第十一話
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くらい、くるしい。
いたい、こわい。
……ひかり。くろいかみ、あかい目。
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「……?」
彼女は目を覚ました。
(ここ……どこ……?)
見知らぬ部屋、ふかふかのベッド。いつも纏わりついていた倦怠感もない。
研究施設の独特な臭いもせず、空気がおいしい。
「……」
だが違和感、いつもは無かった肌に纏わりついているもの。彼女はその違和感を払拭すべく、要因である服を脱ごうとする。
「え……お、起きてる?」
すると、そんな声が少し離れたところから響いた。
「……」
声の方を向く0番。そこには白衣を着た者の姿が。
0番の体が一瞬小刻みに揺れた。
「ちょ、ちょっと待っててください」
白衣を着た者、看護師はすぐに医師を呼ぶべく走り去っていった。
そう、ここは病院である。
「……」
どうせまた戻ってきてあの続きが始まる。
そんなことを思い、0番は言う通り待つことにした。そしてその間彼女はまた服を脱ごうとしていた。
「服はしっかり着てくださいンゴ。起きたばっかりで申し訳ないんンゴだけど、お名前を教えてくれるンゴ?」
あの後、0番は服を脱ぐことに成功したが、医師を連れて戻ってきた看護師に強制的に服を着せられ、顔には全く出ていないが、心の底では少し不貞腐れていた。
今まで服を着ない生活をしてきたからだろう、服を着ていると違和感があるようで、彼女は今現在も、もぞもぞと体を動かしている。
医師は彼女に服を着ているように言い、同時に名前も聞く。
「……」
「困ったンゴねぇ」
0番は答えない。
医師は彼女の反応を見て、困ったように苦笑いをする。
0番が答えない理由は複数ある。
まず、なぜそんなことを聞くのか、ここはどの部屋なのか、『ンゴ』ってなんだろう、次はどんな痛いことをされるのだろうか、などと疑問が多く浮かんだため、答えるどころではなかった。
そして、長らく喋っていなかったため、自発的に喋る方法を忘れたこと。精神的ショックによる一時的な失声症も影響しているかもしれない。
「言葉はわかるンゴ?」
喋れないだけの可能性を考え、医師はそう聞く。
「……ぁぃ」
「それなら良かったンゴ」
頷きながら小さいかすれ声で返事をした0番を見て、医師は納得したように頷く。
「色々とリハビリが必要ンゴねぇ」
医師は、一先ず言葉をしっかり喋れるようになるべきだと考え、彼女のリハビリを始めることにした。
……だがまずは自分の喋りをなんとかするべきだろう。
「お、起きてるな」
「あれからもう二か月、長かったねぇ」
「恐ろしい可愛さ、ペロペロしていい?」
「ねぇ、こいつやっぱ連れてくるべきじゃなかったでしょ」
数日後、0番を保護した面々が彼女の元へやってきた。ノア、そして緑色髪の女性クミル、水色髪の変態男ことナンワン、赤髪の女性アカバネ、の四人。
0番からしたらほとんど知らない者達だ。
「あの変な医師から聞いたぞ、自分の名前も分からないんだってな」
「……0……ばn」
「それ明らかに名前じゃないだろ」
「……」
数日で0番はほんの少しだが喋れるようになっていた。あの医師は凄腕医師、なのかもしれない。
「まぁ、とりあえず目覚めて良かった」
「ね、一安心」
「こんな可愛い子には生きて貰わないと世の中の損だ」
「ちょっと分かるの嫌だ」
彼らがこんなにも安堵しているのは、0番が長らく目覚めなかったからである。
異能局に保護され二か月程が経ってやっと動き出したのだ、それは大層安堵する。
「はいはい、面会はここまでです」
そこで一人の看護師が彼らへそう言った。
