飛火
「……」
自分がやらかしてしまったことがきっかけで、クラスの空気が重々しくなり、誰一人何も言葉を発さない状態になってしまった。
(……どうしよう)
そんな罪悪感に苛まれながら、どうすればこの状況を変えることができるのか?
そのことを必死に考えていると、
ガラガラ
教室の扉が開き、そこには体操着から着替え終わったクリスと、付き添っていたアリカさん達が教室に戻ってきたが、クリスの表情は暗かった。
さらに付き添いのアリカさん達の顔は、明らかに怒りに満ちており、教室により緊張感が走った。
そしてアリカさん達が表情が険しいのも、きっと、クリスから「俺に泣かされた経緯をきいからだ」ということを察した。
そして教室に戻ってきたアリカさん達が、俺の姿を捉えると同時に、一直線に俺の元に向かってきた。
そして、
パーン!
無言の教室にビンタの音が響き渡った後、俺の左頬に痛みが走った。
「な、なにすんだよ!」
いきなりビンタを食らったことに驚きつつ、立ち上がって文句を言った。
「ねぇ……もう二度とクリストファー君の友達面しないで!」
「……な、なんでそんなこと言われなきゃ……」
そう言われた瞬間、頭を強く殴られたような衝撃が走り、上手く思っていることが言えなくなってしまった。
「ライト君って真面目で、友達思いだと思ってた……けど、平気で仲のいい友達を泣かせるような最低なことする奴なんてね!
悪いけどライト君がさっきクリストファー君にやったことって、私やダミアンがやってたことと、大差ないわよ!」
「そ、そんな……」
アリカさん達から、俺がクリスにしでかしてしまったことが「ダミアンがやってたことと大差ない」という事実を突きつけらた挙句「クリスと友達でいる資格なんてない」と、宣告されてしまった。
そのことがショック過ぎて、もう何も言えなかった。
「おい、それちょっとやり過ぎだろ!
ライトだってわざとやったんじゃないんだぞ!」
「そうだ、そうだ!
ライト君のイタズラも酷かったと思うけど、だからと言ってアリカさんが暴力振るうのは違うと思うよ?」
アリカさんの行為を見かねた男子達から、文句が出た。
「な、なによ? 私が全部悪いって言いたいの?」
「そう言う男子だって、どうせ笑いながら止もしないで見てたんでしょ?」
「そんな奴等に、アリカのやったことを、あーだこーだ言われたくないわ!」
「な、なんだと?」
「そう言うそっちだって、ちゃんと状況見てないくせに!」
「大体ライトの話も聞かないで、一方的に好き勝手やるとか、都合の良い話だと思わないのかよ?」
「なんですってぇ!」
なんとアリカさんのビンタをきっかけに、男子と女子で別れて口論が始まってしまった。
このクラスでは、時々男子と女子間で些細な言い合いが起きることはあった。
だけど、今回のようにキッパリ男子女子で別れて言い合いするなんて、初めてのことだ。
(た、頼むから……もうこれ以上喧嘩なんてしないでくれ)
この言い争いの原因としては、そう願いながらこの言い争いがこのまま何事もなく終わってくれるのを、切に願うしか出来なかった。
「……大体さぁ、このクラスの男子達っていつも不甲斐ないのよね!」
「そうそう、さっきの騎馬戦でも最後に残ったのは私達女子だし」
「なんだと!」
「それを言うなら女子だって、フローレスさんに頼ってばっかりじゃん」
「そうだ、体育祭で活躍してるのは、俺達男子の方が多いぞ!」
「なによ、私達が応援したら鼻の下伸ばしてるくせに!」
そして、俺の願いも虚しく、ヒートアップしていった言い争いは、最近ちらほら陰で言い合っていた体育祭の「表に出さなかった不満」を爆発させてしまう。
そんな誰にも予想もできない最悪の方向に飛び火してしまった。
「なぁ、も、もうやめてくれよ!」
この状況を作った原因としては、非常に今の状況がマズいと思ったので、俺は自分から間に入り、なんとか争いを仲裁しようとした。
「止めんなよ、ライト!」
「そうよ、元々はライトがクリストファーくんを泣かせたから、こうなったんじゃない」
「うっ……」
主原因が俺である以上、そのことを突っ込まれると、もう何も言えなくなってしまった。
(今の俺は……無力だ)
そのことを嫌でも痛感する。
こうして、俺とクリスの問題という些細なきっかけで始まった対立は、関係ないクラスメイトを巻き込んだ大騒動へと発展してしまった。
「……ねぇ! 男子も女子も良い加減してよ!」
言い争う男子と女子以上の迫力を持った怒声が、突如響き渡ると、言い争いはピタリと止んだ。
そう、Eクラスのリーダーともいえるフローレスさんの怒りの声で。
「これってそもそも、ライト君とクリスファー君の問題よね?」
「そうだけど……だって女子が好き勝手いうから」
「なによ、男子だって関係ないくせに口を出してきたじゃない!」
「はぁ? だって全部本当のことだろ!」
「それなら私達の言ったことだって、全部本当のことよ!」
一旦フローレスさんの怒声で止まった争いは、すぐに再開されてしまった。
「……も~う!
