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第12話 再生~エピローグ

「須佐竜司です。はじめまして。って言うべきなのかな」


 『テルダプロ』の事務所を訪れたら彼がいた。


 メカグレイの事件からおよそ一カ月が過ぎたある日。オレはテクニカルルーダのマネージャーを続けているという田村弥生女史から連絡をもらってやって来た。須佐竜司はモニターの映像で見たとおりの温和な感じの男だった。


 リアルに姿を現したということは、グレイに脳をコントロールされていたときとは違う心境でプロデュースに取り組む覚悟を決めたと受け止められる。


 だが、あのとき彼が一瞬だけキレたのをオレは忘れない。

 ミロクとイブキをはじめテクニカルルーダのメンバーがライブでカラー弾を撃つという無謀なことをしたのは須佐竜司が誘導したからと思われた。

 オレは彼が首謀者だと思い追究したところ声を荒げて反論した。


「黙れ!わたしだって脳を通して動かされている……」

 

 その印象が強く残っているから本当はどんな顔なのかはかりかねている。

 もっとも人は誰しもいろいろな側面を持っているものだ。

 どこまで信用できるかは時間をかけて判断するしかない。

 まずは普段通りに接するところからはじまる。


 

「鏡シンジです。実際にお会いするのは初めてですね」


 オレは挨拶すると右手を差し伸べて握手した。

 

 彼も力強く握り返して答える。

 

「田村さんにお願いして、引き続きテクニカルルーダのプロデュースをやらしていただくことになりました。このような形でお呼びして恐縮ですが、鏡さんにはきちんとご報告したかったのです」


「わたしも須佐さんから直接電話をいただいたときは驚いたんですよ。でもお会いして事情をお聞きしたら納得しました。本来は純粋にアーティストを育てることに情熱を燃やしている方なのだと改めて感じたのです」


 田村女史の話しぶりからすると、十分に話し合って再スタートする流れになったようだ。彼女の清々しい表情を見てオレも安心した。



☆

 

 須佐竜司と会って一カ月ほど過ぎた頃、ミロクからメールが送られてきた。


『シンジくん朗報です。テクニカルルーダが心機一転再始動するよ!しかもあのサタデーナイトフェスに出演するんだからワクワクしてるの。ゼッタイ来てね』


 

 文面からすると元気そうで何よりだ。須佐竜司の件もあるし「心機一転」したテクニカルルーダはどのように変わっているのだろう。



 後日『テルダプロ』からフェスのチケットが二枚届いた。となると誘う相手は自ずと決まってくる。

 


☆☆


 サタデーナイトフェスの会場は観客がひしめきあっていた。活動休止の噂があったテクニカルルーダが出演するためだろう。

 あのようなアクシデントがあり、一時はファン離れも懸念された。しかし「そんな心配はご無用」と言わんばかりの人気ぶりだ。


 オレは早乙女さんを連れて前から二列目で見守る。


 いつもと違い男性の声によるグループ名の紹介はなかった。整然と登場したテクニカルルーダのメンバー5人がステージに並ぶとミロクが代表して挨拶した。


「みなさーん、テクニカルルーダでーす。ご迷惑とご心配をおかけしましたが、このたび5人揃って活動を再開することになりました。これまでにも増して楽しんでいただけるよう頑張ります。どうか応援をよろしくお願いします」


 会場は好意的な声援と拍手に包まれた。観客はファンばかりではない。初めて彼女たちを見に来た人も少なからずいるだろう。アクシデントを乗り越えてリスタートする姿はあらゆる垣根を越えて心に響いたらしい。オレの目はすでに潤んで崩壊寸前だ。ふと早乙女さんを見ると涙をぬぐってた。


 

「まずお届けしたい歌があります。プロデューサーの須佐竜司さんからリスタートするテクニカルルーダにプレセントしていただきました。漢字で龍の樹と書いて“リュウジュ”と読みます。昔、インドで“シャーニャ”日本語にすると“空”(くう)の思想を説いた仏教の偉い方だそうです。今までにない難しそうな歌詞だけど、頑張って歌ったら素敵だなって思いました。ぜひ聞いてほしいです」


「龍樹(リュウジュ)の伝説」


 ミロクが曲について説明するとイブキがタイトルを紹介した。イントロはミドルテンポでノリノリというよりは味わいながら聴ききたい気持ちにさせる。



 ♫

  

  あなたと二人海の上 船と並んで泳ぐイルカ


  草原に寝転んでみよう そよ風に乗って聞こえる小鳥のさえずり


  南の国で日差しを浴びるハイビスカス


  小川でおたまじゃくしと戯れた日々


  どれも永遠ではないのかな


  

  わたしにとって正義でも


  あなたはときに迷惑顔


  シャーニャ シャーニャ


  シャーニャならばそれもモーマンタイ


  

  シャーニャ シャーニャ


  シャーニャならばオールOK



  むじゃきに遊ぶ子どもたち 綺麗な瞳は何を見る


  愛を語る恋人 笑顔で抱き合う親子 幸せはそこにある


  悩めるマザー 悟りきった作家 それもまた幸せ


  歴史は繰り返すっていうけれど


  幸せの形も変わっちゃうのかな


  

  わたしにとって正義でも


  あなたはときに迷惑顔


  シャーニャ シャーニャ


  シャーニャならばそれもモーマンタイ


  

  シャーニャ シャーニャ


  シャーニャならばオールOK


  

 ♫



 オレはテクニカルルーダだからこそ歌える曲だと思った。

 

 須佐竜司や彼女たちはグレイに利用された被害者だ。それとともに希な経験をしたことにより、グレイが警鐘を鳴らした意味を真に理解できたのではないだろうか。


 とくにミロクの一人一人に呼びかけるような歌声は魂すら感じられた。須佐は彼女の想いをメッセージとして楽曲に溶かし込むよう試みたのかもしれない。


 グレイとマヤ&ナスカによる騒動は数週間で話題にすら上らなくなった。しかしテクニカルルーダのように訴え続けることでまだ希望はある。




ー了ー


筆者が本作の構想を思いついたのは、情報社会において日本人の脳が酷使されすぎではないかと危機感を覚えたことがきっかけです。読み進めるうち随所にその問題意識が表れていることに気づかれることでしょう。この場を借りて本編で詳しく触れることができなかった「空」について少し解説させてください。


 龍樹菩薩(ナーガールジュナ)は「あらゆる存在は実体を持たず、現象にすぎない」という「空」の思想を確立した有名な古代インドの大乗仏教学者です。日本の仏教用語では「空」(くう)とされますが、サンスクリット語では「シューニャ(śūnya)」といいます。


 “剣聖”宮本武蔵は『五輪書』の「空の巻」で「新の道を悟らぬうちは、仏の道にせよ、世間の道理にせよ、自分だけではこれが正しいのだと思い込み、よいことだと考えているが、これを社会全体の規準に照らして見るときには、その人その人の違った主観、判断の狂いによって、正しい道からは、はずれているものである。(中略)「空という心には善のみがあって悪はない。兵法の知恵、兵法の道理、兵法の精神、こうしたものがすべて備わることにより。はじめて一切の雑念を去った空の心に到達することができるのである」としています。


 最後までお読みいただいたとき、「空」を感じていただければ幸いです。

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