第3話 推しを事情聴取「謎のプロデューサー」浮上
サタデーナイトフェスのステージで倒れた「テクニカルルーダ」のメンバーたちはやがて意識を取り戻したが、念のため救急搬送されて検査と治療をうけることになった。
主催者が観客の状態を確認したところ46人が体や衣服にケチャップがついたことを申し出たという。
ケガや痛みを訴える者はいなかったそうだ。
映像によって現われたエイリアン顔が「言うとおりにしないと、次は血が流れるぞ」と告げたことから事件性が疑われる。アイドルグループの不可解な行動にも関与している可能性が高い。
現場にいた警察関係者はオレだけだ。必然的にこの事件を担当することになった。
「鏡、これは被害者や目撃者への事情聴取だからな。言動には十分配慮して慎重にやるように」
課長がやんわりとアドバイスしてくれた。ネットカフェの件があるだけに心配なのだろう。
きっと捜査課の誰もが似たような気持ちに違いない。何かとオレに声を掛けてくる。
「シンジ。今度こそ底力を見せてくれよな。悩んだときは何でも聞いてくれ」とゲンさん。
紅一点の早乙女さんに至っては「アイドルに事情聴取するんでしょ。セクハラしちゃだめよ」などという。
毎日のように取調室で対面していると、先輩方の言葉が身に染みてくる。
まずサタデーナイトフェスの主催者やスタッフは聞き取りだけ行った。
予想通り「全く身に覚えがない」「そもそもこちらが被害者のようなもの」という主張に終始し、疑わしい点は認められず短時間で済んだ。
やはり真相究明は、最も疑わしい「テクニカルルーダ」のマネージャーとメンバーたちの証言にかかっている。
オレはまず女性マネージャーの田村弥生と対峙した。
「田村さん。あなたは事件が発生した当時どこにいましたか」
「ずっとステージ脇で見ていました。するとメンバーがおもちゃのピストルを手に持ったので、あれ?って……」
「なぜおもちゃのピストルだとわかったのですか。遠目に見るとすぐに判別できないはずですが」
「まさか本物のピストルだなんて考えもしませんよ。きっとエアガンだろうと思ったんです」
「そうしますと。あなたはメンバーがエアガンを使うことを知らなかったということですか」
「はい。新曲なので振付をしっかり踊ろうと意思統一したばかりです。あのような設定はなかったはずです」
「はずですと言いますと。あなたが把握していないこともあり得るということでしょうか」
「マネージャーですから基本的にはそうありたいと思っています。気持ちは同じグループメンバーのつもりです」
「もう一度お聞きしますが、あなたが知らないこともあり得るのですね」
「ええ。たとえばプロデューサーがその場で思いついて指示するようなこともあります。わたしが他の用事でいなければ把握できません」
「なるほど。今回の件でプロデューサーがエアガンを使うよう指示したことは考えられますか」
「それはないと思います。わたしはリハーサルからずっとメンバーと一緒でした。先ほど言ったように振付重視でいこうと意思統一する場にもいましたから」
「ではライブが行われた時、プロデューサーはどこにいたかご存じですか」
「いえ。知りません。あの方はご多忙でほとんど顔を出さないのです。実はわたしもネット面接で採用されて、打ち合わせもネットでしかしたことがありません。サタデーナイトフェスにも来られていないと思います」
「ネットでしか会ったことがないなんて。つまりプロデューサーを実際に見たことがないと?それは俄に信じられませんね」
「きっとああいう方を天才というのでしょう。ネットで会話しているとは思えないほど説得力があるのです。わたしは指示通りに仕事をしてやり甲斐を感じているし、メンバーだってきっとそうだと思います」
「え!メンバーもプロデューサーに会ったことがない?どうやってプロデュースするんですか」
「わたしが知る限りでは、メンバーも実際に会っていません。もしかするとわたしには伏せて指導することはあったかも……あの、ちょっとめまいがしてきたので……」
「それはいけない。長々とお聞きしたから疲れましたよね。これで終わります。ご協力ありがとうございました」
田村弥生が退室した後、オレは机に突っ伏した。
まったくどうなってるんだ。めまいがしそうなのはこっちだぜ。
1時間後には「テクニカルルーダ」のリーダーとしてミロクが来ることになっている。
これまでの情報をもとにしてどう話を進めればいいのか。
とにかく落ち着け。そしてぐちゃぐちゃな頭の中を整理しなければ。
なぜ焦れば焦るほど時は速く過ぎるのだろう。
ミロクが目の前に座っている。
「テクニカルルーダのミロクさんですね。担当刑事の鏡シンゴです。よろしく」
「結城ミロクです。お手柔らかに」
彼女がいたずらっぽく微笑む。
まるで「なに気取っちゃってるのよ」と言わんばかりの表情だ。
取り調べ室には外側から覗ける窓がついており、そのうえ録画もされている。
オレは猿芝居を打つのがバカらしくなった。
「後で掘り返されるのは嫌だから前もって言っときますね。オレはテクニカルルーダのファンです。しかもミロクちゃん推しです。なっ。これで話しやすくなっただろう」
「ええーっ。改めて告白しはじめたからびっくりしちゃったわ。そっか周りにも聞こえてるんだ。わかった。何でも聞いて」
ミロクの表情が変わった。
これは真剣な事情聴取なのだというオレの覚悟が通じたらしい。
「ではお聞きします。あなたはサタデーナイトフェスのライブでエアガンを撃ちましたね。わたしに向けてペイントボールを撃ちましたね」
「よく覚えていません。気がついたら床に倒れていました」
「ステージでメンバーのイブキさんとお互いの体に向けて撃ち合ったのは覚えてますか」
「よく覚えていません。気がついてから体をみたらケチャップだらけで、ところどころ赤く腫れていました」
「今回のライブではエアガンでカラーボールを発射する段取りだったのですか」
「よく覚えていません。気がついたら手にエアガンを握っていました」
「ライブ前にメンバー全員で、新曲を初めて披露するのだから振付に集中しようと意思統一したのではないですか」
「それは覚えています。でもなぜエアガンを握っていたかはわかりません」
「ライブ前にプロデューサーと会いましたか」
「いいえ。あの方は滅多に顔を出しませんから。ライブ会場にも来ていないと思います」
「では、プロデューサーからエアガンを使うように指示されませんでしたか」
「よく覚えていません。ただ、あの方からメンバーに動画が送られてきました」
「動画とは?どのような内容ですか」
「よく覚えていません。でも楽屋でそれぞれスマホを見ていたように思います」
「ミロクさん。これはとても重要なことですからよく思い出して下さい。プロデューサーと最後に会ったのはいつですか」
「思い出すもなにも、あの方と直接会ったことは一度もありません」
「え?オーディションはどうやって受けたの?」
「一次選考は書類だったでしょ。二次選考と三次選考はネット面接。最終選考はスタジオで歌と踊りのテストがあったけど、マネージャーの弥生さんと男性スタッフが2人いただけ。あの方はネットで見ながら審査していたの。だから実際に会ったことない」
「そうなんだ。わかったよ。疲れただろう。これで終わります。今日はありがとう」
「なんか覚えてないことばかりでごめんなさい。できる限り協力するから、なんでも言ってね」
ミロクが退室すると、オレはまたしても頭を抱えた。
でも少しだけ見えてきたこともある。
こうなったら、なにがなんでもプロデューサーに会わねばなるまい。




