ある魔法使いと生まれ故郷
「…噂には聞いていたけど、本当に酷い場所なのね。 ここは…」
それがマリアが初めて目にした最下級地域の素直な感想だったが、そりゃそう感じるだろうな。 なんせこの土地に来て目に入る大半の物ってのが、普通に暮らしてるヤツからすれば”ゴミ”にしか見えないだろうからなぁ…
「それにしても、人が住んでる地域の割には人の姿が全く見えないわね?」
「だからと言って気を抜くなよ! ココに住んでる人間ってのは、余所者が来たらそこらじゅうの建物の中に身を潜めて、チャンスを伺ってるようなヤツばかりだからな」
「身を潜めて一体何のチャンスを伺っているのかしら?」
マリアは探知魔法で周囲の人間の気配は把握できても「どうして建物に隠れて息を潜めているのか?」その理由が思いつかないみたいだが、そこはお嬢様だから当然って言えば当然か。
なんせ【生きてるだけで常に死と隣り合わせの世界】なんざ、きっと想像したことすらないだろうからな…
「なーに、要は追剥だ。 って言うか”俺等を殺して物を奪う隙”かな。 コレに関してはまぁ、俺等だけじゃなくて『表を歩いてる人間全員』が対象だけど、特に貴族とか良い暮らししてる奴に対しては、この地域の住人は全く容赦ないぜ?」
「そんな…そんな暮らしが当たり前なの?」
「まぁな」
「…それにしたって変じゃない?」
「…確かにな」
フレイとタップが俺の説明に違和感を感じたようだが、二人はお嬢様と違って孤児と貧しい平民生まれな分、お嬢様よりはこの状況に対して色々感じ取れるモンがあるらしい。
「いちよ聞いとくけど、何が変だと思った?」
「…確かに私達に対して、強い負の感情が向けられているのは分かるわ」
「ああ、だがその割には、建物から誰一人出て来る様子というか、そんな気配を全く感じないぞ?」
「あぁ、それは俺等四人が並みの実力じゃ”到底敵わない相手”ってのが分かってるからだろうな。 この地域に住んでる奴等にとって争いなんて当たり前だ。 だから相手が『どれぐらい強いか』ぐらい、雰囲気と勘で何となく分かってんだよ」
「だからと言って、監視を止めないのはどうして?」
「そりゃもちろん、ハイエナ狙いだな」
「…我々が誰かに”やられた”時をただ黙って待っている。 そういう事か…」
「…そんな理由で注視されるなんて、気持ちの良い物ではないわね」
「そう言うなよ! 正直この場所で外を堂々と出歩ける奴ってのは『襲われようが相手を返り討ちに出来る』ソレが前提のそれ相応の”実力者”だけなんだからよ。
それとだ、目的地に着くまではそんなヤツいねぇだろうが、もし襲って来る奴がいたら一切容赦する必要も無ぇし、周囲の被害も気にする必要もねぇ。 思い切ってやっちまえ!
それがこの地域のルールってもんだ!!」
俺がこの地域でのルールを教えると、三人とも静かに頷き、表情をより引き締めたって事は、ココがどれだけ無法地帯なのか、少しはその本質を理解したみてぇだな。
こうして俺達は、何処かに常に潜んでいる最下級地域の人間達に”常に視線を送られながら”目的地を目指して進むが、道中に並ぶ廃墟のようにボロボロになっている建物を見ていたマリアが、一言呟いた。
「…これが私達、いえ『かつて上流階級の者達が犯した過ち』なのね…」
マリアが複雑そうな表情を浮かべて言った言葉は、この地で俺からすると「そうだ」として言えねぇが、その事でマリアを責めるのは”あまりにも筋違い”も良いトコなので、俺は何も答えず黙って聞き流したのは【この地で過去に何があったのか】それを生で体験しているからに他ならねぇ。
かつてこの最下級地域は、地形や地質の関係で非常に手の入れにくい広大な荒れ地であり、名前もエードランド地域と呼ばれていた。
そんなエードランドという土地を何とか有効活用したい王国は、二十年ほど前にエードランド一帯を大開発する事を検討する。
エードランド開発によって王国は活性化し、ひいては近隣諸国に対する技術力のアピールから”新たな観光地となり外貨を得る収入源”にもなると期待されるほど、国内で盛り上がった。
こうしてエードランド開発は、王国の一大プロジェクトという名目で、様々な者達の思惑が張り巡らさせれて、始動した。
