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33 会敵

「――貴様、俺と賭けをする気はないか?」


「賭け、だと……?」


 セリアスたちは、ついにミルディンの軍勢と会敵を果たしていた。

 目の前には敵、敵、敵のこれまた敵。

 数えるのも嫌になるくらいの大軍勢が広がっている。


 しかし、会敵した瞬間、さあ激突だ――とはならなかった。


「そうだ、この大軍勢に対し、たった二人で挑もうとするその蛮勇に敬意を表して、貴様たちにチャンスを与えてやろうというのだ」


 その原因はもちろんこの男、ミルディンである。

 この男が報告にあった二人の愚か者の顔を見たいからと、戦闘を行わないようにと厳命していたのだ。


 もちろん周囲は反対した。

 総大将、しかも王子であるミルディンが敵前に立つなどありえないと。


 しかし、周囲の反対をものともせず、自分のやりたいことをやるのがこの男、ミルディンという男であった。

 そして今また、まったく予定になかったことを、敵であるセリアスたちに提案しているのだ。


 周囲の兵士たちに動揺が走る。

 それと同時に、ミルディンの隣に控えていた老兵の胃がキリキリと痛んだ。


「……賭けの内容は?」


 セリアスは訝しげな表情で問いかける。


 男の不遜な物言いからセリアスは図らずもウィザーのことを思い出していたが、どうしてかこの男とウィザーが似ているとはまったく思えなかった。


「そう警戒するな。なに、単純な話だ。俺と貴様とで決闘を行うのだ。万が一にも貴様が勝てたのなら兵を引いてやろう」


 周囲の兵士たちに先ほど以上の動揺が走る。

 そして、老兵の胃に穴が空いた。


「……私が負けた場合は?」


「ふむ、そうだな……」


 ミルディンは考え込む素振りを見せる。

 『白々しい』とセリアスは思った。


「俺が勝利した場合は、俺の命令には絶対服従の奴隷にでもなってもらおうか」


 そう言ってミルディンは唇の端を吊り上げる。

 提示された非人道的な条件にタゴサクは驚いたようであったが、当のセリアスは平静を保っていた。

 何故なら、その条件はセリアスの想像した通りのものであったからだ。


 とはいえ、不愉快なことに代わりはない。

 驚かなかった代わりにセリアスは『ゲスが……!』と心の中で吐き捨てた。


 それと同時に、セリアスはふと理解する。

 不遜な物言いが同じであっても、この男とウィザーが似ていると思えなかった理由をだ。


 ウィザーは強大な力を持っているにも関わらず、他者と対等であろうとするが、この男は違う。

 この男ミルディンは、自分以外の全てを見下しており、他人をモノ程度にしか思っていない。

 そこに両者の決定的な違いがあった。


 なぜこんな男が王族として、しかも第一王子として生まれてきてしまったのか。

 セリアスは、怒りを抑えるようにして大きく息を吐く。


(何が奴隷だ! ウィザー殿ならともかく、このような男に服従など……!)


 不愉快であった。

 第一王子だかなんだか知らないが、目の前の低俗な男の命令に絶対服従などと、たとえ殺されようともセリアスには許容できるものではなかった。


 しかしながら、この賭けは受けざるをえない。

 なにせ勝利した場合の条件が破格すぎるのだ。


「……分かった。その賭けを受けよう」


 ゆえにセリアスは承諾の意を示した。

 本来この決闘に()を唱えるべき老兵は、()に穴が空いたせいで後方に下がっており既に()ない。


 老兵以外にミルディンに逆らえるものはおらず、ここに総大将と雑兵との一騎討ちという常識外の決闘が決まってしまった。


「嬢ちゃん、えれぇことになっちまっただな……」


 タゴサクは顔に心配そうな表情を浮かべてセリアスに話しかける。

 セリアスは彼に今の内に避難しろと言うべきか迷ったが、結局はその言葉を引っ込めた。


 きっとこのご老人、いや、この男はどれだけ言っても聞かないだろう。

 目を見れば分かる。

 この男はミルディンとは違い、確固たる信念と覚悟を持ってこの場所に立っているのだから。


 ゆえにセリアスは、ただの一言を持って返答とする。


「――勝ってきます」


 決闘が始まった。

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