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ある魔法使いの過去と喪失

「マリア様!」

「来てくれたんですか!」

「二人共久しぶりね、元気にしてた?」


 突然の客の来棒に喜び、研究を放り投げてマリアの元に駆け寄っていくレオナとゾル。

 ったく、二人共マリアが来ると”主人の帰りを待ちわびた犬”みたいに駆け寄っていくんだが、その姿は本当に尻尾振って喜んで飼い主の元に掛けて行く犬そのものだな…いっそ犬に変身出来る魔法でも考案して、あいつ等犬に変身させてマリアと遊ばせてやるか?

 マリアと楽しそうに話す後輩二人を見て、そんなしょうもない事を考えていると


「あら、ゼール・シュトレーゼマン室長? たった四人しかいない研究室の貴重な仲間が来たのに、何の反応も示さないなんて、ちょっと無礼じゃないかしら?」

「…おい、その呼び方は止めてくれ。

 どうにも()()()()()()にその呼び名で呼ばれると、なんていうか…こう…虫唾が走るんだよ!」

「何よ、その言い方! いくら私の護衛兼、研究室仲間とは言え失礼にも程があるわ!」

「失礼だぁ? 良く言うぜ!

 人の合意もなく強引に魔塔に所属させあげくに、必要ねぇ”姓”まで授けてくれやがって!

 挙句の果てには研究室の責任者まで擦り付けてきやがったお嬢様ってのは、一体どこの誰だったけ? なぁ??」


 この国で”姓”というのは、貴族やそれなりの地位を持った商人といった貴族や富裕層だけが持つ物なんだが、正直俺はそん物に一切興味はないし、欲しいとも思った事もないのだが、マリアが俺を魔塔に所属させる際に、魔塔が側が所属の条件として俺に【姓を与える事】を条件に出したらしく、ソレに対してマリアは持てる伝手を使って、いつの間にか俺の戸籍を無断で勝手に作り上げていたのだ。

 流石にココまで勝手にされると、もう呆れ果てて何も言えなかった…が、だからと言って人の事を勝手に好き勝手弄繰り回してくれてたのは、未だに腹に据えかねている。

 だから、どうにも勝手に付け与えられた”シュトレーゼマン”と”室長”をマリアに呼ばれると、非常に不愉快でしかねぇ。


「仕方がないじゃない! 姓に関しては魔塔に提示された魔塔所属の絶対条件だったのだから。

 それに魔塔で”研究室を持ってる”ってだけで、色々と事がスムーズに進むことが増えるから、ゼールに室長やってもらっているのよ。

 だいだいゼールだって「私の研究に協力する」って言ってくれたじゃない!」


 …確かにマリアの言う事にも一理あるから、こっちも100%この肩書を否定できない所がある。

 正直、姓持ちで魔塔所属かつ、研究室まで運営しているって肩書をチラつかせるだけで、様々な取引から書類の手続き等、多くの事が何かとスムーズに事が進むことが多い。

 全く…肩書なんざ俺が魔塔から離れりゃ何の意味もなさねぇってのに、世間ってのは変な所に過敏に反応しやがるから不思議なモンだぜ…まぁ、コレがマリアの嘆いてるこの王国の「人間の中身より肩書重視」な価値観の実態なんだけどな。

 ったく、相変わらずこの国の仕組みの本質を理解し、押さえる所はしっかり押さえるように計らうマリアの手腕には、敵う気がしねぇが、ソレと俺の怒りは全くの別問題だ!


「…確かに研究には協力するっていった。だけどな! ”室長”は俺でも”創始者”はマリアお嬢様だよな!?」

「ええ、そうだけど?」

「だったら創始者としてココに顔出した以上、ちっとはコレ片付けれるように、もうちっと”明確にどうするのか” その指示を出してくれねぇかなぁ?」


 そう言って俺は、マリアの前に書類の山を”ドサ”と音を立てて付き出してやった!


「え~と…コレは……イッタイナニカシラ?」

「こいつらはな、どっかのお嬢様が中途半端に手を付けて放置してくれたおかげで、先に進ませたくても進ませつ事が出来ないせいで、何時まで経っても日の目を見れない可哀そうな研究資料達だよ」

「えー…キオクニゴザイマセン」


”ピキィ!!!”


「このクソお嬢……マッッッジふざけんなぁ!!!」

「せっ先輩ぃぃ~!」

「お、抑えて! 気持ちは分かりますけど抑えて下さい!! ゼールさん!」


 久しぶりにあいつの態度に”カッッチン”ときたので、マリアに掴みかかってやろうとしたら、後輩二人が必死に俺を抑えこむ。


「え~だってぇ~これぐらいの理論ならある程度書いとけば、後は”研究室の優秀な人達”が全部やってくれるかな~って思って」


 マリアの出す魔法理論は、一見ぶっ飛んでいるように見えるがちゃんと説明してさえくれれば、割としっかりとした物が多い。

 だがコイツは、書面に自分の理論を記載する時に限って、自分にだけ分かる様にしか書き記さない!