この計画は、外交や経済分野で高い評価を得ていた”カール・キルヒアイゼン侯爵”を中心として立ち上がり、カール侯爵の優れた能力で集めた数々のスポンサーから提供された巨額の資金を元に、エードランド開発プロジェクトは始まった。 まずは土地の整備と建物の建設から手が付けられ、順調かつ計画通りに土地整備、建物の建設と進んでいった。
続いてこの地に多くの人間と企業を誘致して、いよいよエードランド開発プロジェクトは大詰め! っとなった所で、この国――シエンティー王国にある問題が起きる。 なんと王国内で大規模なクーデターが発生しやがった。
クーデターの首謀者ってのが何とカール侯爵で、オマケにクーデターを起こした奴らの拠点になったのがエードランドってなりゃ、エードランド開発計画どころじゃなくなったし、この一件でエードランド開発計画ってのは、初めからカール侯爵がエードランドを”クーデターの拠点として作り上げるため”に計画された!って事まで発覚しやがった。
こうして王国と、カール侯爵率いるクーデター軍との戦いが始まり、戦いは貴族と王族による上流階級の戦いから、一般市民を巻き込んだ内戦へと発展した。 そしてこの内戦、結果だけ言えば一年も経たずしてクーデター軍は鎮圧され、首謀者であるカール侯爵も戦いで死亡した事で、戦は終わりを迎える。 そして、今や戦犯となったカール侯爵が計画したエードランド開発計画も、当然の如く中止となってシエンティー王国の内戦は終結した。
そう当時は誰もが思ったんだろうが、この内戦の爪痕は未だに【最下級地域問題】として残り続けているのが現実だ。
こうなったのも、全ては王国の重鎮達が【内戦が終われば全て後は綺麗に片付く】ぐらいにしか考えていないのが最大の要因であり、その高慢な思想は内戦が終わった後に王国全体に発した内容が物語ってやがる。
なんせアイツ等、エードランドに残っていた人間に向かって
「クーデターの拠点に使われた忌々しい我が王国の汚点となる開発計画と、そんな汚れた開発に参加した人間など救う術なし。 だから放っておけば良い!」
と一方的に決定づけ、何一つエードランドに残された人達に救いの手を一切出さなかった事が、エードランドに今でも住む人間の中で”燻んでいる怒り”の源なんだが、そりゃ当然だろうな。
なんせエードランド開発計画でエードランドに集まった人間ってのは、カール侯爵のクーデターに参加する為に集まった人間ばかりじゃなかったからな。
俺の両親もそうだったが、エードランド開発計画でエードランドに集まった人間の6割は、エードランド開発計画に何かしらの希望を持って集まった一般市民であり、そもそもクーデターと一切無関係の人間ばかりだったからだ。
計画の責任者かつクーデターの首謀者であるカール侯爵は、集めた市民を洗脳や脅す事で兵士に仕立て上げたり、拠点の労働力という内戦における最末端の駒として扱っていたにせよ、エードランドに住まう殆どの一般市民は【新天地での期待】を奪い取ったカール侯爵に強い反感を持っていたので、この内戦を早期に終わらせる為に動いていた。
だから例の内戦を早期に終わらせた最大の功労者ってのは、間違いなく名もなきエードランドの住民達だった。
結局の所、最下級地域が生まれた最大の要因は、この王国の重鎮達が、エードランドの内戦を早期に終わらせた立役者達を見捨てただけじゃなく”最下級層のクズ”という烙印を押しやがったから、エードランドに住む人間達はブチ切れ、もう王国に対して何の期待も無ければ、信頼も信用も完全に無くしてしまった。
こうして、王国に対して根深い遺恨を持つことになったエードランド地域の住人達は、この国の住民でありながらエードランド地域外の人間、特に貴族や王族といった上流階級の人間に対して、攻撃的な姿勢を取る様になっちまったし、この姿勢は今でも続いている。
そしてエードランド地域の人間が持つ根深い遺恨の所為で、エードランド地域の人間と、それ以外地域の人間。 この双方間のトラブルってのは未だに絶えねぇ。
こうしてエードランドに住む者達は、自分達の住む地域以外の人間に対して、退廃的行動を取り続けた。 その結果、いつの間にかエードランド地域は【最下級地域】という蔑称で呼ばれるようになった。 って訳だ。
結局の所、最下級地域ってのは戦争が終わった後に必ず発生する事後処理を、この国の重鎮達がいい加減に進めた結果生まれた! 要は自業自得ってヤツだ。
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