ある魔法使いは故郷の為に
(さて…ここからどう上手く説得するか)
心を鬼にして、ベンに最下級地域の現状をハッキリと伝えたはいいが、ベンは相当ご立腹だ。
って、まぁベンの立場を考えれば、そりゃそうだよな。
なんせベンは、かつてカール侯爵がこの地でクーデターを起こした際に、クーデター軍に反抗したエードランドの人間達のリーダーであり、最もこの地域を愛している人間といっても過言じゃない。
そして、今この瞬間もこの地域を存続させるために誰よりも動いてきた漢だ。
そんな立派な漢からすりゃ”一度ココから離れた奴”にだけは、そんな事言われたくなかっただろうな。
そもそもベンだって、やりたくて闇魔法ギルドの支部長なんてやってる訳じゃない。
この地域で闇魔法ギルドが誕生したのも、元々はこの地域で必死に生きてる奴等に、何かしら生きる術を与えよう皆で必死に考えていた時だった。 あいつ等、闇魔法ギルドの人間が支部設立の勧誘を持ち掛けて来たのは!
俺達エードランドに住む人間は既に国から見放され、この国でマトモな仕事に就けない事は分かってたから、闇魔法ギルド本部の人間の甘言にエードランドの人間達は乗っちまった。
こうしてエードランドに闇魔法ギルド支部が生まれる事になった。
闇魔法ギルドを受け入れた事で、闇魔法ギルド独自の魔法を知って学ぶ事が出来たから、この地域の人間達は”独自の力を持てるようになった”っていうメリットは有ったが、闇魔法ギルドを受け入れて俺達が受けたデメリットの方が、あまりにもデカ過ぎたのが問題だ。
なんせ闇魔法ギルドに所属するという事は、闇魔法ギルド所属の証である呪印を刻まれ、刻まれた時点で実質呪印を刻んだ奴等の”言いなりに成り下がった”だけだったからな。
そもそも闇魔法ギルドってのは、どれだけ危険な汚れ仕事だろうが、金さえ貰えるなら平然とやるような組織で、組織の呪印を刻まれた以上その方針に決して逆らう事は出来ない。
オマケに報酬の内訳ってのがブラック企業そのもので、受け取った報酬の内訳は何もしてない本部が8割。
実働やってる支部はたったの2割だからなぁ…オマケに本部に逆らおうもんなら、刻まれた呪印を発動させられて即お陀仏! だから支部の人間は決して本部の人間には逆らえねぇ。
だからどれだけ高額の報酬を受け取ろうが、その中身の大半を本部に抜かれてりゃ、コッチの実入りはほぼ無し。
結果としては闇魔法ギルドを受け入れた事で、僅かだがこの地域の収入と仕事は増えはした。
だが、所詮はなけなしの収入でしかない以上、結局この地域が闇魔法ギルドを受け入れてもたらした結果は
【悪い状況が最悪の状況に至るまでの僅かな時間稼ぎ】
なんてザマだ…さらに言うなら、闇魔法ギルドと縁を切ろうにも呪印の所為で縁を切る事も出来ない。
ホントコレこそ”最悪の底なし沼にハマちまった”ってヤツだな。
なんせ俺も闇魔法ギルドに居た頃は、どんなに頑張ろうが”闇魔法ギルドに頼っている以上、現状を変える事なんて不可能”だと悟り、全てを完全に諦めていた。
だがそれでも俺は死にたくはなかった…だからどんな汚れ仕事だろうが、ただ己がその日を生きる為だけに、余計な事を一切考えずに仕事を片付けていく毎日…そんな刹那的に生きていた俺が、あの時マリアにボコボコにやられて死を覚悟した際に、ふと思っちまったのが
(…死ぬ前に、もっと故郷の為になんかやっときゃよかったかな)
そんな後悔の念が浮かんできやがった…人間”死に際になると自分の本音に気が付く”ってのを聞いた事があったがなぁ…まさかホントにその通りだったってのを、この時身を以て思い知ったぜ…
こうして俺は、俺がホントにやりたかった事を自覚した。
そして俺の目標と、マリアの目標である「この国の意識を変える」という事が、俺の故郷を救う事に繋がるって思ったから、俺はマリアの護衛を引き受けたんだがなぁ…まさかその過程で半ば強引とは言え、魔塔の研究室室長なんてまともな社会的地位と職を得るなんて、ホントに人生何が起こるか分からねぇもんだ…さて、俺が心の底から願っていた事を成し遂げる為にも、俺はベンを何が何でも説得しねぇとな!