0番はまだ精神が不安定である。そのため強いストレスを与えないようにと、こうして面会時間を設定しているのだ。
「おう、じゃあな。また来る」
「可愛い子ちゃん、また明日来るよ!」
「元気でね」
「お大事にね」
各々そう言って0番の病室から出て行く。
「……」
途端に静かになる病室。
(今日も……いたいこと、されなかった)
だが油断できない。似たようなことは昔あったから。
そうして少し月日は流れ。
「ねぇ、あなたの名前を決めようと思うんだけど。『ミミ』、『アネラ』、『アイリス』、『ルアナ』、どれがいい?」
「意味もちゃんと考えたよ、聞く?」
「……ミミ」
「え?」
「ミミ……で、いい」
「うわくっそー、俺の考えたアネラじゃないか~」
「ふっ、私の勝ちだ」
「ま、負けた」
「ちなみになんで?」
「……わかりやすい、から」
「……まぁ、そんなものよね~」
「意味聞いたら考え直してくれる可能性大!?」
そうしてまた月日は流れ。
「ミミ、退院おめでとう」
「おめでと~」
「俺のミミちゃんが、もう退院!」
「お前のじゃないだろ」
「……え、っと、ありがとう」
この日は実験番号0番、もといミミの退院の日。
(この人たちは、悪い人じゃない……)
数か月過ごした病院を出て、やっと彼女は彼らへの警戒心を限りなくゼロにできた。
「ミミ、決まったか?」
そこでノアがそう聞く。
「あ、それそれ。どうするの?」
「是非俺のところに――」
「お前は論外だわボケ」
ノアに続いて彼らはミミに聞く。
一体何を聞いているのか、それは。
「……ノア、さん」
「うぅ、やっぱりかぁ~」
「羨ましいぞ、ノア!」
「ミミちゃんはこれからノアの所で過ごすのか~」
そう、ミミがこれから誰の場所で過ごすのか、つまり保護者を誰とするかを聞いていたのである。
幸い四人は金銭面、生活面においては余裕がある。
そのため、この数か月間でミミに大層愛着が湧いた彼らは、保護者がいない彼女に、こぞって保護者になると告げた。しかし全員が同じことを言うため、どうするかと悩んだ。結果、最終的にミミに選ばせよう、と言うことになったのだ。
ちなみにナンワンはノア達女性陣により、速攻で論外とされた。
そしてこの退院の日、ミミはノアを保護者に選んだ。
選ばれなかった者達は落胆していたが、納得はしている。
ミミは研究施設から出たあの日、ノアに抱きかかえられたことを覚えている。
それゆえ、ノアへの懐く速度が他の者と違って速かった、いつも何をするにしてもまず視線をノアに向けることが多かった。
そんなことを知っているからこそ、納得するし、自分を選ばなかったことに落胆するのだ。
みんなミミの愛らしさに脳を焼かれているのである。
「私が保護者としてやっていけるか些か不安だが、ミミ。これからよろしくな」
「は、はい……」
「ノア大丈夫、私たちもサポートするから」
「ミミちゃんのためなら何だって!」
「異能局の仕事はあるけどねぇ」
「ありがとう」
そうしてミミの新生活が幕を開けたのであった。
「ミミ、学校というものがあるんだが。勉強が追いついていなくて、容姿がレベチで誘拐される可能性が高いミミはまだ通えない。通うために異能局直属の教師に勉強、職員に自衛の方法を教わってもらうけど、良いか?」
「……うん」
「それと異能は基本外では使ってはいけないということを覚えてくれ」
「わかった……ノアさん」
「あぁ、あともう家族同然だ、ノアさんじゃなくて、別の呼び方にしないか?」
「家族……?」
「あぁ……そこからかぁ。とりあえず、呼び方を変えて欲しい。お姉ちゃんとか、ノアお姉ちゃんとか、ノアでも良い」
「……お母さん……?」
「いや、それはなんか年取ってるみたいで嫌だなぁ」
「……お姉ちゃん」
「うん、それで行こう」




