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自分が残した爪痕

「はぁ……」

 

 昨日は結局クリスと一緒に帰れなかった。

 そして登校時、いつもなら途中で合流していたのに、今日はいつまで経っても、クリスはその姿を見せなかった。

 恐らく、もう先にクリスは登校しているんだろう。

 しかし、こうもあからさまに避けられると、朝から気分は萎えてくるものだ。


(……よし、まず学校でクリスに会ったら、ちゃんと話そう)


 いくら登下校時に会えなくても、教室に行けば会って話せると考えることで、強引に己を奮い立たせた。

 そして教室に入り、クリスの姿を探してみると、


(良かった! ちゃんと登校してた)


 クリスが自分の席に座っているのを確認できたので、内心ホッとする。


(よし、まずは普段通り挨拶からだ)

 


「お、おはよう」

「……おはよう」


 まずはクリスに挨拶してみたが、クリスの様子は明らかにいつもと違って、よそよそしいものだった。


「……き、昨日は先に帰ってたんだな」

「うん……急いで家に帰る用事があったからね」

「そ、そっか。 だったら先に一言言って欲しかったな~……」

「ゴメン、ライトはフローレスさんと楽しそうに話してたから、邪魔しちゃったら悪いと思って……。

 あ、そういえば今日ってフローレスさんと組手やる日だったよね?

 僕、今日も用事があるから早く帰らなきゃいけないんだ」

「そ、そうなのか?」

「う、うん……だから、後は二人で仲良くやったら?」

「……分かった」


 やはり、今日のクリスはいつもと違い、俺に対してそっけない態度をとってきた。


(……やっぱり昨日のこと、まだ怒ってるんな……よし、もう一回ちゃんと謝ろう!)


 今度こそクリスにちゃんと謝ろうとした。


「……ねぇ、もうすぐホームルーム始まるよ?

 そろそろライトは席に戻った方がいいんじゃない?」


 俺が謝ろうとした瞬間、クリスは『さっさと離れてくれない?』と言わんばかりの空気を醸し出しつつ、淡々としたトーンで俺に席に戻るように促してきた。


(え? なに?? その感じ悪い言い方???)


 正直、昨日の一件はいくらこっちが悪いにしたって、そこまで露骨に嫌な空気を出されるのは、ちょっと腹が立ったし、なんか謝る気まで失せてきた。


「……そうだね。 じゃあ、また後で」


 そう言って俺は自分の席にさっさと戻った。

 これは、決してクリスの今までと違うよそよそしい態度に、ムッとしたからじゃない。

 そして、俺とクリスが話してる間、アリカさんを筆頭に女子の大半からずっと睨まれ続けるのに、正直耐えられなかった。


(そう、俺は決してあのプレッシャーに耐えられなくて、逃げたわけじゃない!

 これは戦略的撤退ってやつ……のはずだ)


 こうして、朝から一切いいことがないまま、俺の一日は始まった。


・・・

・・


 こうしてクリスとのわだかまりは解けないまま、体育祭まで残り二日となった。


 体育祭本番まであと二日となると、準備も最終段階に入り始めた。

 この学園は、二日前から授業が全て体育祭関連に切り替わる。

 そして今日は、会場設営や他のクラスとの最後の合同練習があり、明日は本番前のリハーサルなので、実質今日が最後の団体競技の練習日だった。

 だからこの日の合同練習は、本番前の前哨戦みたいなもので、どのクラスもかなり気合を入れて練習に参加しようとしていた。


「じゃあ、今日も他のクラスに負けないように頑張りましょう!」

「「「「「うん!」」」」」」


 もうすっかりクラスのリーダー役が板についた、フローレスさんの掛け声を聞けば、皆気合のこもった返事を返した。


(昨日はクラス全体が険悪なムードになったけど、これだけ気合が十分なら、今日も良い結果が出せそうだ)


 この時俺は「このクラスなら本当に体育祭で優勝できる」と、本気で期待していた。

 こうして、俺達は最後の合同練習に意気揚々と挑んだんだが……。


「ねぇ、もっと女子はしっかりサポートしてよ!」

「……うるさいなぁ。

 そんなこと言う前に、男子の方が動ける子が多いんだから、もっと早く動いてこっちをサポートしてよ!」


 練習開始早々、いつもなら何も言わないようなことで、突然Eクラスは言い合いを始めてしまった。

 この時は、偶々そうなっただけだと思った。

 そして練習が続くにつれて、


「ねぇ、さっきの男子の動きなんなの?

 こっちが助けにいこうとしてたんだから、もうちょっと粘ってくれないと!」

「はぁ?

