32 影
青と白で鮮やかに彩られた蒼穹が空一面に描き出されている。
快晴――その日はそんな言葉が良く似合う天候であった。
「だーかーらー! 本当に危険なのです、貴方は避難してください!!」
しかし、そんな気持ちの良い空のもとであるというのに、ある女の不機嫌そうな声が周囲に響き渡る。
のどかな雰囲気が一発で台無しであった。
「そっだらこと知ったこっちゃねぇべ! それに逃げるなら村の関係者でもねぇオメェさんの方だべ!!」
続いて鳴り響くのは、女の声に負けじとばかりに張り上げられる男の怒声。
空には果てしなき青。
地上には見渡す限りの緑。
そんな牧歌的な景色に囲まれているにも関わらず、二人は口論を続けている。
それはまるで、どんな状況であっても人は争うことを止めはしない。
それを象徴しているかのようであった。
まあ、そんな話はどうでもいいので置いておくとしよう。
“敵”に立ち向かうため、期せずして合流を果たしたセリアスとタゴサク。
しかし、それからというもの、二人はずっとこの調子で口論を繰り広げていた。
曰く、自国の領土と民を守るが騎士の役目。
であるからして、無辜の民であるところのタゴサクは避難せよと。
曰く、自分の村を自分で守って何が悪い。
むしろ、村に関係のないセリアスこそ避難せよと。
このように両者が両者とも、相容れない言い分を一歩も譲らずに繰り広げているのだ。
口論になるのも当然の話であった。
『二人で協力して立ち向かえばいいのに』。
そう思われる方もいらっしゃるだろう。
それは至極当然でもっともな意見である。
しかし、セリアスとタゴサクに限っては、それこそが一番ありえないことであった。
何故ならば、“強大な敵に立ち向かう”。
そう言えば聞こえはいいが、要はこれから二人がやろうとしていることは“迂遠な自殺”に他ならないからである。
セリアスの伝説の武具。
そしてタゴサクの強大な力。
たとえそれらがあったとしても、圧倒的な数を誇る敵に勝てると思えるほど二人は愚かではない。
ましてや今はまだ、互いに相手がそんな力を持っていることなど知らない状態なのだ。
ゆえに協力などありえない。
負け戦――自己満足のためだけに行われる愚かな戦に他人を巻き込むなど、もってのほかであると二人は断じたのだ。
互いが互いを思いやっているはずなのに、それでも口論という名の争いに発展する。
人間とはかくも悲しき生き物であった。
口論は続く。
互いの言い分が平行線で、妥協点も見つからない以上、延々と続く。
そして、そんな二人を遠くからじっと見つめる影があった。
(たった二人だと……?)
木陰に隠れながらセリアスたちの様子を観察しているこの男は、ミルディンの軍勢がクチカ村到着前に念のために放っていた偵察兵だ。
目の前の光景に偵察兵は困惑する。
一方は女。
もう一方に至っては、どう見ても兵士には見えない老人である。
ただの旅人か、それとも何か罠でもあるのか。
偵察兵は思考を巡らせるが、すぐにどうでもいいことかと思い直した。
それを判断するのは“上”の仕事。
自分は、ただ見たままのことを伝えるだけだ。
そう考え、偵察兵はその場をあとにする。
当然、向かう先はミルディンが率いる本隊だ。
そう、“敵”はすぐそこまでやってきていた。




