31 意地
その男――タゴサクの人生は、ただ奪われるだけの人生であった。
元より生まれが辺境の村だという時点で、タゴサクが手に入れられるモノはそう多くはない。
そんな中にあって、彼が自分の命よりも大切だと胸を張って言えるほどの存在――最愛の妻と息子を手に入れることが出来たのは僥倖であった。
しかし、守るものが増えた分、負担は増える。
特に息子が生まれてからは糊口を凌ぐような日々が続いたが、それでも彼は、タゴサクは幸福であった。
“悪魔”が村を襲った、あの日までは――
クチカ村を襲った“悪魔”。
その名を“流行り病”といった。
と言っても、それは適切な処置を施しさえすれば、少なくとも命に関わるようなモノではない。
仮に王都でその病が発生した場合、例年よりも病人が増加するであろう程度のものであった。
しかし、医者はおろか、まともな薬さえなかったクチカ村では、その病は終息することなく、次々に人から人へと感染していくことになってしまう。
流行り病のような感染症は初動対応が重要だが、それが遅れに遅れてしまったのだ。
抵抗力の弱い者、つまりは子供たちから順に倒れていき、王都の医者が救援に駆けつけた頃には見るも無惨な状況で、さながら地獄のようであったという。
それでも駆けつけた医者たちの尽力もあり、流行り病は一応の終息を迎えることとなる。
生き残ったのはタゴサクを含む僅かな数の大人たちのみであり、そこにタゴサクの妻と息子の姿はなかった。
そう、タゴサクの妻と息子は、流行り病という名の悪魔に奪われたのである。
タゴサクは絶望の淵に立たされた。
一時は死すら考えたほどであったが、それでも彼は生きることを選んだ。
何故なら、同じく絶望の淵に立たされている仲間たちを置いていくわけにはいかない。
何より、生きたくても生きられなかった妻と息子の分まで生きてやらねば――そう思ったからだ。
しかし今、悪魔が形を変えて再びクチカ村に襲いかかろうとしている。
一万からなる大軍勢が、この村に押し寄せてくるというのだ。
実のところタゴサクには“いちまん”という数が、どの程度の多さなのかは分からなかったが、セリアスと名乗った女の様子から相当な数であろうことが推察できた。
憎き“悪魔”は、妻や息子だけでは飽きたらず、今度はタゴサクの仲間や居場所までをも奪おうというのだ。
許せない。
許せるわけがないとタゴサクは強く思った。
セリアスは逃げろと言う。
クチカ村は捨て、ウィザーのもとまで避難するのだと。
彼女の言う通り、そうするのが利口なのだろう。
確かにこのクチカ村は、村人たちの“家族”や先祖たちが眠るかけがえのない土地――それは間違いないのだが、それらはすべて命あってのこその話なのだから。
実際、少ないながらも村の何人かが避難することを検討し始めており、今クチカ村は“村と運命を共にする者”と“村を捨ててでも生きようとする者”で二分されていた。
そんな中で、タゴサクだけはどちらの考えにも属さず、まったく別のことを考えていた。
それはつまり、村と運命を共にするでも村を捨てるでもない。
再び村に悪魔がやってくる。
今度こそクチカ村を滅ぼさんとやってくる。
ならば、『立ち向かう』。
それがタゴサクの考え。
彼が選んだ、第三の道であった。
勝ち目の有り無しなど知ったことではない。
もはや我慢の限界なのだ。
“運命”なんてものが本当にあるとして、これまでのタゴサクの人生は、その運命に屈してばかり、奪われてばかりの人生であった。
しかし、今回ばかりはそうはいかない。
セリアスに矜持があったように、タゴサクにも意地があるのだ。
運命が、悪魔が再び奪いにやってくるというのであれば、今回こそは立ち向かう。
どんな些細な抵抗であってもいい。
我が物顔でタゴサクから全てを奪っていこうとする奴らに、妻と息子、そして多くの友人たちを奪っていった奴らに――
『一発食らわせる……!』
“いちまん”もの大軍勢なぞ何するものぞ。
そうでなければタゴサクの気が収まらないのだ。
揺るぎのない覚悟が心の隅々にまで浸透する。
タゴサクが意を決したその時であった。
「――な、なんだべ!?」
タゴサクの体を不思議な光が包み込む。
それと同時に、タゴサクは体の奥底から力が沸き上がってくるのを感じた。
この感覚には覚えがある。
以前ウィザーに体の不調を治してもらった時にも似たような感覚を感じたが、コレはあの時の比ではないくらいに強大な――
「う、あ……アアアアアアアアーーーッ!!」
沸き上がってくる力と衝動に耐えきれずに、タゴサクは叫ぶ。
力の奔流が体内を駆け巡り、タゴサクは苦痛で顔を歪めた。
しかし――
「へっ、へへっ……こりゃあいいべ……!」
タゴサクは笑った。
今、自身の身に何が起きているのかは分からなかったが、何を手に入れたのかをタゴサクは本能で理解したからだ。
タゴサクが手に入れたモノ――それは“力”だ。
この力を手に入れた経緯や原因などどうでもいい。
タゴサクにとって大事なことは“力を手に入れた”、その一点のみなのだ。
やがて衝動が収まると、タゴサクは愛用のクワを持って家を出る。
友人たちに別れを告げる途中、『バカなことはやめろ』と何度も引き留められはしたが、それでも彼の決意が揺らぐことはなかった。
そして彼は村を出る。
タゴサクの目的はただ一つ。
彼から全てを奪っていこうとする運命に、悪魔に――
「一発食らわせてやるべ……!」




