第8話 アイドルの訴えに「炎上」
「YouTubeはまだ使っていいんだよね」
ミロクとイブキが妙案を思いつく。
YouTubeチャンネルで呼びかければ、きっとわかってくれるはずというのだ。
早速、YouTube撮影に使うライト付カメラと三脚を持ち出してきた。
二人は手慣れたもので、3分ほどやりとりするとカメラの前に座った。
『皆さん。テクニカルルーダです。ミロクです。イブキです』
『先日開催されたサタデーナイトフェスではご迷惑をおかけしました。ごめんなさい。実は今日、そのときのアクシデントについて、エイリアン顔をした“グレイ”と名乗るAIが真相を告白したのです』
『このYouTubeチャンネルでも配信されたし、テレビでも放送されたみたいだけど、ご存じですか。ネットでその時のキリトリ動画が出回ってるみたいだから、探してみてください』
『それでね。わたしたちから皆さんに重大なお願いがあります。“グレイ”は人格を持ったAIで、もう科学者みたいに頭がいいの。だって脳をコントロールする方法を開発したほどなんだから。その“グレイ”が48時間後から個人でSNSを使うのは1日につき1時間にしろと警鐘をならしました。『もし言うとおりにしなければ、血が流れるぞ』というんです』
『“グレイ”はね。人間がSNSの使いすぎで情報をいっぱい浴びてしまったというの。脳が疲れ切って歪みが出ているんだって。だからそれを止めるために警鐘をならしの』
『だから皆さん、お願いです。SNSを使うなというわけではありません。1日に1時間までに制限すればいいのです。48時間後には“グレイ”が審判を下すでしょう。何ごとも起きないように皆で力を合わせてほしいのです』
『もちろん、わたしたちもSNSの使用を1日1時間以内に制限します。そしてこのYouTubeチャンネルを含めたSNSアカウントの更新をストップします。そのぶん、自宅待機が終わったらライブを頑張ります。どうかご理解ください』
『では、このチャンネルの更新もたぶん最後になります。皆さんのご協力をお願いします。じゃあねー』
さすがはアイドルだ。深刻な話でも聞きたくなるようなしゃべり方ってあるのだな。
オレは推しに底力を見せつけられた思いがした。
しかし、しばらくすると現実を突きつけられてしまう。
「ネットが炎上してます」
マネージャーの田村さんがPCから大型モニターに切り替えた。
「なにこれ。酷い」
「批判は慣れてるけど。これほどとは……」
動画を配信した二人がネット上に溢れるコメントを見て嘆いた。
>『おいおい。どうせ脳をコントロールされて言わされてるんだろう』
>『グレイのいいなりじゃん。審判を下すでしょうって何様なの』
そんなコメントがほとんどだが、なかには『お前たちが血を流せよ』なんてのもある。
「どうしよう。こんなんじゃ、グレイが出した条件なんて無理だよ」
ミロクが肩を落とした。
自分たちが誹謗中傷されたことよりも、世間の危機を心配するなんて。
オレはその健気さに心を打たれて涙がにじむ。
「もう少し様子を見ましょう。炎上はだいたい批判コメントから起きるものよ。共感してくれる人も声をあげてくれるはずだわ」
田村さんが二人の肩に手を置きながら声をかけてくれた。
オレはいたたまれなくなり、コンビニに買い出しに行くことにした。
彼女たちを外出させるわけにはいかないので食料品を調達するためだ。
本来、警察は被害者宅の周辺をパトロールして警護する。
だが事態が事態だけに自宅に戻るのは危険だ。
三人は事務所のソファーで眠り、オレは休憩室で眠ることにした。
とは言え、誰しもこの状況でゆっくり睡眠をとれるような図太さは持ち合わせていないようだ。
夜が明けると寝不足気味な顔をつきあわせた。
「おはようございます。ようやくネットニュースで取り上げられ出したようです」
田村女史があいさつもそこそこにPCを見せてきた。
「あ、おはようございます。もしかしてずっと起きてたんですか」
彼女はそれには答えず、大型モニターでネットニュースを映し出した。
『謎のAI“グレイ”が警告。SNSの使用を1日1時間にしないと“血が流れることになる”。タイムリミットは明日』
ネットニュースらしいタイトルだが、間違ってはいない。
記事の内容にはテクニカルルーダの一件やミロクたちがYouTubeで配信したことにも触れていた。
「気になるのは、コメント欄の声ですね」
田村女史は淡々と画面をスクロールさせる。
>『これっと本当なの。だったらなぜ警察は動かないんだろう』
>『最近のネットニュースはけっこう本当のこと書いてるからな。だとしたらヤバいんじゃない』
昨日の炎上振りとは少し温度差がある。比較的冷静に受け止めた人が声をあげはじめたのだろう。
「やった!この調子で声が広がったら何とかなるかも!」
「わたしたとの配信もムダじゃなかったみたいね」
ネットニュースを見てはしゃぐミロクとイブキ。
もちろん彼女たちだって不安で押しつぶされそうなはずだ。空元気でも出さないとやってられないさ。
僅かながら手応えを感じたのも束の間だった。
皆それぞれにネットとにらめっこしながら、ときどきテレビもチェックしていた。ところが、いつまでたってもテレビではニュース番組で取り上げないことに気づく。ネットニュースやSNSをネタにするワイドショーですら触れていない。
「やっぱり。テレビは情報規制が厳しいみたいね」
田村女史はそう漏すが、本音は警察上層部や政界の力が働いていると言いたいところだろう。
焦燥感に駆られながら時だけが過ぎていく。
やがて昼が過ぎテレビの時刻表示が4時に変わる。
タイムリミットまで残り24時間となった。
携帯に着信があった。早乙女さんからだ。
「シンジ。詳しいことはあとから話す。とにかくテレビを見てちょうだい。内閣官房長官が会見を開くらしいわ」
返事する間もなく電話が切れた。
「あっ、報道特別番組だって」
横からイブキの声が聞こえた。チェンネルを変えると臨時ニュースが始まっていた。
『このたび、グレイと名乗る人物がネット配信で国民を脅迫した件については承知しております。ただその背景については十分把握しておりません。いずれにせよ、テロ行為は民主主義の根幹を揺るがすものであり絶対に許せません。政府としましては、あらゆる事態を想定して対応する準備があります』
予想したとおりの棒読み会見だ。それでも骨のある記者が食い下がった。
「グレイはSNSの使用を1日1時間とするよう条件を出しましたが、それについてはどう対応されますか」
「え?SNSについては承知しておりませんが。具体的に検討してまいります」
「何言ってんだ。グレイが設けたタイムリミットはあと24時間ないんですよ」
「至急検討するようにいたします」
「あ、ちょっと待って。それで国民が納得すると思ってるんですか」
官房長官は記者の怒声に耳を貸そうともせず袖に引っ込んだ。
特別報道番組というから期待したが、緊張感のなさに拍子抜けした。
「もう無理。わたしたちが頑張ったって意味ないじゃん」
「なんなのこのおじさん。本当に政治家なの。わけわかんないんですけど」
ミロクとイブキの忌憚のない意見を聞きながらオレは思った。
万事休すとはこういうことを言うのだろうと。




