意地
クリスはAクラスの子の転倒を救った。
そこまでは良かった。
だが、その際にクリスはバランスを崩し、雨のせいでぬかるんでいた地面に足を取られてしまったことで、びしょ濡れのグラウンドを転げ回った。
そんな、まさかの事態に会場にどよめきが走る。
だけど、誰かが転んだからと言って、走者は止まることなく走り続ける。
クリスが助けたAクラスの子も、転んだクリスのことを気にする様子を見せた。
だが、彼もクラスのために走ることを選ぶ。
そして、そのことを誰も非難しないのは、これが勝負の世界であり、今すべきことは、
【クラスのために、勝つために走る】
この状況において最も大切なことが何なのか? それを誰もが察したからだろう。
「うぅぅ……くっそぉ」
一方クリスは、転倒からスグに起き上がり、すぐにリレーを再開しようとしたが、
「バッ、バトンは?」
転んだ衝撃でクリスはバトンを放してしまい、バトンは後方に転がっていた。
その状況を把握した瞬間、
「あ、あぁ……」
事態の重さを察したクリスはその場で立ち尽くし、バトンを拾いにいこうともしなかった。
いや、きっと拾いに行こうにも、自分がやらかしてしまったことの重圧が、重くのしかかってきたから、体が動かなくなったんだろう。
『クリス!!』
そんなクリスを見た俺は、咄嗟に叫んでいた。
「頼む、何が何でもここまでバトン持ってきてくれ!!
そしたら、そしたら後は俺が勝ってみせる!!!」
俺は根拠もクソもないことを大声で叫んでいた。
だけど、この言葉はクリスにとって生じた迷いや恐れを吹っ切る切っ掛けになったようで、俺の叫びを聞いたクリスはすぐにバトンを拾うと、俺が待つ場所目掛けて全速力で走りだした。
この時、既に他のクラスのバトンはアンカーに渡っており、俺と他の走者の差は大きく開いていたが、そんなのどうでも良かった。
なぜなら、この際俺の中にあったものは、
(絶対にアイツの……クリスのせいで負けたなんて言わせはしねぇ!)
そして、いよいよクリスが俺にバトンを渡す位置までやってきた。
「ごめん、ごめんねライト!」
「よっしゃ、後は任せろ!!」
クリスの顔は泣きじゃくり、悔しそうな表情を浮かべていたが、それでも俺の言葉を信じて、バトン託しにきてくれた。
「さぁ、ようやくEクラスのバトンがアンカーに渡りました!」
「他のクラスと大きく差が開いてしまいましたが、最後まで頑張ってほしいですね」
「そんなの、言われなくたって分かってるよ……やってやるぜ!!」
例え自分のコンディションが万全でなかろうが、自分の足が壊れようが、持てる全ての力を出す覚悟を決めて地面を蹴ってみると、意外な感触が返ってきた。
(……まさかグラウンドがぬかるんでるおかげで、全力で走れるなんてね)
ぬかるんだグラウンドはクッション代わりとなり、足の負荷は思った以上に和らげてくれる。
そのお陰で、俺は全てにおいてあまり良いとは言えないコンディションの中でも、想定以上の実力を発揮し、グングンスピードを上げることが出来た。
「おっと、早い、早いぞ! ライト・トリファー!!」
「凄いですね! 前との差がどんどん縮まっていきますよ!!」
俺がコーナーを走り抜けると同時に、4位のDクラスを抜き去る。
続いて3位のBクラス。
そして2位のAクラスを抜けば、残すは一位のCクラスだけ。
「フフフ……そうこなくっちゃ!
やっぱり君は僕の最高ライバルだよ!!」
そう言って俺が迫ってくるのを、ジギスムント君は嬉しそうに見ていた。
だけど、こっちとしては一番厄介な奴がまだ目と鼻の先にいるってのは、ちっとも嬉しくない状況だった。
「さぁ、最後の最後でEクラスのライト君が驚異の追い上げを見せましたが、トップを走るCクラスのジギスムント君との差が、縮まりそうで縮まらない」
「どうやら……このままCクラスが逃げ切りそうですね」
(……ハァ、せめて「最後までこの勝負は分からないぞ!」ぐらい言ってくれよ)
そう思ってしまったのは、実況解説の言う通りだったからだ。
なんせ俺の足は限界……というより、魔力が底をつきかけていたので、俺はもうこれ以上スピードを上げようにも上げることが出来ない。
むしろペースは徐々に落ちてきている。
(ここまでか……)
そのことを悟り、勝利を諦めかけていた時。
!?
次の瞬間、突然地面が硬くなり、足の踏み込みを強めることが出来るようになったのだ。
一体何事かと思って足元に目をやると、ゴールまで透明な道が出来ている。
そして、この道を作る透明な何かは、なにかと見覚えがあるものあった。
まさかと思い、あいつがいる方に視線を向けてみれば、そこには地面に手をついて必死の形相を浮かべつつ、人知れず魔法を使っているクリスの姿が!
(……ったく、あんな距離からココまで複数のシールド貼るなんて無茶すんなよ。
おまけにコレ、バレたら反則負けだっての!)
