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『朝靄の疾走と覇道の序章』

翌朝、帝都ラーナの南門には澄み切った朝靄が立ち込めていた。

門前には、傷つきながらも高い士気を保つ一〇〇騎のセレスティア親衛騎兵が整然と並んでいる。集まった民衆から名残惜しむ歓声が上がる中、新皇帝が見送りに現れた。

「イリアード……今日からは自分の意志で宮廷を導いて見せる」

「頼もしく存じます、兄上」

二人が固い誓いの抱擁を交わす傍らで、城門の影から苦々しく見下ろす皇太后派の文官たちがいた。

(奴が消えれば宮廷は我らのもの……)

そうほくそ笑む文官たちへ向け、側室セシリアが閉じていた目をカッと見開いた。その瞬間、氷のように冷たい「念話」の異能が文官全員の脳内へ直接叩きつけられた。

『――我が夫、イリアード様からの伝言です。「陛下を不当に操り私利私欲に走る者がいれば、たとえ帝都の深奥であっても私の剣が届かぬ場所はないと知れ」……平伏してお支えなさい』

「ひっ……!?」

顔面を蒼白にし、ガクガクと膝を震わせて平伏する文官たち。隣で正妻リゼリアが「少し脅かしすぎでは?」と可憐に微笑んだ。

イリアードは愛馬に打ち跨がり、鋭く綱を引いた。

「全軍、出発!」

蹄の音が大地を力強く鳴らし、一〇〇騎の集団は朝靄を切り裂いて南東のセレスティアを目指し疾走し始めた。

遠ざかる帝都の巨大な城壁。街道を駆け抜ける馬上で、イリアードは澄み切った春の風を胸いっぱいに吸い込んだ。

「やはり、外の風は心地よいな」

「後悔はありませんか、イリアード様?」

並走するリゼリアの問いに、イリアードは前方の地平線を見つめたまま不敵に唇を吊り上げた。

「帝都の椅子など鳥籠に過ぎん。……もし再び帝国が乱れた時は、もはや一〇〇騎では済まさん。セレスティアの全軍を率いて帝都になだれ込み、この手で新たな時代を創るまでのこと」

南東の空から温かな陽光が降り注ぐ。

大帝国の歴史に刻まれた「二月の動乱」は幕を閉じた。しかしそれは、セレスティアの若き獅子――第5皇子イリアードによる、美しくも壮大な覇道の序章に過ぎなかったのである。


登場人物一覧表

* イリアード(第5皇子 / セレスティア親王)

* 18歳。母は身分の低い元宮女だが、己の剣と智謀で北方辺境の反乱を鎮圧してきた叩き上げの将。わずか100騎の親衛隊を率いて帝都の混乱を制し、新皇帝の「帝都元帥」就任要請を辞退して領地セレスティアへ帰還する。

* リゼリア

* 17歳。イリアードの正妻。古代の血脈を引き、広範囲の状況を見通す異能「千里眼(念視)」の能力を持つ。

* セシリア

* 16歳。イリアードの側室。古代の血脈を引き、心で言葉を交わす異能「精神感応(念話)」の能力を持つ。

* 新皇帝(第二皇子 / 元皇太子)アラリック

* 23歳。ヴィンセント皇帝の崩御に伴い即位。正妃(皇后)の出で血統の優位を持つが性格は頼りなく、弟イリアードに強く依存する。

* ヴァルハルト(第一皇子)

* 25歳。西南の豊かな領地を治める。誇り高く自尊心が極めて強い。弟の即位に激怒して私兵5,000を率いて挙兵するが、第3皇子軍の討伐を受けて戦死(あるいは捕縛)し落命する。

* 第三皇子イザーク

* 21歳。帝都郊外に精鋭5,000の正規軍を駐屯させる。叔父の大将軍とともに日和見を決め込み、暴走した第一皇子を討伐して手柄と貸しを作ろうと画策する。

* 第四皇子ロデリック

* 20歳。文官名門の出身だが本人には取り柄がなく、動乱中も後宮の奥深くに潜んで怯えていた。

* 第6皇子

* 15歳。武家出身の母を持つ幼い皇子。自陣営の館で固まって静観していた。

* ヴィンセント

* 大帝国の先代皇帝。絶対の権威として君臨していたが、二月の早朝に突如崩御した。

* 皇后(現・皇太后)

* 新皇帝(第二皇子)の母。同族の有力貴族・文官たちとともに宮廷の権力を握ろうと画策する。

* 大将軍

* 第3皇子の叔父にあたる重鎮。第3皇子とともに精鋭正規軍を率い、第一皇子軍を壊滅させた。

* 帝都近衛軍の将軍

* 八千の近衛軍を率いる野心家。第一皇子に内応して城門を開けようとしたが、第一皇子壊滅の報を受けた自軍の兵士たちの暴動により殺害された。

* 皇帝親衛隊の隊長

* 二千の親衛隊を率い、亡き皇帝への義と皇太子への忠義を貫いて反乱軍(近衛軍)と激闘を繰り広げた。

用語集一覧表

* 帝都ラーナ

* 大帝国の首都。赤瓦の街並みや巨大な城壁、紫宸殿・皇宮を擁する政治の中心地。

* セレスティア領

* 帝都から南東に850キロメートル離れた要衝で、第5皇子イリアードが治める寒風吹き荒ぶ城砦都市。

* 紫宸殿(ししんでん)

* 皇帝の遺体が安置され、また新皇帝の盛大な即位の礼が執り行われた皇宮内の大広間。

* 精神感応(念話)

* セシリアらが使用する古代の血脈の異能。声を出さずに特定の人物や広範囲の兵士の脳内へ直接言葉や意志を届ける能力。

* 千里眼(念視)

* リゼリアらが使用する古代の血脈の異能。遠く離れた場所や帝都周辺・敵陣営の情勢を遠隔で視察する能力。

* 帝都元帥

* 帝都防衛の全権(近衛軍および親衛隊)を統括する実質的な軍事最高幹部の役職。新皇帝からイリアードへ打診されたが辞退された。

* 帝都近衛軍

* 帝都に常駐する8,000人の治安維持部隊。将軍の裏切りや内紛により混乱したが、後にイリアードによって再編・掌握された。

* 皇帝親衛隊

* 皇帝の身辺を守護する2,000人の精鋭部隊。予備兵1,000人を加えて反乱を起こした近衛軍と皇宮内で激戦を繰り広げた。

* 皇太子近衛隊

* 皇太子(新皇帝)を直接護衛する1,000人の直属部隊。

* 二月の動乱

* 皇帝ヴィンセントの崩御を皮切りに、第一皇子の蜂起、近衛軍の内紛、第3皇子の介入、イリアードの100騎での電撃入城を経て収束した一連の覇権争い。


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