39 クワ
「おいっ、大丈夫か!?」
兵士たちの何人かが、倒れた大男のもとへと駆け寄って安否を確認する。
明らかに大丈夫じゃないのは一目見ただけで分かっていたのだが、そう声をかけるしかない状態であった。
「お、おい……これ……!」
大男の介抱を始めた矢先、駆け寄った兵士の内の一人が、何かとんでもないものを見つけたかのような声を出す。
つられてその場にいた兵士たちは、彼の視線の先へと目を向け、そして驚愕した。
砕けていた――大男が身にまとっているブレストプレートの腹部部分が、見るも無残な形となって砕けていたのだ。
その惨状を目撃してしまった兵士たちは、皆一様にさっと青ざめる。
彼らは知っていた。
鉄製の防具は決して砕けぬことを。
もちろん鉄とはいえ、剣で斬りつければ傷がつくし、ハンマーなどの鈍器で叩けばへこみもするだろう。
しかし、砕けるなんてことは、少なくとも彼らの常識ではありえない、考えられない現象なのだ。
いったい、どれほどの硬度を誇る物体を、どれほどの力と速度でぶつければこうなるのか。
思わず大男を襲った衝撃と激痛を想像してしまった兵士たちは、自身の腹部にも同様の痛みが走ったかような錯覚を受けて顔を歪める。
そして、この惨劇が自分の身に降りかかったものでなくて良かったと、心の底から安堵するのであった。
※ ※ ※
「タゴサク殿……そのクワはいったい……?」
正気に戻ったセリアスは、開口一番タゴサクに問いかける。
しかし、その問いは彼の異様な膂力にではなく、異様なクワに対してのものであった。
先ほどのタゴサクが放った一撃。
凄まじいものではあったが、それゆえに普通のクワでは衝撃に耐えきれずに、へし折れてしまうはずなのだ。
にも関わらずそのクワは、まったくへし折れたような様子はない。
さらによく見れば、そのクワは本来木材で構成されているはずの柄の部分までもが金属で出来ていることにセリアスは気付いた。
(全身が鉄で造られている……?)
一瞬そう思ったセリアスであったが、金属の色合いが鉄のそれとは明らかに異なっていることから、少なくともこのクワは鉄とは違う金属で造られたものだと判断する。
(まさか……)
嫌な予感がセリアスを襲った。
「これか? このクワは、ドリィの嬢ちゃんから貰ったんだべ」
かくして、彼女の予感は的中する。
その名前が出てきた時点で、そのクワがただのクワでないことは明白であった。
さて、そろそろ種明かしをしよう。
実はこのクワ、唐突に出てきたぽっと出のクワではない。
物語上にて既に登場済みのクワなのである。
まあ、クワに登場もくそも、という気がしないでもないが、とにかく登場済みなのだ。
「確かドリィの嬢ちゃんは、“おりはるこんのクワ”とか言っとったべ」
「なん……だと……っ!?」
そう、君の――いや、クワの名は“オリハルコンのクワ”。
タゴサクがドリィと悪魔の契約を交わした結果、得たものであった。
契約の内容は、タゴサクに自身の大切なものを捧げさせる代わりに、いくばくかの望みを叶えてやるというもの。
タゴサクはその契約のもと、十本のお芋をドリィに捧げる代わりに、このオリハルコンのクワを手に入れたのだ。
しかし、いくら隅から隅までが伝説の金属オリハルコンで造られた、この世に二本とない農具であろうともだ。
彼が丹精込めて育て上げた、彼の子そのものといっても遜色のないお芋を、しかも十本も捧げさせるとは、悪魔の契約の名に相応しい取引である。
まさにその所業、悪鬼羅刹の如しであった。
タゴサクから事の顛末を聞いたセリアスは、怒りのためか体をワナワナと震わせる。
そう、彼女の正義が、こんな暴挙を、理不尽を許せるはずがないのだ。
「貴重なオリハルコンを使ってクワを造るとか……! あまつさえそれを芋十本と交換などと……! いったい何を考えているのだ、あのバカどもはぁーーーっ!!」
セリアスの怒りが爆発した。