「なぁベン、聞いてくれ。 確かに俺はエードランドの人間達からすれば、一度故郷を捨てた人間になるんだろうが、実際はそうじゃねぇ!
俺は俺なりにエードランドの現状を変える為に、あえてエードランドから離れたんだ」
「…だから何だ? 今頃そんないい訳しようが、お前の帰ってくる場所はもうココにねぇ!」
「そうかもな…だが、例えそうだとしても、俺はエードランドの為にこれからも動く! その意思に変わりはねぇよ」
「ハッ、まるでその言い分だとテメェは今まで『エードランドの為に働き続けてた』って言ってるように聞こえるんだがよぉ、こっちからすりゃお前達は何度も俺達の仕事の邪魔をしやがった挙句、同胞の命を何人も奪ってやがる!
そんな奴の言う事を信じるバカが、このエードランドに居る訳ねぇだろ!」
「俺の主人の活動が、結果的にお前達の仕事を邪魔してんのは否定しようがねぇけど、マリア様は今までこのギルドの人間とやり合って、誰一人の命を奪った事もないどころか、むしろ俺を含めやり合った支部の奴等全員の命を救ってるんだぜ?」
「おい、お前本当に頭イッチまったのか!?
お前だって過去に散々見てきただろうが! 任務に失敗した奴がコレの所為で、どんな末路を辿ったのかをよぉ…」
悔しそうとも、恨めしそうとも、そんな何とも言えない複雑な表情をベンは浮かべながら、自分の胸に刻まれた忌々しい”あの呪印”を俺に見せつけた。
「ああ、ソレの所為で何人仲間が一方的に殺されたのか…そんなの嫌と言うほど身に染みて分かってる…だがベン。 俺が、ここに来ても平然としてんのは、何でだと思う?」
「…悔しい話だが、エードランドで最も魔法の才能があったのはお前だ。
だから自分の呪印の発動ぐらい抑え込んで、お前ひとり呪印から解放されたって可笑しな話じゃねぇだろ?」
「ちげぇよ!」
そう言って俺は、自分の胸にかつて呪印が刻まれた場所を、服を払ってベンに曝け出してやった!
そしたらベンは、今まで複雑な表情を浮かべていたのが一転して、目を丸め呆気に取られた表情を俺に晒す。
「っなぁ…そんなバカな……呪印がねぇ!」
「ハハハ、驚いたろ? これも俺の雇い主様のお陰だ。
俺達が散々頭を悩ませられた挙句、多くの事を諦めるようになった忌まわしいモンが、俺等が憎んで仕方がない貴族様のお嬢なんかにあっさり解かれた時は、今のアンタみたいな間抜けな面を俺も晒してたんだろうな」
「信じられねぇ…なぁ、もしお前の話が本当だとするなら…もしかしてお前達とやり合って姿消した奴等てのは、全員呪印が消えて生きてる…ってことなのか?」
「ああ、全員呪印は解呪済みでピンピンしてるよ! ちょっと訳あって身は隠してもらってるが」
「…ハハ、そんな事あり得んのかよ」
「ソレをやっちまうのがマリア様なんだよ!」
俺のあまりに意外過ぎる報告を聞いたベンの目は、嬉しさの余りか涙ぐんでいたが、ベンは直ぐに涙を拭うと、その目は今までとは違う力強さを見せた。
この切り替えの早さは、流石組織の長!と言った所だな。
「ゼール! それなら…それならどうしてその事をもっと早く俺に、この支部に教えてくれなかったんだよ!」
「…それに関しては報告出来なくて申し訳ねぇと思ってる。
だがこっちとしてもあいつ等が、ギルド本部の連中に生き延びてる事を知られると、俺達が進めてる計画に支障が出ちまうからなぁ…」
「…計画だと?」
「ああ、なんせ俺の主人は、この国から闇魔法ギルドそのものを排除する気で動いてるからな!」
「…それ、本気で出来ると思ってんのか?」
「ああ、マリア様ならきっと出来る! 俺はそう信じてるぜ。
なんせその証拠に、この支部にもうあのクソ本部の人間共は、ここ最近一切干渉してこなくなったんじゃねのか?」
「…知ってたのかよ。
そうだ、お前の言う通りここ一年…あのクソ本部からは何の音沙汰もありゃしねぇよ!」
こうなったのは、俺達が闇魔法ギルド弱体化を狙った計画が上手く行ったからだ。
俺はマリアの元で働くようになった際に、闇魔法ギルド支部の事情を全て打ち明けたんだが、その際マリアは闇魔法ギルドがこの国の権力者と結びつき、この国の権力者の闇に加担している事。
そして、この国の闇魔法ギルド支部に所属する人間の大半が、俺のような”国に捨てられ行き場を失った人間”だと言う事を知った。
その事が許せなかったマリアは、この国の権力者たちの裏稼業を潰すと同時に、俺のような境遇の人間の手を汚させない為にも、闇魔法ギルドの勢力を削いでいく事にしたんだが、そのために闇魔法ギルド本部が、この国の支部に”見切りを付けさせるように仕向ける事”から始める事になったんだが、じゃあどうやって本部が支部に見切りを付けさせるように仕向けるのか?
