ある魔法使いと初めて見た涙
「ねぇ…ゼール。 『君だけを愛する』って公衆の面前で堂々と言い放ったクセに、実はその時点で浮気相手がいて、その事を悪びれもしない男…そんな男、同じ男の貴方から見てどう思うのかしら?」
マリアは静かに淡々と俺に訪ねてきたが、その声には明らかに怒りが籠ってやがるためか、妙なプレッシャーを感じてしまう。
「そりゃ…まぁ社会的にも男としても最低な野郎だろうな」
マリアの質問に対して俺の返答は、永遠の愛を誓っておきながら”浮気”というこの国において大いに批判の対象となる行為を、平然と行った相手に対する”ありきたり”な評価なんだろうが、これ以外に思いつく言葉が俺にはねぇ…
「やっぱり貴女もそう思うわよね? あの…あのスケコマシ! あれだけ調子いい事言ってたクセに、結婚して一年も経たないうちに別の女作った挙句『私との婚姻も大事だけど、それよりも浮気相手の方が大事』なんて平然と私に言ってくるなんて、本当に頭可笑しくて酷い男だと思わない!?」
「あ、あぁ…そ、そりゃ間違いねぇな」
まるで俺に詰め寄るように不満をぶちまけて来るマリアだが、俺はその勢いに押されてタジタジになりながら、ひたすらマリアの不満に対して同意する事しか出来なかった。
そしてマリアがこんな所に居る原因ってのが、まさかあの”旦那”の所為だとはなぁ…
「おまけに家に戻ってお父様とお母様にこの事を相談したら『何か行き違いがあったんじゃないのか?』とか『公爵夫人なのだから、ちょっと魔が差しただけの事は大目にみてあげなさい』って実の娘に平然と言ってあの糞フェルナンドの肩を持とうとするのよ?
いくら最近失敗した両親の事業の巨額の負債を、エーレンブルグ公爵家の支援で返済出来てる恩があるにしたって、実の娘の味方にさえなってくれないし、この国において数少ないマトモな政策【浮気に対する罰】を…アイツに裁きを受けさせようとさえしないのなんて、いくら何でも…あんまりよぉ……」
「…マリア様」
「……そいつはマジで災難だったな。」
「私達三人は何があろうともマリア様の味方です。 ですから私達の前では、遠慮なさらずお好きに思っている事を気が住むまでお話ください」
「うぅぅぅぅ…ありがとう」
そう言った後マリアはフレイに抱き着き、わんわんと涙を流しながら、旦那であるフェルナンド・エーレンブルグと、家族であるブレンナー侯爵夫妻から受けた裏切りと、仕打ちに対する怒りを俺達三人にぶちまけ始めた。
そしてこの時、俺は初めてマリアの涙を見た…
(どんだけ苦境に立たされようが、目を潤ませた事すらねぇマリアが涙を流すなんざ、こりゃ……相当辛かったんだな)
・・・
「…みっともない姿を見せたわね」
「そんなことありませんよ。 マリア様はたった一年と言えど、エーレンブルグ公爵夫人になられてから、なられる前からも【どれほどこの国の為に尽くしてこられたのか】を、私達は知っています」
「それだというのに、この仕打ち! これは我々だってあんまりだと思います」
「ソレに関しては全く持って同感としか言いようがねぇな」
「…ありがとう、みんなぁ」
散々愚痴って少しは気が晴れたからか、マリアは落ち着きを取り戻し始めたが、その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっており、フレイが顔の至る所から出てる液体を拭き取っているなんて姿は、きっとマリアの華やかな姿しか見てない奴から見ると、信じられない光景に見えてそうだな。
そしてこんな姿、公爵夫人としては決して俺等護衛程度の人間には見せれるもんじゃねぇんだろうけど、ソレを平然と俺等に見せてるってのは、まだまだマリアの心が相当弱り切ってなきゃ、まず見せねぇだろうな。
「とりあえず、今後”どう動くか”ってのは何か決めてんのか?」
正直今の状態でマリアが無謀な事を考えているのなら、俺はソレを全力で阻止する為にも、マリアの今の考えを尋ねておく。
「そうね…今は絶対にどっちの家にも帰りたくないわ。 だって今の状態でどっちの家に戻ったって私にとって安らげる場所はないし、そんな環境に居たって絶対にお腹にいる【この子】の為にも良くないに決まっているもの!