だ・か・ら、
『私達がわーわーと文句言ったり、関係ない体育祭の話ししたって、二人の問題が解決すると思うの?』
って私は言いたいの!」
「「「「「……」」」」」」
再度フローレスさんが放った怒りの籠った問い掛け対して、今度は誰も何も言えなかった。
「そもそも、クリストファー君はどうしたいのよ?
もうライト君のこと、絶対に許さないでいるつもりなの?」
「……そういうわけじゃないけど」
クリスのその一言を聞いた時、俺は内心ホッとした。
「ほら、クリストファー君がこう言ってるんだから、女子達はもうライト君のことを責めない!
そして男子達も、ライト君のことをこれ以上庇う必要はない!」
フローレスさんはそう言って、もう誰も何も口を挟んでこないのを確認した後、
「……それと、体育祭で男子も女子も、お互い足を引っ張ってる部分は、正直私もあると思うわ……。
でも、それを補うのがチーム戦なんだから、これ以上文句言いたって仕方がないじゃない」
「「「「「「……」」」」」」
こうして、フローレスさんの優れた統制力により、体育祭前にクラス崩壊の危機は免れた。
そして、この直後に
「君達、これは一体なんの騒ぎですか?」
騒ぎを聞いた担任の先生が、厳しい表情をしながら教室に戻ってきた。
こうして帰りのホームルームは、先生によるクラスの事情聴取となった。
―――
「なるほど、つまりライト君がクリストファー君に悪戯をしたことが、この騒ぎの始まりだったということですね」
「……はい」
「だったらライト君、まずは君はクリストファー君にちゃんと謝りなさい」
「……その、さっきはごめんな」
「うん……もういいよ」
今思うと、我ながらもっとちゃんとした謝り方があると言いたくなるぐらい、不器用な謝り方だった。
そしてクリスも俺の謝罪を受け入れてくれはしたけど、お互いに流れる空気はどこかぎこちなかった。
「そして次はアリカさん!
あなたは友達のことを思って、ライトくんをぶってしまったのかもしれません。
ですが、それはやり過ぎです。
いくらライト君が悪いにしたって、むやみに暴力を振るったことは、ちゃんと謝りなさい」
「はい……ごめん、ライト君」
「いいよ、元はといえば悪いのは俺だし」
こうして俺とアリカさんは、互いに謝ったことで、この件は一旦手打ちとなった。
「そして、もうすぐ体育祭本番前だというのに、男子と女子で別れて喧嘩してしまったこと。
これに関しては、お互い言いたいことを我慢していたから、今回のことがきっかけで喧嘩に発展してしまったんでしょう。 でも、
『誰かに何かしら不満を感じてしまう』
それは、人として仕方がないことだと先生は思います」
先生は、男子と女子の対立に関しては、あまり強く言うことはなかった。
「ですが、だからと言って、
『不満を喧嘩でぶつけ合うのは間違っている』
そのことは皆さん今回の一件で、身に占めて分かったんじゃないんですか?」
「「「「「……」」」」」
先生の言ったことに対して誰も何も言えなかったのは、先生の言うことは分かっても、クラスメイトそれぞれ色々と思うことがあったからだと思う。
「じゃあ最後に、男子と女子はお互い相手のことを考えず、不満を感情任せに言ってしまったことを謝ってください」
先生にそう言われると、男女は渋々それぞれ集まり、
「「「「「ごめんなさい」」」」」
お互い頭を下げて謝った。
「はい、お互い良くできました。
では、最後に先生から、君達に人生の宿題です。 君たちは今回の一件で
『どうしたら争うことなく相手に不満を伝えられるか?』
そのことについて、考える機会を得れたと思います。
なので、また同じようなことで喧嘩してしまった時があったら、このことをもう一度よく考えてみてください。
そして、その答えが分かった時は、先生にも是非教えてください」
先生は笑顔でそう言ったけど、果たしてこの時、クラスメイトで「先生の人生の宿題」の真意を理解できた奴っていたんだろうか?