 こっちは十分粘ってたっての! 女子がトロイから間に合わなかっただけだろうが!」


 こんな争いが何度も起き、男子と女子は互いに足を引っ張り合っていた。

 そしてその姿は、昨日まで皆で優勝目指して協力していたのが、嘘のように思えた。

 こうして、男子と女子がお互いの粗を探し、見つけようものなら厳しく指摘する。

 そんなチームワークもクソもない、傍から見たらしょうもない争い……その様を見ていた他のクラスは、


「なぁ、あいつらまた最初に戻ってない?」

「なんか昨日、Eクラスって男子と女子で揉めたんだって」

「ぷぷぷ……本番前にクラスで喧嘩するとか、馬鹿じゃないの?」

「あーあ、こりゃもう駄目っぽいね」

 

 なんて散々な言われようで「Eクラスに優勝はあり得ない」そんな眼差しだけが向けられ、もう他のクラスはEクラスのことを、ライバルだとさえ思ってないようにも思えた。

 そして、他のクラスの期待に応えるかのように、今日のEクラスの団体競技の成績は散々な結果で、一番良いのが三位。

 他は下から数えたほうが早い順位ばかりだ。

 こうして、最後の合同練習は、内輪もめを他のクラスに晒しただけ。

 そんな何とも後味の悪い状態を残したまま、俺達は昼休みを迎えた。

 

―――


 昼休みでの教室の姿は、一見普段と同じように、皆ワイワイと過ごしているように見えた。

 だけど、明らかに昨日と大きく違うことが一つだけあった。

 それは、男子と女子が一切口を利かない冷戦状態であり、明らかに男子と女子の間に流れる空気が、ピリ付いているのだ。


(……どうしよう。 コレは絶対にマズいって!)


 この状況のきっかけを作った当人としては、この状況を見過ごすわけにもいかない。

 だけど、事の元凶が下手なことを言おうものなら、それは火に油を注ぐようなものだ。

 そのことは、昨日の一件で身に染みていたが、それでも思うところはあった。


(なぁ、これでホントに皆良いのか?)


 俺は、最初は俺のことを爪弾き扱いしてたこのEクラスのことは、あまり好きじゃなかった。

 だけど、いつの間にかクラスメイトの殆どの人間と、気軽に話せるようになるぐらい打ち解けていた。


(考えてみたら、きっかけは対決テストで結果出した時かな? あのテストで俺の株って上がったんだよな。

 最初はいい結果見せたら、急に皆話しかけてくるようになったからさ、

『都合良いよな、こいつら!』

 とか思ったけど、

「ちゃんと頑張って成果出した奴は認める」

 そんなスタンスでグイグイくる……なんだかんだ言って素直ないい奴らばっかりなんだよ。

 このクラスって」


 もちろん、かつて俺にちょっかいを出して来たダミアンなんかは、今もお互い口もきこうとしない。

 そんな奴がいるにしたって、それでも俺はこのクラスのことが、いつの間にか好きになっていたんだ。

 だから、


(昨日まであんなに優勝目指して頑張っていたよな?

 なのに……なのに、こんな中途半端な形で、今までの頑張り全部台無しにするって……

 そんなのみんな嫌じゃないのよ!?)


 こんなこと、クラスの仲を台無しにした張本人が、思っていいことじゃないかもしれない。

 だけど、それでも現状に納得出来ない俺の思いは、俺を突き動かした。

 そして、その思いに従って体は、自然と教壇の上に向かって動きだす。


「ごめん! みんな!!」


 教壇に立った俺が突然大声で謝るものだから、クラス全員から「なんなんだ!? いきなり?」とでも言いたげな顔を向けてきた。


「俺さ、実は昨日クリスに悪戯したのって『クリスが女子なんじゃないのか?』って思ったからなんだ。

 だから、まずはクリスにちゃんと謝らせてくれ。

 クリス、変に疑ってごめん! もう二度とあんなことはしないって、約束する」


 クリスの目を見ながら、俺は昨日よりはマシな謝罪をしたと思う。

 すると、クリスはなんとも言えない表情を浮かべながら、


「……昨日も言ったと思うけど、もう謝らなくていいよ」


 やはり、クリスはまだ俺に対して何か思うところがあるようだ。


(じゃないと、昨日と同じように淡々とした口調で「もういいよ」なんて、何か引っ掛かるものを感じる返し方しないよな……

 はぁ……これは、俺のこと完全に許してくれるのって、まだ先の話になりそうだな)


 クリスとのわだかまりは、完全に解けていないのがハッキリした。

 そのこと知れただけでも、ちゃんと謝って良かったと思えた。

 だから、


(よし、どれだけ長い時間がかかっても、ちゃんとクリスと仲直りしよう)


 その覚悟も決まった。


(そして、次に俺がやるべきことは)

 

「それと皆、俺がやったことが、まさかクラスの揉め事にまで繋がるなんて、考えてもなかったんだ。

 って、この状況作った張本人がなに言ったって、言い訳にしかならないよね……

 でもさ、この状況を作った俺でさえ、今日の合同練習は「ちょっと酷い」と思った。

 だって、今まで優勝するために必死にクラス一丸となって頑張ってきたのに、今日の言い合いで足を引っ張り合って、今までの頑張りを台無しにするのは、もったいないと思った。

 だから、その……皆でもう一回優勝目指して頑張ろうよ!」


 今思うと、我ながらなんとも酷い内容のスピーチだと思った。

 だけど、こんなたどたどしく、言いたいこともまとまってないスピーチでも、俺の思いは全て詰め込んだ。

 後はこの言葉が、皆を動かす力となるかどうかだ。


「……いや、俺達だって優勝を捨てた訳じゃないし!

