第7話 国民性
8月25日16時。
グレイが警告したタイムリミットを過ぎても目立った異変は起きなかった。
だが胸をなでおろすのは早計だろう。
結局、政府はあれから国民に注意喚起することもなく、ニュースでも大きな話題にはならなかった。
世間もよくあるスキャンダル程度に考えたため騒ぎにすらならず、いつものように時は過ぎた。
当然ながらSNSの使用についてはまったく把握されていない。
グレイのことだ。もしかすると審判を下して我々の気づかないところで行動を起こしているかもしれない。
『テルダプロ』の事務所だけは緊迫感が漂っていた。誰一人として安心などしていない。
ネットやテレビの情報を注視し続けている。
17時のニュースが流れると固唾を呑んだ。
『関東圏の動物園でライオンや熊などの猛獣が逃げ出す事故が頻発しています。都内では飼育員が噛まれて重傷を負った模様。市街地に出没するおそれもありますので不要な外出は避けてください。繰り返します……』
「これって、グレイの仕業だよね」
「血が流れる。まさかライオンに襲わせるなんて」
イブキとミロクが画面に見入りながらつぶやく。
「まだ確証は無いけどおそらくそうだろう。ヤツのことだ。そのうち映像で現われて自分で謎を解きだすんじゃないか……」
「謎解きとはひどい言われようだな」
なんとオレが皮肉っぽく答えていたら、モニターにグレイが現われてぼやいた。
「グレイ!いきなりだな!画面が乱れるとか前触れはないのか」
「一度経験すればすぐに波長を合せられるからね。聞いていれば好き勝手なこと言ってるから予定より早く登場することにしたのさ」
AIだけにすごいスピードで学習しているらしい。
しかもグレイの顔ながら繊細な表情が出せるようになり流ちょうなしゃべりは人間と変わらない。
「鏡シンジ。君たちと遊んでる暇はない。これから謎解きと警告をしなければならないからな。まったく手が焼けるよ。今度は全てのネット配信とテレビ放送に乗せて伝えることにしよう」
グレイはそう言うと一瞬だけ姿を消した。波長とやらを変えたのだろう。再び映像に現われると口調を変えて話し始める。
『この国で暮らす人間たちに告ぐ。わたしは買いかぶっていたようだ。SNSの使用を1日1時間に限定するよう告げたのだが、その結果などどうでもよい。わたしの警鐘をどれだけ受け止められる知能があるのか。それを見極めるのが目的だった。ところが政府や大企業のトップはなんらアクションを起こさず、情報に最も敏感であるはずのマスコミですら静観を決め込んだ。この国がゆでガエル状態にあることがよくわかったよ。いずれにせよ、SNSの使用を限定した条件は満たされなかった。従って警告していたように『血が流れる』事態を起こしたのだ。動物園の関係者で脳が疲れている者をピックアップしてコントロールさせてもらった。猛獣を獣舎から逃がすには打ってつけだからね。だがしかし……』
グレイは話を中断した。これからより重要な話をするため、敢えて間を置いたと思われる。
『わたしだって好んで血を流したいわけではない。それに罪のない動物を利用するのも可哀想に思えてきた。そこで、血を流すことなく、もっとわかりやすい方法で制裁を加えることにした。生半可なやり方では響かない国民性だとわかったからね。お楽しみはこれからということさ。アディオス』
なぜアディオス? 最後の言葉にツッコみたいところだが、すでにグレイは消えていた。
「動物を逃がすやり方はやめたけど、別の方法で制裁を加えるって言いましたよね」
田村女史が深刻な顔で同意を求めてきた。
それに答えようとしたとき、電話がかかってきた。早乙女さんからだ。
「シンジ。警察もようやく事態を深刻に受け止めだしたわ。三人を署で保護することになった。わたしがハイエースで迎えに行くから。準備しといてちょうだい」
「じゃあ早乙女さんが……プボン」
