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『深更の対話――「孤独なる皇帝」へ』

即位の礼が終わり、夜の静寂が皇宮を深く包み込む頃。イリアードは新皇帝の私的な応接室へと足を踏み入れた。

くつろいだ部屋着姿の新皇帝は、ワイングラスを握りしめ、焦燥を露わにしていた。

「ふたりきりの時は『兄上』と呼んでくれ……。昼間の返答は本気なのか? 帝都元帥を断り、セレスティアへ帰るというのは!」

「本気にございます、兄上。私に政治の駆け引きは向いておりませぬ」

「嘘をつけ!」

新皇帝は叫び、グラスから赤ワインが揺れこぼれた。

「お前がいなければ、私は明日にも誰かに首をすげ替えられる! 頼む、私を見捨てる気か!?」

悲痛な叫びを上げる兄の手を、イリアードは真っ直ぐに見つめ返した。その瞳には冷徹な理知と、深い弟としての情が宿っていた。

「兄上。私が帝都に留まれば、私と貴族たちで宮廷が二分され、第二の動乱の種となります。……皇帝とは、孤独な存在です。他人の陰に隠れていては、いずれ傀儡となります。ご自分の足で立ち、宮廷を抑え込まねばならないのです」

「私に……そんなことができると思うか?」

「できます」

イリアードの声には揺るぎない確信があった。

「兄上には血の正統性があり、何より他人の痛みがわかる優しさをお持ちだ。私はセレスティアへ戻り、強大な軍事力を保持し続けます。『脅かせばセレスティアからイリアードが攻め込んでくる』――その恐怖こそが、遠くから兄上の王座を守る最大の抑止力となるのです」

新皇帝は絶句し、力強く肩を抱き締め直した。


登場人物一覧表

* イリアード(第5皇子 / セレスティア親王)

* 18歳。母は身分の低い元宮女だが、己の剣と智謀で北方辺境の反乱を鎮圧してきた叩き上げの将。わずか100騎の親衛隊を率いて帝都の混乱を制し、新皇帝の「帝都元帥」就任要請を辞退して領地セレスティアへ帰還する。

* リゼリア

* 17歳。イリアードの正妻。古代の血脈を引き、広範囲の状況を見通す異能「千里眼(念視)」の能力を持つ。

* セシリア

* 16歳。イリアードの側室。古代の血脈を引き、心で言葉を交わす異能「精神感応(念話)」の能力を持つ。

* 新皇帝(第二皇子 / 元皇太子)アラリック

* 23歳。ヴィンセント皇帝の崩御に伴い即位。正妃(皇后)の出で血統の優位を持つが性格は頼りなく、弟イリアードに強く依存する。

* ヴァルハルト(第一皇子)

* 25歳。西南の豊かな領地を治める。誇り高く自尊心が極めて強い。弟の即位に激怒して私兵5,000を率いて挙兵するが、第3皇子軍の討伐を受けて戦死(あるいは捕縛)し落命する。

* 第三皇子イザーク

* 21歳。帝都郊外に精鋭5,000の正規軍を駐屯させる。叔父の大将軍とともに日和見を決め込み、暴走した第一皇子を討伐して手柄と貸しを作ろうと画策する。

* 第四皇子ロデリック

* 20歳。文官名門の出身だが本人には取り柄がなく、動乱中も後宮の奥深くに潜んで怯えていた。

* 第6皇子

* 15歳。武家出身の母を持つ幼い皇子。自陣営の館で固まって静観していた。

* ヴィンセント

* 大帝国の先代皇帝。絶対の権威として君臨していたが、二月の早朝に突如崩御した。

* 皇后(現・皇太后)

* 新皇帝(第二皇子)の母。同族の有力貴族・文官たちとともに宮廷の権力を握ろうと画策する。

* 大将軍

* 第3皇子の叔父にあたる重鎮。第3皇子とともに精鋭正規軍を率い、第一皇子軍を壊滅させた。

* 帝都近衛軍の将軍

* 八千の近衛軍を率いる野心家。第一皇子に内応して城門を開けようとしたが、第一皇子壊滅の報を受けた自軍の兵士たちの暴動により殺害された。

* 皇帝親衛隊の隊長

* 二千の親衛隊を率い、亡き皇帝への義と皇太子への忠義を貫いて反乱軍(近衛軍)と激闘を繰り広げた。

用語集一覧表

* 帝都ラーナ

* 大帝国の首都。赤瓦の街並みや巨大な城壁、紫宸殿・皇宮を擁する政治の中心地。

* セレスティア領

* 帝都から南東に850キロメートル離れた要衝で、第5皇子イリアードが治める寒風吹き荒ぶ城砦都市。

* 紫宸殿(ししんでん)

* 皇帝の遺体が安置され、また新皇帝の盛大な即位の礼が執り行われた皇宮内の大広間。

* 精神感応(念話)

* セシリアらが使用する古代の血脈の異能。声を出さずに特定の人物や広範囲の兵士の脳内へ直接言葉や意志を届ける能力。

* 千里眼(念視)

* リゼリアらが使用する古代の血脈の異能。遠く離れた場所や帝都周辺・敵陣営の情勢を遠隔で視察する能力。

* 帝都元帥

* 帝都防衛の全権(近衛軍および親衛隊)を統括する実質的な軍事最高幹部の役職。新皇帝からイリアードへ打診されたが辞退された。

* 帝都近衛軍

* 帝都に常駐する8,000人の治安維持部隊。将軍の裏切りや内紛により混乱したが、後にイリアードによって再編・掌握された。

* 皇帝親衛隊

* 皇帝の身辺を守護する2,000人の精鋭部隊。予備兵1,000人を加えて反乱を起こした近衛軍と皇宮内で激戦を繰り広げた。

* 皇太子近衛隊

* 皇太子(新皇帝)を直接護衛する1,000人の直属部隊。

* 二月の動乱

* 皇帝ヴィンセントの崩御を皮切りに、第一皇子の蜂起、近衛軍の内紛、第3皇子の介入、イリアードの100騎での電撃入城を経て収束した一連の覇権争い。


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