 でもなぁ……いくら男子が頑張っても、足引っ張ってくる奴らがいるんじゃ、どうしようもならねぇよ」

「あら、私達だってまだ優勝目指して頑張ってるわよ?

 でも、自分達だって足を引っ張っているのに、そのことを棚に上げてる人たちがいるから、こっちだってどうしようもないわね」


 どうやら、まだ皆そろって体育祭の優勝自体は諦めていなかった。

 だけど、結局俺の話を皮切りに、またもや男子と女子は、お互い罵り合いを始める。


(お前ら……ホントに優勝したいのかよ!?)


 本気でそう突っ込みたかったけど、この場でクラス全体に突っ込んだところで、更なる火種を生むのは目に見えていた。


 そんな時、俺は以前父さんから教わったことをふと思い出した。


【人を本気で動かしたいなら、まずは自分が動かないと、誰も動いてくれないぞ。

 だから、まずは自分が『皆を責任持って引っ張っていく』その誠意をしっかりみせるんだ。

 そしたら、後は自ずと周囲は付いてくる】


(だったら『そこまでやるなら、やるしかない』って、皆に思わせないとね。

 そのためには……ちょっと強引だけど、あの手使ってみるか!)


「……分かった。

 でもさ、もう仲間のことを下手に悪く言うのは止めよう。

 そしたら、その分俺が体育祭頑張って、このクラスを優勝させるから!」

「いや、お前が頑張るから「クラスメイトを悪く言うのやめろ」って……意味わかんないぞ?」

「そうよ!

 そもそもライト君一人が頑張ったって、体育祭で優勝できるわけじゃないのよ?」


 見事にクラスメイト達から「言っていることがいろんな意味で無茶苦茶だ!」と突っ込まれてしまった。


 だけど、この時の俺はなんとしてでも、自分の過ちが切っ掛けで生じたクラスの亀裂を修復したかった。

 だから、どれだけ正論を言われても、一切引くつもりはない。

 むしろ「俺の言うことが無茶苦茶だ」と思われることに、意味がある。

 

(人間って無茶な要求した後に、一段低い要求をすると、その要求なら答えてもいいって考えるからね)


 俺の狙いは、そこにあった。


(って言っても、次出す条件って俺にとっても相当厳しいんだけどさ)


「じゃあさ、昼からの個人競技の練習で、俺が参加する六種目全部一位取る!

 それができたら、俺のお願い聞いてくるってのはどう?」

「えっ? 個人競技で全部一位取る!? ライトが???」

「いや……流石にそれは無謀っしょ!」

「だってお前……魔法使えないんだぞ!?」

「そうよ、いくら何でも無茶よ!!」


 流石にこの提案には、みんな驚いていたし、それどころか「無茶だ」と言って止めようとしてくれた。


(なんだ……やっぱり心配してくれてるんじゃん)


 俺の無謀とも言える挑戦を、クラスメイトが止めようとするのを見て、まだこのクラスの関係が修復できる可能性を感じた。



(だったら絶対やってやるさ!

 なんせ不可能と思ったことを、俺が実際にやり遂げれば、後は皆して、俺のお願いを聞かないわけにはいかなくなるだろうからね!)


「俺が無茶なお願いしてるんだから、俺だって無茶なことしないと、筋通ってないでしょ?」

「そうかもしれないけど……」

「じゃあ、これで条件成立ってことでいいよね」

「……いいわ、できるもんならやってみなさいよ!!」


 俺の提案に最初に乗ってきた子は、意外な子だった。

 

「約束してくれるの? アリカさん」

「ええ、昨日あれだけのことやったくせに、そんな無謀なこと言うってことは、自信あるのよね」


 俺は黙って頷いた。


「じゃあ本当にやってみせて! そして私達の信頼取り戻してみせてよ!

 ねぇ、皆だってライト君が、本当にお昼の個人競技の練習で全部一位を取れたら、ライト君との約束、守るわよね?」

「……まぁ」

「……ホントにできたらだけど」

「じゃあ決まりね!」


 まさか昨日の騒動で、お互いスッキリしない形で話を付けたアリカさんが、俺の言う事に乗ってくれるなんて思ってもなかった。

 こうしてアリカさんのおかげで、クラスメイトからの同意を得ることが出来たので、後はやるだけだ。


(まぁ、だからと言って、また俺を睨みつけるのは止めてほしんだけどね……)


 こうして、俺の初等部一年生最大の、そして最も無謀とも言える挑戦が始まった。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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