絆が深まる時
「よし、今日はここいらで止めておくか」
「は、はい……ありがとう…ございま……した」
タップさんから稽古終了の知らせを受けた後、俺は一歩も動けないほどボロボロに叩きのめされていた。
そのまま大の字になって地面に寝転がっていたら、クリスが慌てた様子でこっちに近付いてくるのが目に入る。
「ライト君、大丈夫?」
「…たぶん大丈夫……じゃないかも」
ホントはこの時カッコつけて「大丈夫だ!」って言いたかったけど、こうもボロボロだと強がってみせる気力もなかった。
「待ってて、今、回復魔法かけてあげるから」
そう言ってクリスが回復魔法を使うと、体を酷使して溜まった疲れと、至る所に走る痛みも和らぎ始めた。
一般的な回復魔法は、基本外傷だけしか効果を発揮しない。
だけど、クリスの今使っている魔法は、疲れや体の内側から広がる痛みまで癒してくれている。
(ということは……コレって上級の回復魔法!?)
いくらゼール先生から【才能はある】って言われたにしても、一般的な魔法使いの中でも使用者の少ない上級回復魔法を、クリスが使えることに驚いていると、
「……はぁはぁ」
魔法を使っているクリスが辛そうな表情を見せ始めた。
「だ、大丈夫?」
「う、うん、らっライト君が僕を馬鹿されたから戦うって言ってくれたんだ……だから、ぼ、僕だってこれぐらいやらないと……」
そう言ってクリスは俺に回復魔法をかけ続けてくれるが、表情は時間が経つにつれて険しくなっていくので、クリスに魔法を使うのを止めさせようとした時、
「クリス様、後は私がやります!
ですから、これ以上無理はしないでください」
フレイさんはそう言って、辛そうに回復魔法をかけていたクリスと交代した。
そしてフレイさんが俺に回復魔法をかけると、クリスの魔法より圧倒的に早く体の疲れが回復していくのが分かった。
「どう? そろそろ動けそうかしら?」
「はい、ありがとうございました」
俺はスッと立ち上がり、動けるくらい回復したのをアピールしてみせると、それを見たクリスとフレイさんはホッとした表情を浮かべるが、心なしかクリスも俺と同じように大きく疲れている様子を見せたので
「もしかして、僕に回復魔法使ってくれたから辛いの?」
「そ、そんなこと……ないよ」
「心配しないでライト君。
クリス様は、さっき私が教えたばかりの、まだ使うのに慣れてない上級回復魔法を使ったから、疲れてしまっただけよ。
つまり自業自得だから、心配しないで」
フレイさんが悪戯っぽくクリスが疲れている理由を教えてくれたが、それを聞いたクリスは顔を真っ赤にし慌て出し、
「も、もう、フレイってば! それは言わないでよ」
フレイさんに文句を言ったが、フレイさんはニッコリと笑いながら
「これは余計なことを言ってしまいましたね。
ですが、ライト君に不要な心配をさせてはいけないと思いまして。
それに、さっき私がクリス様に魔法を教えた際、約束しましたよね?
『誰かに使うのはまだ早いので、もう少し練習してから』
ねぇ、クリス様??」
「えっ、え~と…」
クリスは目を泳がせバツが悪そうにしながら、俺に助けを求めるように視線をチラチラと送ってくるので、何か助け舟を出したいと思った。
だけど、この話の流れで下手なことを言おうものなら、フレイさんから更なるお説教が待っているのは目に見えていたし、俺の隣にいるフレイさんから、
『決っして余計なことは言わないでくださいよ?』
と言わんばかりの視線と圧力を感じるので、助けを求めて来たクリスには悪いけど、この場は黙って静観することにした。
「いいですか! クリス様は大切なお友達のことを思って、上級回復魔法を使われたのかもしれません。
ですが、教える前に説明したように、上級魔法は使用者にも大きな負担がかかる危険な側面もある!