それに離婚だって『絶対にしてあげない』わ! だってこのまま離婚したらフェルナンドと浮気相手のアイリーンはきっと籍を入れるんだろうし、その後のうのうとあの二人は幸せそうに暮らそうとするのよ!
私はこんなに苦しんでいるのに、あの二人は幸せになる。 そんなの絶対に私は許したくない!!」
そう言ったマリアの表情は鬼気迫る物であり、言葉に怨嗟が強く籠っているのが良く分かるぐらい強烈だった。
「分かりました。 我々はマリア様の意思に従うまでです」
「そうなると…しばらく身を隠せる場所が必要となりますね」
タップの言う通りだった。 今のマリアの要望を叶えるとなると、何よりも優先して必要なのはマリアが身を安全に隠せる場所を見つける。それが何よりも重要だ。 しかしマリアの話を聞く限り、エーレンブルグ公爵家も、ブレンナー侯爵家も、マリアがエーレンブルグ家に居る事を色んな意味で臨んでいる。
って事は、国外に出ようにも既にどっちの家も国境に手は回してんだろうな。
オマケに追手が公爵家と侯爵家ってのがなぁ…どっちも名門かつ上位に位置する貴族ってなると、この国において、権力とパワーっていう厄介な力まで持ってる家門だ。
そんな両家相手に、まともに国内で鬼ごっこなんぞ挑んだ所で、その内捕まるってのがオチだしなぁ。
(おいおい…コレってもう完璧詰んでるんじゃねぇのか?)
考えれば考えるほどマリアの”望みを叶えること”が、どれほどハードな事なのか見えてくるなんて、なんとも嫌な状況だ。
「タップの言う通りね。 ココが幾ら貧民街の一部とは言え、王国の主要部をくまなく両家が探してマリア様の痕跡が見つからなければな、その内この場所だって嗅ぎ付けられるわ。 ソレを踏まえても、ココで身を隠せるのも良くてあと数日って所かしら…」
「その間に両家の目を欺きつつマリア様の身を隠せる場所なんて、この国で見つける事が出来るのか?」
「…今必死に”そんな都合の良い場所”がないか、考えている最中よ」
「…ごめんなさい。 私の自分勝手な我儘に付き合わせて」
フレイとタップが頭を悩ませてる姿を見て、マリアも自分の我儘に、俺達を付き合わせるのが「申し訳ない…」 そう感じてしまった所為か、せっかく良い方向に向かっていたマリアの気持ちは、再び落ち込む方向に向かってしまっている!
もしこのまま何かいい案が見つからなければ、マリアは身重の身体を押してまで”危険な事”を仕出かす可能性がある以上、何か妙案が無いか?と頭をフル回転させる。
(ココが駄目ならいっそ最下級地域まで逃げてみるか? いや…あそこはそもそも今居る貧民街以上に、治安も悪けりゃ衛生面だって酷過ぎる。 そんな場所に、温室育ちで子供身ごもってる奴なんか連れて行けるかよ!
それにあそこは闇魔法ギルドの縄張りだからな。 その内どっちかの家が、黒魔法ギルドに捜索依頼を出すだろうから…あ、待てよ?)
俺は自分が生まれた場所と、20数年生きた中で最も長い事世話になっていたあの場所の事を考えていると、上手く行けばマリアの難題を解決出来る糸口が、見えてくるかもしれない案が、ふと頭に浮かんだ。
「なぁ、皆聞いてくれ! もしかしたら両家の目をずっと盗んだまま、マリアの所在を隠せる方法があるかもしれない!」
俺は思い付いた案を皆に話す。
正直言ってその内容は、我ながら無謀だと思えるし、何なら俺達全員無事ですまない可能性だってあった。
だけど俺の案を聞いてくれた三人は「今の所はその案が一番可能性がある」と納得してくれたので、俺達の次の目的地が決まる。
そして次の日、俺達は昨日隠れていた貧民街より更に奥深い場所にある最下級地域に足を運んでいた。
そう、かつて俺の所属していた闇魔法ギルドを目指して。
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