今思うと、これって宿題というか、人付き合いにおいて【一生付きまとうもの】だよな?
(そんな難問の答えを教えろって……初等部一年生になんて無茶ぶりしてたんだよ)
「それでは、これにて一件落着とさせて頂きます」
こうして、俺がやらかしたことで起きてしまった初等部一年での大問題は、フローレスさんの手助けと、先生の調停によって表面上は無事収束を迎えた。
・・・
・・
・
「あの……色々ありがとう。 フローレスさん」
その日の放課後。
俺はフローレスさんに、自分の行いが切っ掛けで、崩壊しそうになったクラスの輪を立て直してくれたこと、そしてクリスの気持ちを聞き出してくれたこと、その他諸々全部をひっくるめてお礼を言った。
「べっ、別にお礼なんて良いわよ。
お母様が騎士団が揉めた時にやってるのを真似したら、上手く行っただけだから」
そう言ったフローレスさんの表情は、嬉しそうだったけど、僅かに不安を覗かせているようにも思えた。
傍から見ればビシッとクラスの皆に、堂々と正論を叩きつける姿は凛々しかったけど、実際は彼女もあの遣り取りをしている最中は、複雑な心境だったようだ。
「それでも、それを真似して実際に出来ちゃうってのが、フローレスさん凄いことだと思うけどね」
「そ、そうかしら?」
フローレス辺境伯家は帝国の国防の要だから、特別に騎士団を持つことを許されているのよ。
だから、その……さっきみたいなクラスの争いが騎士団でもあって、それを小さい頃からよくみてたし、お母様がその度仲裁するのが日常茶飯事だったの。
だから、何となく『こうしたら収まるんじゃないか?』と思って真似してやったら、上手くいっただけよ」
フローレスさんは照れながら、実家のことも話してくれた。
「でも、俺としては羨ましいな」
「え? 何が?」
「だって家に騎士団が常にいるとか、カッコイイじゃん!」
この時の俺は、騎士なんか男が憧れるカッコイイ響きに、妙に惹かれるお年頃だった。
だから単純に間近に騎士がいる環境がうらやましいと思ったから、素直にそんなことが言えた。
「だ、だったら……いつか私の家に遊びにきたらいいんじゃないかしら?」
「え? いいの?」
「ラ、ライト君なら……別にいいわ」
「ありがとう! いつか絶対招待してよね!!」
まさかの思わぬ嬉しいフローレスさんの誘いに、今まで沈んでいた気持ちが一気に浮き上がった。
だから俺は、フローレスさんの腕を握った後、顔を近づけ「絶対だよ」と言わんばかりに詰め寄ってしまう。
「ちゃ、ちゃんといつか招待するから……その、ちょっと顔近い!」
「あっ、ごめん!」
そうい言われ、俺は慌ててフローレスさんとの距離を空けた。
(いくら仲がいい友達だからって、ちょっと近づきすぎたかな?)
「そ、それより、ライト君はクリストファー君と、もう一回ちゃんと話してきた方が良いんじゃないかしら?
ほ、ほら! さっきの一件のことだって、まだお互い納得いくまで話せてないんじゃない?」
「う、うん、いろいろありがとう」
フローレスさんにお礼を言った後、俺はフローレスさんの元から離れ、すぐにクリスの元に駆け寄ろうとした。
「あれ?……いない」
俺がクリスの席に目をやると、そこには、いつも待っていてくれているクリスの姿はなかった。
一度付けてしまった爪痕は、そう簡単には消えないものだ。
そしてこの時、俺はまだそのことに気付けていなかった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。