その答えってのが、本部の人間達に”支部の人間が呪印が発動して死んだ”そう思い込ませる事だった。
そもそも、この案が生まれた切っ掛けってのが、俺の呪印が解呪された後に、何度も俺は闇魔法ギルドの連中から”裏切り者”として命を狙われたんだが、その際俺の始末の仕方として奴等は既に消えている俺の呪印を発動させようとするんだが、闇魔法ギルドの奴等はいくら発動させようとしても、俺の呪印が全く発動しない!
その事に、とにかく焦った様子を見せやがった。
この事から、奴等は”呪印が発動しない理由から、呪印が発動した相手が死んだのかどうか”それら全てを目視以外で確認できないって事が分かったんだが、その事を知ったマリアがある案を思い付く事になる。
その案ってのが、要は襲って来たギルド支部の人間を、一旦俺達で黙らせた後、呪印をマリアが解除する。
そして呪印の解除が終わったら、元闇魔法ギルド所属者で、尚且つギルドの内情にも詳しかった俺が説得して俺達の狙い知ってもらい、俺のように呪印から解放されたギルド支部の人間には、しばらく身を隠してもらう。
こうして支部の人間が任務中に姿を消していくと、闇魔法ギルドの連中はそいつ等の事を”任務に失敗して呪印が発動して死んだ”と思い込み、任務中に姿を消した人間の数がどんどん増えれば、そのうち本部は【この国の支部の構成員は任務を達成できずに死ぬ無能ばかり】と思い始める。 そうすりゃ
『闇魔法ギルド本部は、この国の支部の運営にいずれ見切りを付け始める』
これがマリアの予測する流れだった。
そして5年という歳月を掛け、俺達はこの国の闇魔法ギルド支部の勢力を削り続けたんだが、その結果はマリアの予想通り、闇魔法ギルドの本部は【結果を出せない支部】を次々と見切ると同時に見放し始め、自然とこの国の闇魔法ギルド支部は、衰退の道を辿り始めた。
「本部が干渉を止めたって事は、本部はココを見切ったって事だろ?」
「ハァ…分かってはいたがよ…誰かに面と向かって口に出されて現実突き付けられるってのは、まぁまぁキツイな…」
「確かに闇魔法ギルド本部の運営ってのは、本部の支援ありきで、支援が無けりゃ維持すら出来ねぇのは俺だって分かってる…でもよ、逆にこう思わねぇか?
見切られた!ってんなら、後はもう『本部に従う義務も無けりゃ義理もねぇ』ってな?」
「…随分と簡単に言ってくれるが、物事はそう簡単に口で言うほど上手くいくもんじゃねぇし、甘くもねぇよ。
それにもう…俺達は汚い仕事に手を染め続けこの手を汚しちまった以上、決してマトモな形に戻るなんて、もう出来やしねぇさ…」
ベンは自分の手を悲しみや哀れみ、そして諦め。 そんな様々な感情の籠った目で見つめながらそう言った。 そしてその言葉はとても”重々しい物だ”と感じたのは、俺も結局は汚れ仕事で散々手を汚した側の人間だからだ。
だがベンの言葉の重みが重々しいと俺が感じたのは、ベンが俺以上に多くの汚れ仕事を引き受けちまっているからであり、ベンという人間が責任感の強い人間だと知っているからだ。
だからベンは、これまで自分のやってきた事を考えれば「今更マトモな生活を送る事なんて許されない!」 そう考えちまうんだろうな。
だから例え自分にはまだマトモな道があると聞いたって、その道に進む事を躊躇っちまう。
そんな自責の念に駆られているベンの気持ちが、嫌でも俺には分かっちまうのは、俺もかつてベンと同じ様にその事で悩んだ事があったからだろうな。
そんな俺だからこそ、ベンに! いや、エードランド支部の人間達の手を、これ以上汚せる訳にはいかねぇんだよ!
最後まで読んで頂きありがとうございます。




