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クリストファーの過去

 家に帰る途中、ふと先程のクリスの様子が頭をよぎった。


(別れ際にあんなこと言うんだから、たぶん家のことでまた一悶着あったんだろうな…)

 

 そう考えてしまうのは、他の奴等より長く付き合ってきた分、家出の扱われ方もこの目で見てきた。

 何より、本人から大方の事情を聞いているからだ。


(そもそも俺とクリスは、本来対等に関われる立場でもないしな…)


 まず俺の生家であるトリファー男爵家は歴史が浅く、歴史を重んじる文化があるこの国では、歴史の浅い低爵位の家門なんて末端貴族扱いだ。

 それに対してクリスは、家門の歴史も長く、この国で数少ない”公爵家”という最上位に位置する”エーレンブルグ家”の子息である。


(だから、本来俺が関われたとしても、良くて俺が腰巾着。

 下手したら使いっ走り以下の奴隷のような関係でもおかしくない。

 それがこの国の常識)

 

 そんな俺達が、なんで気軽な友人関係でいられるのか?

 その最大の理由は、クリスこと、クリストファー・エーレンブルグ公爵子息殿が、エーレンブルグ公爵家の血を引いた人間ではないからだ。


(そもそもクリスが、公爵家でぞんざいな扱いを受けているのだって、全てはエーレンブルグ公爵の行いが原因なんだよな)


 これはクリスが生まれる前。

 そう、母親である前エーレンブルグ公爵夫人の話しだ。


 クリスの母親であるマリア前公爵夫人が、エーレンブルグ公爵の子を身ごもった時、夫であるエーレンブルグ公爵は、なんと妻を差し置いて別の女に入れ込んでいた。


 自分の子供を身ごもっているのに、ほったらかしにされた挙句、別の女に熱を上げるエーレンブルグ公爵。

 そんな夫の行いに腹を立てたマリア夫人は、公爵家を飛び出した。

 そして、夫人の実家であるブレンナー侯爵家を頼ることにした。

 マリア夫人が実家に戻れば、噂好きの貴族たちが勝手に夫の醜聞を広め、浮気した夫を少しは懲らしめてやれる。

 ちなみに夫人がそう考えたのは、この国では浮気行為そのものが、世間から相当批判される行為だからだ。


「少し懲らしめれば、夫もちょっとは反省するだろう」


 そう思って実家に戻ったマリア夫人だが、実家に戻った夫人を待っていたのは、期待していたものとは大きく違った……。

 実家に戻った夫人が、両親であるブレンナー侯爵夫妻から最初に言われたのは


『旦那の浮気ぐらい大目に見れなくて、公爵夫人の務めが果たせるものか!』

『だから今すぐ公爵家に戻りなさい』


 そんな理不尽極まりない言葉だった。

 実はこの時、ブレンナー侯爵家の経済状況は事業の失敗が響いて、相当よろしくなかった。

 そんなブレンナー侯爵家の経済状況に支援を行い、未だに侯爵家の大きな後ろ盾となっているのは、エーレンブルグ公爵家であり、ブレンナー侯爵家としてはエーレンブルグ公爵家と縁を切る事態だけは避けたい。

 それにエーレンブルグ側も、公爵の浮気騒動が表に出らのも困るし、何より、直系の子を重んじる風習が強いこの国では、その子身籠っているマリア夫人に出ていかれると、非常に困るからだ。


 つまりエーレンブルグ家もブレンナー家も、


【マリア夫人が下手な事を仕出かす前にことを収めたいし、大貴族としての面子は保ちたい】


 そんな両家の思惑は一致していたので、そろってマリア夫人を公爵家に連れ戻すことに、必死になっていた。


 こうして、頼りにしていた実家からも裏切られてしまったマリア夫人。

 それに、たとえこのまま両親に言われるがまま公爵家に戻ったところで、この騒動の発端であるエーレンブルグ公爵の態度は何一つ変わらないことを、夫人は分かっていた。

 それも、こんな状況だろうと公爵は、堂々と浮気相手の元に通っていたのを知っていたからだ。


『いくらあの人との結婚が政略結婚とはいえ、この国で強く非難される行為の一つである浮気を、平然と行う非常識かつ恥知らずの男との結婚生活なんて、これ以上御免だわ!』


 そう言ってマリア夫人は、実家である侯爵家からも飛び出していった。


 侯爵家を出たマリア夫人を連れ戻そうと、エーレンブルグ公爵家は持てる力を総動員して行方を追った。

 が、それでもマリア夫人の足取りを一切掴めなったのは、夫人が社交界において、多くの人間からその人柄を敬われ、尊敬される人格者でもあった。

 更に優れた魔法を使える”ウィザー”の称号を持つ魔法使いでもある。

 そのため、非常に多くの人達から支持されていたのだ。


 よって、夫人が意図したわけでないが、夫人がピンチと聞けば多くの協力者が手を差し伸べ、協力者たちは夫人の逃亡生活を陰で支える独自の派閥まで作り上げてしまった。

 こうして彼女を慕う多くの人達の手助けにより、公爵家によるマリア婦人捜索は、進展することがなかったのだ。


 こうして、しばらく市民に紛れて生活していたマリア夫人だったが、このまま市民に紛れて暮らしていても、いつか強大な力を持つエーレンブルグ公爵家に、潜伏先を嗅ぎ付けられ、最後は公爵家に連れ戻されてしまう。

 そうなるのは時間の問題だと夫人も分かっていたので、公爵家の捜査網から確実に逃れる潜伏先として、ある場所に向かった。


 マリア夫人が潜伏先に選んだ場所は、高位の貴族に生まれた者ほど「潜伏先」として思いつかない場所だった。

 なんせその場所は


『貴族であろとうと、その場所に足を踏み入れようものなら、決して生きて帰ってこれない!』


そんな噂が立つほど危険な場所であり、上流階級の者はその場所を「最下級地域」と称した。


 こうしてマリア公爵夫人は、エーレンブルグ家の魔の手が決して届かない潜伏先を探し当てたまでは良かったが、その場所での生活は、かなり厳しいものがあったようだ。


  なんせ夫人は、生まれた時からつい最近まで、裕福かつ衛生管理の整った環境で育ってきたお嬢様育ちだ。

 そんな人間が、最下級地域と称されるほど貧相かつ衛生環境も整っていない場所で暮らすのは、肉体的にも、精神的にも過酷な環境でしかなかった。

 こうしてマリア夫人は、劣悪な環境に順応しきることなく、年を重ねる度に体調は悪化の一途をたどってしまった。


 そして、エーレンブルグ公爵家は、5年という長い歳月をかけ、やっとマリア夫人の潜伏先を探し当てた。

 だが、公爵がマリア夫人の居場所を探し当てた時、既に夫人はいつこの世を去ってもおかしくないほど衰弱していたのだ。


 こうして、弱り切ったマリア夫人が公爵家に連れ戻された一カ月後。

 夫人は天に召されることになる。


 そして、マリア夫人亡き後、公爵家に一人の子供が残された。

 その子こそ、マリア夫人が命を懸けて守ろうとしたクリスこと「クリストファー」だった。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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