第4話 プロデューサーXを探せ
「プロデューサーXとでも呼んどく? 須佐竜司。プロフィールはこの名前を使っているけどおそらくペンネームね。しかも実際に活動した記録が見当たらないわ」
早乙女リカ刑事がデータベースを駆使して調べてくれた。
コネのあるマスコミ関係者にまで聞いてくれたという。
須佐竜司はアイドルグループやミュージシャンのタマゴを育てるプロデューサーだ。CDや映像作品のクレジットに「Total Producer:須佐竜司」と表記されるほか、音楽誌などで写真とプロフィールが掲載されることもある。
「テクニカルルーダのCDは持ってるけど、クレジットまで見たことないなぁ。プロデューサーが誰かなんてあまり気にしないっていうか」
「あんたそれでもファンなの。そういうわたしも好きなアーティストでさえ、プロデューサーには興味ないんだけどね……」
「オレは写真もテレビに出ているところも見たことないです」
「わたしも見たことない。一般的にはどうなのかしら」
改めて考えると二人とも須佐竜司のことをほとんど知らない。
流行に疎いのだろうか、それともそれが普通なのか。
「なんか引っ掛かるわね」
ノートパソコンで検索しながら早乙女さんが首をかしげる。
「須佐竜司に関する情報はたくさんヒットするけど紹介や評論記事ばかり。彼にインタビューした記事が見当たらない。それに彼が出てくる動画もないのよ」
「ますます怪しいですね。須佐竜司はなりすましだったりして」
「それよ!なりすまし。架空の人物という線もあるわね」
彼女はまたキーボードをカチャカチャ叩いた。
「ここだわ。こうなったら『テルダプロ』に行ってみましょう」
まるで早乙女さんが担当しているかのような勢いだ。
オレとしても積極的な協力は心強い。テクニカルルーダが所属する『テルダプロ』のHPによると所轄管内にある。車を走らせれば10分もかからないだろう。
二人で駐車場へ急ぐと最早愛車と化したミニパトへ飛び乗る。
芸能事務所に行ったことなどないが、人々が忙しそうに歩く市街地にあるかと思っていた。
起業家や芸術家や作家風な人たちが歩く光景を勝手に想像していた自分が恥ずかしい。
いや、あるいはそれで正しいのかも知れない。
ただ我々がナビにまかせて到着したのは人影まばらな寂れたビル街だった。とりあえず近くのパーキングに駐車して徒歩で移動する。
「テクニカルルーダのメンバーは自宅待機中だと聞いてます。マネージャーの田村弥生はいるはずです」
「それは好都合ね。メンバーがいるとマネージャーも真相を話せないでしょう」
オレが状況を説明すると早乙女さんがうなずいた。
「オートロック装備のないオフィスビルなんて久しぶりに見たわ。まあこちらとしては手間が省けて助かるんだけど」
「そうなんですか。オレはまだビル街の聞き込みは経験がなくって。勉強になります」
エレベーターに乗って5階で降りると505号室を探す。一見すると一般の人々が暮らすような趣だ。
「ここね」
早乙女さんがつぶやいた。
表札の代わりに『テルダプロ』という文字とアイドルが踊るシルエットのロゴが描かれたパネルが貼ってある。
ドアホンを押すと室内を移動する気配がして返事があった。
「はい」
「警察です。先日はありがとうございました。少しお話しさせていただきたいのですが」
「あ、はい」
ドアが開いて田村弥生が顔を出した。
「どうぞ」
中に入るとドアを閉め、手帳を見せながら名乗った。
「こんにちは。鏡です」
「同じく捜査課の早乙女です。よろしくお願いします」
事務所内は意外に広くて50人規模の会議ができそうだ。
中央には木製のテーブルが置かれ、それを囲むようにソファーが並んでいる。
接客やメンバーたちが交流するためだろう。大型ビジョンがあって、テレビやネット配信を視聴できるらしい。
パーテーションの上から覗くと隣のスペースにコピー機や機材が置いてある。シンプルなキッチンも目に入った。