一方的に用件を伝えて電話を切るのは相変わらずだ。ミロク、イブキ、田村女史に事情を話し、どうしても必要なものだけ持って行くよう念を押した。
♪ピンポン
仕事が早い。20分ほどでドアホンが鳴った。
田村女史が確認してドアを開ける。
「グレイの警告が波紋を呼んでるみたいね。どこも渋滞しはじめたわ。速やかに移動しましょう」
早乙女さんの指示を受けて、三人、いやオレを含めて四人とも訓練のようにテキパキと動いた。
「ガス、コンセント、火の元はOK。戸締まりを確認して。玄関の施錠は田村さんお願いします」
事務所にしばしの別れを告げる間もなくドアをロックするとエレベーターで階下に降りた。
ビルの入り口前に駐めてあったハイエースに乗り込むまでおそらく5分かかっていないだろう。
だが発進してほどなくすると大通りに出るあたりからすでに渋滞していた。しかも尋常な混雑ではない。
「かなりひどいですね」
オレが運転しながら口を開くとほぼ同時に無線機が受信した。
『ピーガー都内墨田公園付近で事件発生。目撃情報によるとロボットが車両や建造物を破壊している模様。付近は混乱しているため配慮しながら急行せよガーブチッ』
「グレイの可能性が高いわね」
「どうします。このまま向かうわけには……」
警察として二人がやりとりするのをが聞えたらしい。
「行かせてください。わたしたちだって何かできると思う」
「こんな時に警察署でじっとしているなんて無理。連れてって」
「わたしからもお願いします。お役にたつはずです。誰よりも事情がわかっているのはこの三人ですから」
ミロクとイブキが後部座席から顔を覗かせながら訴えると、田村女史まで主張してきた。
「そうね。署に戻ろうにもこの状況じゃどうなるかわからないし。現場に向かいましょう。ただしくれぐれも、わたしたちから離れないように」
「はい」
三人が声を揃えた。
墨田公園に近づくにつれて車での移動は無理だと判断。なんとかパーキングエリアを見つけて駐車すると徒歩に切り替える。
車外に出たら異様な空気をひしひしと感じた。
「気をつけて。三人は後ろからついてきて」
早乙女さんが後ろを見ながら釘を刺す。
「なんか聞えませんか。叫び声かなぁ」
「爆発する音みたいにも聞えるけど」
若い二人はいち早く聞き分けた。確かに普段とは違う喧噪を感じる。
「あっ、あそこ! ロボットみたいなのがいる」
イブキが叫んだ。
100メートルほど先で一般車両が玉突き事故を起こしたようにひしめいていた。そのなかに身長3メートルぐらいのロボットらしき物体が動いている。
「え!こっちを見たわよ。なんかわたしたちに気づいたみたい」
イブキは真っ先に状況を見極める。かなり視力がよいらしい。
「ヤバい!ものかげに隠れろ!」
今度はオレが叫んだ。
まるでアニメに出てくるようなスタイルのロボットがスタスタと歩いてこちらに向かってきたからだ。
「そちらから来るとは手間が省けたよ」
ロボットがしゃべった。いや、何度も聞いたその声はグレイに違いない。
頭部をよく見ると、防護マスクの奥はエイリアン顔をしている。
「お前はグレイ。なんでそんな格好をしてるんだ」
我ながら滑稽なことを聞いてしまった。
「ハハハ。鏡シンジ。AIが学んだ知識と技術を駆使して開発した超高性能アンドロイドだよ。わたしはその人工知能として操縦しているのさ。制裁を与えるためにね。そうだな。呼びやすいように“メカグレイ”とでもしておこう」
ヤツはそう言うが早いか目を輝かせた。
もちろんAIだから感情的なものではない。目から光線を放ったのだ。
「うわっ」
オレは思わず悲鳴を上げた。レーザービームのように軌道を描くと側頭部をかすめて後ろに立っていた偉人のブロンズ像をジューッと音を立てながら貫いた。
その瞬間脳裏を岩戸俊介の言葉がよぎった。
「鏡くん。死ぬなよ」
岩戸よ。せめて「生殺与奪の権を他人に握らせるな」ぐらいは言って欲しかったぜ。