 だからコイツが残した書き物は、俺達からすると難解な物なので”とにかく書いた本人に根掘り葉掘り聞かないとさっぱり分からない” そんな物だらけ。

 要は天才ってのは考えてる事と見えてる物が常人とは違うから、齟齬が生じるって言うアレだな。

 そして実際コレを目の当たりにすると、何とも恐ろしいほど事が進まねぇ厄介なモンっていうのを、嫌と言うほど思い知ったがな。


「そう思ってんならよぉ…もうちょい分かりやすく何でも書いとけやぁー!」


 俺が口に出した心の叫びが開戦の合図となり、こうして何時ものようにレオナとゾルが冷や冷やしながら見守る中で、俺とマリアは何時ものように「あーだ、こーだ」と激しい口論を始めたが、後輩二人が仲裁に入ってくると、お互い直ぐに冷静さを取り戻し始めので、俺とマリアはお互いの文句を言いつつも研究資料を纏め始める。


(…ここ最近、コレが定番の流れになっている気がする)


・・・


「終わったわ! これでいいんでしょ? 室長さん」

「…まぁ、前よりはマシになったな」

 マリアが幾つかの研究資料に訂正を入れた事で、前よりブラックボックス達は理解出来るようになった。 あくまで「前よりは!」だが…


「それで? ホントは今日、何の用があって顔出したんだよ?」


 俺はあくまで”マリアから依頼されないと動けない護衛”でしかないので、マリアが【今何をやろうとしているのか】その事を詳しく知っている訳じゃない。

 だがマリアがやっている事は、常に”自分の夢を叶える為にやるべき事”だという事だけは分かっている。

 だから研究室に滅多に顔を見せれなくなっても、その間何をしているのか? その事大して何も聞くつもりもなければ、言うつもりはねぇ。

 だが、研究室に俺等以外のメンバーが入って以来、マリアが研究室に何の連絡も無しに来るってのは、割と特別な何かがあった時だけだ。

 だから俺は、マリアに今日来る予定がなかった研究室に「どうして来たのか?」 その理由を尋ねてやった。


「…実はね、私、結婚する事にしたの。

 っと言っても、まだ結婚まで時間はあるから、今日は婚約の報告になるかしら?

 公に発表されるのは明日以降になると思うけど、この事は研究室の仲間には先に伝えときたくて」

「…マジかよ」

「ええ! 本当ですか?」

「マリア様、遂に結婚される…いえ、今日は婚約の報告でしたね! どちらにしてもおめでとうございます!!」


 マリアから思わぬ報告を受けた俺達は、三者三様の反応を示す。

 もっとも俺は予想外過ぎる報告に驚き過ぎて、唯一その場で固まっていた。


「ちなみにお相手は?」


 まだ驚きで固まってる俺と違って、レオナは”フンス”って擬音が聞こえてきそうな勢いで、興味津々にマリアに結婚相手をグイグイと聞いているが、普段はマリアと話してる時はちょっと遠慮気味のクセに、女が特に盛り上がる話の時はグイグイ行く…実はレオナって図太い方なんじゃねぇのか?


「相手は…フェルナンド・エーレンブルグ公爵よ」

「なんと、フェルナンド様ですか! 最近エーレンブルグ公爵位を正式に引き継がれて、今話題の方じゃないですか!」

「わぁー、凄い人捕まえちゃいましたね! ちなみにお二人の馴れ初めは?」

「正直に言うと、あの人とは何度か社交界で話したり踊った程度の仲よ。 だけど昨日彼から婚約の打診があって色々考えたのだけど…彼と結婚しても悪いようにはならないかな…そう思って」

「つまり政略結婚って訳かよ…なぁ、お嬢様は本当にそれでいいのか?」


 本来護衛如きがこんな事を主人に言うもんじゃねんだろうが、俺はそう言わずにいられなかった。

 そして俺の言った事がマズいってのは、俺の発言を聞いたレオナとゾルは、あたふたしているのを見りゃ分かる。

 だがコレだけはハッキリ聞く必要がある! なんせ俺が今まで出会った人間で、唯一【付き従っても良い】そう心から思えた人間の幸せに関わる事だ!