それは今、実際に使ってみてお分かりいただけましたよね?」
フレイさんにそう諭されると、何も反論できないクリスは黙って頷く。
「仮にライト君を助けるために上級魔法を使ったクリス様が、その反動で倒れてしまった場合…ライト君、君はどう思うかしら?」
「えっと…ぜんぜん嬉しくないし、クリストファー君のことが心配になります」
「うぅ……」
「分かりましたか? つまり無茶をしても、相手に余計な心配をかけてしまうだけなのです。
これに懲りたら、ちゃんと私共の言いつけをこれからは守ってくださいね」
フレイさんに言いつけを守らなかったことを叱られたので、しょぼくれながらクリスは頷いたけど、この流れでちょっと場の空気は気まずくなってしまった。
それに俺としては、クリスが俺のために慣れない回復魔法を使ってくれたことが、純粋に嬉しかった。
「フレイさん、クリストファー君、怪我を治してくれてありがとう」
クリスも含めて怪我を治してくれたお礼を言うと、クリスは笑顔で喜び、フレイさんは「どういたしまして」と答えてくれたことで、上手く微妙な空気を穏やかなものに変えることができた。
正直タップさんとの初めての訓練が終わって
(このまま動けないで家に帰れなかったらどうしよう!)
なんて心配したけど、なんとか家に帰れる程度まで回復したし、すっかり遅い時間になっていたので、家に帰ろうとしたら、
「ねぇ……ライト君」
クリスがモジモジしながら呼び止めてきた。
「ん? どうしたのクリストファー君」
「お、お願いがあるんだけど……」
「お願い? どんな?」
「よ、呼び方のことなんだけど……で、できたらぼくのことはこれからクリストファーじゃなくて『クリス』って呼んで欲しいなぁ……」
クリスがお願いしてきたのは「呼び方を変えて欲しい」
たったそれだけのことなんだけど、なぜかクリスは妙に恥ずかしそうにしているので、俺は首を傾げながら
「別に良いけど、どうして?」
「えっと……そっ、それは……だから」
特に深い理由もなく、何となく呼び方を変えて欲しい理由を聞いたら、何故かクリスは焦り出してモゴモゴと何かを言っているけど、ボソボソと小声で言うので全く聞き取れなかった。
「フフフ、ライト君、親しい人はクリストファー様のことをクリス様って呼んでいるのよ。
だから一番仲良しのライト君にだって、そう呼んでほしいんですよね?」
俺の質問に対して、しどろもどろしていたクリスに合いの手を差し入れるように、フレイさんが俺の質問の答えを教えてくれると、クリスは顔を真っ赤にしながら何度も”コクコク”と頷いた。
そんなクリスの様子を見て
(そんなに恥ずかしいことかな?)
と不思議に思ったけど、仲がいい友達は愛称で呼びあうとより親近感が湧くって話を聞いたことがあったので
「じゃあさ、僕のこともこれからは『ライト君』じゃなくて、ライトって呼んでよ」
俺も初めての友達にはもっと気軽に呼んで欲しくなったので、君なんて付けないでもっと気軽に呼ぶように提案してみたら、さっきと打って変わって凄く嬉しそうな表情をクリスは浮かべ、
「う、うん、ライト。 また明日ね」
ただ「君」が無くなった呼び方。
ったそれだけなのに、なんかさっきより仲良くなった気がした。
「またね、クリス」
だから俺も、クリスが望んだ名前を呼んで、笑顔で別れの挨拶を済ませた。
こうして、俺が「初めての友達の家に遊びに行った」は、非常に濃い一日で終わった。
そしてこの日を境に、俺とクリスの仲は一番の友達としてより深まっていく。
――だけど。
まさかこれが原因となり、後に俺が学園の一部生徒から、いらぬ噂を立てられ注視されるようになるなんて、この時は考えてもいなかったんだよなぁ……
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