居住まいを正し、ミルディンを見据えるセリアス。
大声を張り上げたためか、気分は随分とスッキリしていた。
「――とんだ邪魔が入りましたが、先ほどの続きといきましょうか、ミルディン殿?」
セリアスは、再びムラサメブレードの切っ先をミルディンへと向けて、そう告げる。
彼女の言う続きとは、もちろん決闘のことだ。
多少の邪魔は入ったものの、決闘自体はまだ終わったわけではない。
そう、まだ続行中なのだ。
だと言うのにミルディンは、まるで兵士たちを壁に見立てるかのようにして、自身の周囲に配置させていた。
ミルディンにとってそれは、自身の守るための鉄壁の陣を敷いたつもりなのだろう。
しかし、セリアスはその様を見て、『まるで愚かな獣が檻に囚われているようだ』なんてことを思うのであった。
「……私としては、約束通りこのまま引き返していただけるとありがたいのですが」
無駄とは思いつつ、それでもセリアスは言葉を紡ぐ。
そしてセリアスは祈った。
ミルディンがどれほど粗暴、かつ“傲慢”な男であろうとも、戦士としての矜持や騎士道精神――いや、そこまで立派なものでなくともいい。
約束を違えてはならぬという、人として当たり前の、最低限の心を持ち合わせていることを、神に祈ったのだ。
しかし――
「な、なにをしている! 敵は目の前だぞ、かかれぇーーーっ!!」
ミルディンの無慈悲な号令が戦場に響き渡る。
セリアスの祈りも虚しく、結局ミルディンが取った行動は事実の隠蔽と抹消であった。
つまりは、セリアスとタゴサクを亡きものにすることで、決闘を行ったという事実を隠蔽し、自身の敗北を無かったことにしようというのだ。
「やはり、か……」
十中八九こうなるだろうと予想していたセリアスは、さほど落胆することなく目の前の現実を受け入れる。
しかし、最後の瞬間まで“人間”というものを信じていたかった彼女とって、やるせなさが募る結果となってしまったのも確かであった。
「ま、しゃーねーべ。約束を破るような“あくとう”ってのは、どこにでもいるもんだ」
セリアスの心情をおもんばかってか、タゴサクが気遣うようにして彼女に声をかける。
死地にありながら、なお他人を気遣うことが出来る男。
ミルディンのような男もいれば、タゴサクのような男もいるのだと、セリアスは救われたかのような気持ちになった。
「んじゃまぁ、オラは行くべ。でもよ、嬢ちゃんはなるべく死ぬんじゃねーぞ?」
そう言ってタゴサクは、愛用のクワを担いで死地へと駆け出す。
最後の最後まで他人を気遣うその様は、まさに騎士、いや紳士であった
タゴサクの言葉を受け、セリアスは『それは難しい注文だな』と薄く笑った。
そして彼に遅れまいと、あとに続く。
眼前に広がるは、何百、何千という数の敵兵たち。
しかし、セリアスは、タゴサクは、相手にとって不足なしと立ち向かう。
たった二人で、万の兵へと立ち向かうのだ。
それはいったいなんのために?
決まっている――己が己であるために、だ。
今、二人の徒花を咲かせる戦いが始まった。




