第11話 ミロクの決意
空いっぱいに膨らんだ大きな綿菓子にタバコ休憩をとるために集まったオトナたちがなりふりかまわず灰を落としたらこんなに美しくてグロテスクな模様の雨雲ができるのかな。わたしは流れに体を預けて痛いほど大粒な雨を顔で受け止めながらそんなことを考えた。トリプル台風が関東圏を通過したことで強風と大雨による被害が各地で起きたかと思えば線状降水帯による豪雨が追い打ちを掛ける。ゲリラ豪雨とは予期せず突発的に降り出すからその名を持つのだろうが三日間もやまなければゲリラの冠は返上するべきだ。目黒川や神田川が決壊して注意報が出された後に荒川、江戸川まで氾濫して警報に変わった。井の頭公園や上野恩賜公園はどこが池なのかわからないほど水に浸かってしまい多摩湖、奥多摩湖も危険な状態らしい。わたしがスマホで得ることが出来た情報はそこまでだ。なぜなら家ごと洪水に飲まれて濁流に押し流されてしまい必死に泳いだものの力尽きて水面に顔を出して浮いている状況なのだから。こうなるとむしろ気が楽になり川の流れに身を任せながらいろいろな思いを巡らせることに徹した。ただわたしはそれでよくても周りの環境がそれを許してくれない。いきなり足に何かが絡みついてきたので姿勢を崩しすぎて沈んでしまわぬ範囲で目を向けて確認したところ巨大なアナコンダが這い上ってくる。足首からふくらはぎまでとぐろを巻くようにテカテカ光るジャタイを絡ませながら膝、太もも、腰へと上ってくる……おへその辺りで目が合った。
「ギャーーーっ!」
叫び声とともに飛び起きたらベッドの上だった。
「夢か~マジで死ぬかと思ったわ」
わたしはひとりぼやきながら昨日の出来事を思い出す。
AI・グレイを操っていた“マヤ&ナスカ”はきっと宇宙人に違いない。
彼らは人類が地球を汚していることを警告するためにやって来たという。
しかも地球を汚し続けるならば排除されても仕方がないとやんわり脅して去った。
たぶん地球温暖化のことを怒ってるんだよね。だったら二酸化炭素などの温室効果ガスを減らさないとダメじゃん。
化石燃料とか代替フロンとか森林破壊とかいろいろあるけどそれより何より戦争したら一気に悪化しちゃいそうでヤバイ。
AI・グレイがスマホ使用を「1日1時間」に限定すると告げたとき、政府をはじめほとんどの人々が真剣に捉えなかったけど、今度はさすがに無視できないでしょう。
メカグレイによって車両が破壊され機動隊の攻撃が通用しないことまで見せつけられたのだから“マヤ&ナスカ”の警告を気のせいでは済まされないわよね。
大人たちのやり方あるだろうからそれは任せるとして、わたしに出来ることはないかしら。
そもそもAI・グレイから脳をいじられて操られたのはわたしたち「テクニカルルーダ」なわけだし、落とし前をつける義務も権利もある。
「そうだ、イブキに相談してみよっと」
メールではまどろっこしいから携帯に電話するとすぐに出てくれた。
「どした?なんかあった?」
イブキが心配そうにするので、わたしはようやく夜中の3時だと気づく。
「ごめんごめん。変な夢みて目が覚めちゃったからさ」
「なによそれ、びっくりしたじゃん。まあこっちも眠れないでいたんだけどね」
「だよね。昨日のことを思い出しちゃうんでしょ」
「そうなのよ。ミロクの夢ってのもそんな感じでしょ」
「正解!もう酷い夢でさ、自分の叫び声で飛び起きたら寝汗がグッショリ」
「やだぁ、おねしょはしなかったでしょうね」
「なわけないし!やめてよもう!」
思わず大きな声で笑いそうになったがなんとか食い止めた。
こんな冗談を言い合える仲間がいてホントよかったと思う。
「でさあ、イブキ。真面目な話なんだけど聞いてくれる」
「お、おう。いいわよ。てか、だから電話してきたんでしょ」
「さすがイブキ話が早い。そうこなくっちゃ。“マヤ&ナスカ”のことだけど……」
「やっぱりね。わたしもずっと気になってたんだ」