「あのぅ、来られた早々にすみません。実はもうすぐ来客の予定がありまして。できれば一緒に居ていただきたいのですが」
「え、どういうことでしょうか。事情によりますが。もう少し詳しく話してもらえませんか」
「はい。メンバーの親御さんが来られるのです。ライブで何があったのか説明してほしいと連絡がありまして。境さんには先日お話ししましたが、わたしもよくわかっていないのです。もしトラブルになったときのことを考えたら心配で」
「なるほど、それで我々がいればトラブルにまでは進展しないだろう。というわけですね」
「はい。それにお二人が来られた目的にも関係のある内容になるかと思いまして」
♪ピンポン
そのときドアホンのチャイムが鳴った。
「はい。今開けます」
田村マネージャーが対応する。
神妙な表情をした女の子二人とともに、大人の女性と男性が険しい顔つきで入ってきた。
「結城ミロクの母です」
「海乃イブキの父です」
「田村弥生です。テクニカルルーダのマネージャーをやらせていただいてます」
お互いの紹介を終えて田村弥生が我々のことを説明した。
「こちらのお二人は警察の方です。事情聴取に来られたので同席をお願いしました。お話しすることは同じ内容になると思いますので」
「警察にお世話になるとは。まったくどうなってるのかしら」
ミロクの母がぼやく。
「わたしはアイドルなんて反対だったんだ。勝手にオーディションを受けて合格したら有頂天になって。このところ珍しく家にいるから、ママに事情を聞いたら救急車で運ばれたっていうじゃないか」
血相を変えてまくしたてるのはイブキの父だ。
「ミロクから病院にいるって連絡があって、駆けつけたら痣だらけ。なのに何も覚えてないって言い張るの」
「イブキもですよ。何があったのかよく覚えてないって。事務所が口止めしているんじゃないか」
「もうっ、お母さんやめてちょうだい」
「パパもやめて。本当に覚えてないんだってば」
ミロクとイブキが溜まりかねて制す。
どうやら事務所がメンバーの家族に状況説明をしていないらしい。
もっとも説明しようがないのだろうけど。
結局、何の進展もなさそうだ。オレは外野から見物するような気持ちでやりとりを聞いていた。ところが思いも寄らない言葉に目が覚めた。
「そもそもあれだけのアクシデントが起きながら、なぜニュースにならないの。わたしたち親でさえ娘から聞くまでわからないなんて。なんかおかしくないですか」
不信感を募らせるミロクの母。
それを受けて田村弥生が前のめりに口を開く。心当たりがあるらしい。
「確かに納得いかない点があります。警察は事件性があるから事情聴取したんですよね。ライブ会場でもケチャップ弾で撃たれた人がたくさんいて、目撃者もいるのにほとんど話題になってません。ひょっとして警察の上層部が情報操作しているのではないでしょうか」
オレは変な汗をかいた。
彼女は興奮気味に続ける。
「そうですよ!だって、事務所に週刊誌の記者が押し寄せることもなく、取材の電話すらかかってこないんだから。何かおかしいです」
警察官として考えたくもないが、あり得ないことではない。
早乙女さんも下手なことを言うわけにはいかず、思案顔で唸るばかりだ。
ミロク、イブキ、ミロクの母、イブキの父、田村弥生。誰もが目だけを動かして様子をうかがい合う。
まずい。このままでは警察関係者である我々が最も不利な立場になるじゃないか。
真相を追究するには障壁が高い。だからといって無視はできない。それには時間が必要だ。
とにかくこの場をなんとか収めなければ。どうする? 早乙女さんに妙案はないものか。アイコンタクトで伝えるが、目をそらされてしまう。
するとそのとき。大型ビジョンが明るくなった。
そして思わぬ人物が声を発した。
「須佐竜司です。わたしからすべてお話ししましょう」