 それに今の俺の中にある【何と表現したらいいのか分からないこの妙な気持ち】

 コイツを抑えるには、ハッキリとマリアの口から答えを聞いとかないと、この気持ち悪い何かを抑えきれない。


「そうね、正直に言えばこの結婚に愛はなくて、あるのはお互いの利益だけよ。

 でもね、彼話してみたら案外誠実だったのよ。 だから今は愛が無くても、これから彼となら『愛は育めるかも?』って思えたし、彼は私の夢を話したら応援してくれるって言ってくれたから…」

  そう気恥ずかしそうに話すマリアを見て、ようやく俺の中で未だに”燻る想いが何なのか”その正体に気が付いた。

 そしてこの想いは、決して俺みたいな人間なんかが持っていていい物じゃない。

 だから俺は、この想いにさっさとケリを付けるために、あえて更に踏み込んだ。


「そうかよ。 お嬢様が決めた事ならもう何も言わねぇ。

 だけど…なぁ、最後に一個だけ教えてくれよ。 この婚約は…お嬢様の【夢】に本当に必要な事のか?」

「ええ、貴男の前で誓ったあの夢。

 『この国の考え方を変えてみせる』

 その為に絶対必要な婚姻だと、私は思っているわ!」

「・・・ハハハ、やっぱりお嬢様はスゲェな。 俺にはそうとしか言えねぇよ…」

 マリアの口から出た答えを聞いて俺はマリアの決意が伝わり、マリアの本気度が悟れたのは、伊達に三年間色んな事を一緒に経験してきてねぇからだろうな。

 さて、ここまで腹を括ってる人間にこれ以上下手な事を言うのは、筋違って奴だ。

 だから俺はこう言った。


「婚姻おめでとうございます。 俺の主マリア・ブレンナーお嬢様。

 どうか、お幸せになってください」

「フフフ、何か貴男にそんな畏まって言われると、変な感じね」

「…笑うんじゃねよ。

 そもそも俺は本来護衛なんだぜ? コレが()()()()って奴だろ!」

「ウフフフ。 別にゼールにそんな事も求めてなんかないわ。 それより私がお嫁に行ってもしっかり護衛よろしく頼むわね。 あと研究の方も」

「ああ、ちゃんと仕事はするさ。 そんな俺だから護衛として雇ったんだろ?」

「良く分かってるじゃない!

 あっ、そろそろ時間だから行かないと! じゃあ皆、婚約式の日程が決まったらまた連絡するから、必ず来てね」


 そう言ってお嬢様はそそくさと研究室を後にしたが、アイツが騒がしい話題を持ってきた所為で、アイツが去った後は、嵐が過ぎ去ったかのような静けさが訪れた。

 そして静まり返った空気の中俺は


「…悪りぃ、ちょっと一服してくるわ」

「あ、っはい」

「分かりました」


 そう言って俺は研究室を一旦出て、俺の知るちょっと一人で一服出来る場所目指し、廊下をブラブラと歩いていると


「ハァハァ、ゼ、ゼールさん」

「…んだよ」


 レオナの奴が何を思ったのか知らねぇが、息を切らして俺を追いかけて来やがった。


「あ、あの…その…これからもマリア様の夢を叶える為の研究、一緒に頑張りましょう」

「…別に俺が居なくたって、お前等ならもう十分やれるだろうが」

「えっ? そっそんな事」

「ハッ! 冗談だよバーカ!! 何を心配してんのか知らねぇけど、俺以外に誰が『まぁ、ビックリ! 誰でも使える魔法研究室』なんてセンスもなけりゃ、魔塔に対する矜持もねぇ研究室を運営できるんだよ。

 お前だってそう思うだろ、レオナ!」

「…はい」

「…だから色々俺の事心配してくれてんのは分かるんだけどさ、悪いけど今だけは…しばらく一人にしてくんねぇかな?」

「はい…すいませんでした」


 レオナが申し訳なさそうしながら俺に頭を下げているのは、その姿を見なくても分かった。

 だが今の俺は、レオナの方を色んな意味で向けないし、向きたくなかったので、俺は後ろを向いたままレオナに手を上げて感謝の意を伝えた。


(そもそも別にレオナは何も悪くねぇんだよ…だからそんな申し訳なさそうな感情、俺に向けんなよ…ってそりゃ無理か…アイツだけはきっと俺の気持ちに気が付いてたんだろうな…)


 むしろ俺が、ついさっきまで気が付けなかった気持ちに、レオナだけは気が付いていたから、俺の気持ちを察して余計な世話を焼こうとしただけなんだろうなぁ…


(全く…我ながら笑えて来るぜ。 まさか初恋の相手がぶっ飛んだ年下で暴れ馬で天才なお嬢様。

 しかもその事に気が付いたのが”もうどうしようもないくらい事が進んだ後”に気が付くなんてよぉ…初恋は叶わないって良く言うヤツが居るが、実際経験するとまぁ、洒落になんねぇぐらいキツイな…コレって)


 こうして俺が初めて経験した初恋は、たった一人の人間以外他の誰にも知られる事なく散っていった。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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