「要するに『地球をこれ以上汚すなっ』てことよね。わたしが思うに政府やマスコミも今度は本気で考えるんじゃないかな」
「だといいけど。“マヤ&ナスカ”も言ってたじゃん“ゆでガエル”状態だって。でもメカグレイを見て少しは響いたかもね」
「そう願いたいわ。でさあ、大人たちを信じたうえでのことなのよ。わたしたちにはわたしたちのやるべきことがあるんじゃないのかなぁ」
「なるほど。大人は大人でやってもらい。我らテクニカルルーダはアイドルとして何が出来るかってことね」
「それ、それよ!でもわたし1人じゃ、いいアイデアが思い浮かばなくってイブキに相談したってわけ」
ここまでトントン拍子に進んだもののしばし返事がなかった。
イブキもさすがに考え込んでいるらしい。
わたしは母と友だちのように仲が良い。父親はわたしが小さいときに離婚して出て行ったためあまり記憶がない。
音大出身の母は高校で音楽を教えたり、音楽教室のピアノ講師をしている。その影響だろう。わたしも幼い頃から歌うのが好きで、中学生になると歌手の道を真剣に考えた。母はそんなわたしの気持ちを理解してオーディションの情報を見つけては受けさせてくれた。
ある日、学校帰りにCDショップに貼ってあるポスターが目に入った。
『歌って踊れるホンモノになりたくありませんか!【テクニカルルーダ』オーディション募集』
母に頼んで応募したのは言うまでもない。
二次選考を通過したが、これまでも最終選考で落ちているからなおさら気合いを入れて臨んだ。
そのオーディション会場で声をかけてきたのがイブキだった。
「よく会うよね。今度こそ合格するようお互い頑張りましょう」
彼女の笑顔と快活な声を思い出して懐かしんでいたら、当のイブキからようやく返事があった。
「ミロク、覚えてる?テクニカルルーダのオーディション……」
「え?わたしも今その頃のことを思い出してたんだけど。テレパシー使った?」
「まあ能力がないこともないけど。そんなめんどいことするはずないでしょ。とにかく真面目に聞いて」
イブキがヒーロー召喚したときは驚いたが、わたしは以前から彼女が不思議な力を持っていることをなんとなく感じていた。だからつい「テレパシー」などと口にしたのだ。
イブキは続ける。
「最終選考でミロクが歌ったとき、鳥肌が立ったんだよね。今だから話すけど、わたしの守護霊は出雲阿国っていう芸能の元祖みたいな人らしいの。だから歌と踊りには自信を持ってたのに、あなたの歌は想像を超えていたのよ。あの説得力ある歌で呼びかければ聞いた人たちが共感してくれると思う」
他ならぬイブキの発想だからこそわたしの胸に響いた。
「でも、ラブソングってわけにはいかないでしょ。どんな歌がいいんだろ?」
「そうねえ、やっぱり『イマジン』みたいな?」
「『イマジン』名前は聞いたことるかも。どんな曲だっけ」
「マジか……あんたミュージカルとK-POPとアニソンとスピッツばかり聴いてるからねぇ……音源送るから聴いといて」
「サンキュー。また連絡するね」
電話を切ると、早速メールで動画のURLが届く。
すでにカーテンの隙間から薄明かりがさしていたけれど『イマジン』を子守歌に少し眠ることにした。
携帯が振動して目が覚めたらもう9時を過ぎている。
イブキからと思いきや相手はマネージャーの田村弥生さんだ。
メールではなく電話するのは最近の流行なのか。
きっと複雑な事情が増えて繊細な意思疎通をはかる必要があるからだろう。
「おはようミロクさん。朝早くから悪いけど相談したいことがあって電話したの」
「おはようございます。それで、なんの相談でしょうか」
このところ出来事が多すぎて相談と言われても検討がつかない。
「実はテクニカルルーダを再開させようと思うの。まずは、あなたとイブキさんの気持ちを確認したくて……」
「もちろんOKです!でも条件があります」
「ええ、できる限りのことはするから何でも言ってちょうだい」
「ジョン・レノンみたいな歌が歌いたいです!」