ゴールまでの道を作っていたのは、クリスの防御シールドだった。
まさか防御魔法をこんな風に使うなんて誰も思いもしないし、クリスの作ったシールドは透明なので、目視でも気が付かないのだろう。
正直に言えば、こんな反則行為をしてまで勝ちたいなんて思ってない。
だけど、
(もし親友が、しょうもないイタズラを誘って来た時ってどうする?
そんなのさ「面白そう」だと思ったら、乗っかってみたくならないか?)
だから俺は、あえてクリスの作った道を躊躇なく走った。
ぬかるんだ道と違って、しっかり地面を踏み込む感覚がある道を走れば、失速していたペースが再び蘇る。
そして、ゴールが目前に迫った時、俺はジギスムント君と並んだ!
「悪いけどさ、今回も俺達Eクラスが勝たせてもらうよ!」
そして遂に俺は、ジギスムント君を抜いてトップとなり、後はゴールテープを切るだけとなった。
「「「「「「「わぁぁぁぁ! やっぱり凄いぞぉ、ライト!」」」」」」
「「「「「「「頑張ってジギスムントォォォ!!
また、またライトに負けるなよぉぉぉぉ!!」」」」」」
勝利を確信したEクラスの応援は最高潮に盛り上がっていた。
それに対してCクラスの応援は、必死に最後まで「諦めるな」とジギスムントに叫びかける。
(だけど残念! ジギスムント君はこれ以上ペースを上げれないんだよなぁ)
ジギスムント君は、リレーでこれ以上のペースを上げられないのを俺は分かっていた。
だから、必死に応援するCクラスの皆には悪いけど、俺の勝利は揺るぎない。
「……あぁ、もう負けないさ!
だって僕には、まだ『とっておき』があるからね!!」
そうジギスムント君が叫んだ直後、彼は後ろを振り向き、片手を後方に突き出した。
そして、
「わぁぁぁぁ!!」
ジギスムント君が叫んだ瞬間、突き出した片手の先で空気が爆発した!
すると、ジギスムント君の体は爆発で吹き飛ばされながら前方に加速する。
「うわぁぁぁ!!!」
そして彼が何度も空気を爆発させれば、その都度ジギスムント君の体は加速していき、俺との差は一瞬で縮まる。
そして
「遂に……ゴォォールゥゥ!!!」
「しかし、ここから見た限りだとCクラスとEクラスは同着に見えましたが、判定は審判に委ねられることになりそうです」
俺から見てもゴールテープを切ったのは、ジギスムント君と同時に見えた。
となると、後は審判の判定次第だ。
そしてゴールしたジギスムント君は、後ろを向いたまま突っ込むなんて受け身のことを一切考えもしない態勢でゴールに突っ込んで行ったので、地面に着地した後は勢い任せにグラウンドを転げ回った。
そんな彼の体操服は泥だらけとなり、大の字で地面に横たわっているが、そんなジギスムントの姿を見ていると、彼の走ることに対する勝利への執念の凄まじさを感じる。
そして、何より不正を甘んじて受け入れた自分が恥ずかしく思えた。
(さて……後は勝ったのはどっちか、か)
そして、その結果はすぐに分かった。
「さて、審判の判定は……なんと、なんとぉ! ここに来て奇跡の逆転劇ぃ~!!
ゴールのテープを先に切ったのは……Cクラスのジギスムント君だぁぁぁ!!」
「「「「「「やったぁ!!!!!」」」」」
判定の結果、先にゴールテープを切ったのはジギスムント君達Cクラスだった。
そしてCクラスの皆が、地面に横たわっているジギスムント君を抱えると、みんな泥だらけになりながらジギスムント君を胴上げし、Cクラスは皆で勝ち取った勝利で大喜び。
そしてジギスムント君も、意地で掴んだ勝利を大いに喜んでいる。
その姿を見て思ったのは、
(……まさか、前にやったことをやり返されるなんてね)
まさに「してやられた」とは、こういう状況を言うんだと思った。
そして身を挺して勝利を掴みにきたジギスムント君には心から敬意を表し、素直に敗者として拍手を送った。
そして輝かしい勝者の姿を目に焼き付けた後、俺は直ぐにクリスの元に向かう。
「……大丈夫か? クリス」
「ご、ごめんねぇ゛……全部、全部僕のせいでぇ゛……」
クリスは地面に座り込んで泣きじゃくながら、自分のせいで優勝を逃してしまったことに対して謝っていた。
「……いや、俺こそ勝つってデカいこと言っときながら……勝てなくて、ごめんな」
そう言った後、俺はクリスの手を握って立ち上がらせ、一緒にクラスの皆がいる場所に戻った。
こうして、俺達Eクラスの優勝を懸けた戦いは、二位と言う結果で終わった。
あと一歩で優勝を掴めなかったことを、Eクラスの皆は心底悔しそうにしており、中には悔し涙を流している子もいた。
そんな重い空気が漂う中、俺は不思議と負けたことに対してそこまで悔しいとは思っていなかった。
むしろ負けたことで、気分は清々しかった。
俺がそう思えるのは、
(あんな勝ち方したって……良くないもんな)
そう思えたのは、最後までズルなんかしないで己の力で戦い抜くことに意義がある。だから、
【胸を張れない勝利なんて、一生誇れない】
そのことは、この時すでになんとなくだけど、俺も分かっていたからだと思う。
最後まで読んで頂きありがとうございました




