3.踊るは火の戯れ①-2
弥彦と白夜は早速宿を出て調査を始めた。
まずは村の地形だが、泉に来る前に立ち寄ったシヤンカナ村とはやはり異なったいた。宿で部屋をとった際に受付スタッフから貰ったパンフレットでそれが明らかになる。村全体の地図が載っており、店や露店、イベントのタイムスケジュールがそこに記されている。最初に一目見た時から感じていたが、郊外にある村だという共通点はあれど、家や村の建築様式からしてふたつのシヤンカナ村は別物なのだと明確に分かる。それに事前に調べていたシヤンカナ村よりもここは三倍くらい人が住めるように十分に開拓されているようだ。
取り合えず目ぼしいところから当たってみようと思い外へ出たものの、目の前の大通りの道行く人だかりの多さに圧倒されてしまう。
(すげー人だあ!)
白夜があんぐりと口を開けた。
(絶対はぐれないようにしないとね、白夜)
(おう!)
首元にいる白夜は片腕にも尻尾を巻き付ける。そしてきょろきょろと周囲を見渡していた。何かを目視するのはいったん白夜に任せつつ、弥彦はパンフレットを確認しながら移動した。
どうやら今日は祭典日らしい。
【火の祭】と呼ばれるそれは、どうやらこの村で一番大事な祭りとのことだ。だから森の奥でもこんなに観光客で賑わっているのかもしれない。
ただどんな祭りかは村を見て回るといいわよと宿屋の受付員から勧められてしまった。
――たぶん村の中心の大広場はメインになる……のかな。
弥彦はパンフレットを読みつつも自信なく首を傾げた。
火の祭というのはアルバドリスでは聞き馴染みが無い。どういう催しがあるのかイメージ出来ないでいる。
――ロフティさんも知らないって言ってたし、いろんな人に聞き込みをしてもいいのかもしれない。
核依代は祭祀に関わるのならば、祭で重要な場所で見つかる可能性が高いはずだ。祭の詳細を知ることが近道になりそうだ。そんな予感を弥彦は捉えていると白夜が驚いたように声を漏らす。
(ヤヒコヤヒコ! そこ! めっちゃ人形が置いてあるぞ!)
(人形?)
弥彦は足を止めて近くの出店を見た。
――っ⁉
息が一瞬止まった。
露店に並ぶのは、おぞましいまで取り揃えてある大量の人形たちだ。
髪の色や長さ、目の色や形、服装から若干の身長差も個性豊かな品揃えだ。だが見たところ、女の子を模したものしか見当たらない。胸に抱きがいのある大きさのそれらがずらりと座って並んでいた。
(これが職人の芸当ってやつかー)
(そう、だね。なんだか動き出しそうで怖いな……)
よく耳にする怖い話では、〝人形に祟られる〟なんてベタな展開がある。怖い話はあまり鵜呑みにしないよう努めているが、こうも人形から視線を感じるとぞっとして仕方がない。
だがそう思っているのは自分だけだろうか。
「この子がいいー!」
と、少年少女がお気に入りの人形を選び。
「ふふふ、まるでうちの孫みたいだねえ」
と、老人がとある人形を愛するように抱きしめた。
人形を選び取る観光客たちは、自分だけの人形を探し出して幸福そうな表情をしていた。
――なんだか怖いって思っちゃったの、申し訳なく感じるなあ……。
そう弥彦は内心反省した。よくよく見てみると、確かに自分の友人の幼い頃に瓜二つの人形もあるような気がする。
――懐かしいな……なんだか愛着が湧いてくるような――いやあ、やっぱり怖いなあ……。
そう友達に似てる人形に奇妙さを覚えていると。
「まるで生きてるみたいなんだなあ」
――っ⁉
突然横から話しかけられた。弥彦は心を読まれたかと驚き、声を裏返した。
「え⁉ あ! 本当にそうですよね⁉ 夜中の寝静まった頃に大行進しそうっていうか、なんならお喋りとかできちゃいそうなくらい精巧な作りというか! って……」
弥彦は笑顔を取り繕ってその人に振り向いた。
「どうしてこんなところに……?」
目の前の人物に弥彦は言葉を失った。
顔に火傷の痕のある男性――リブル・フォイエルバだ。
ここにいることが信じられない。そんな彼がにこりとほくそ笑んだ。
まさかこんな場所で出逢うとは思わなかった。せっかくなのでどこか腰を落ち着ける場所に行こうと二人は歩を進めた。
最初に見つけたアイスクリームの露店は周囲にいくつもの席が用意されていたものの全て埋まっていた。どこか道の片隅で立ち話をするかとアイスクリームを買う。すると、偶然にも目の前で席が空いたのだ、二人はラッキーだと顔を見合わせて笑うとそこに腰をかけた。
人混みも相まって熱気のある場でのアイスは絶品だ。
弥彦は柑橘系の果肉が散りばめられたそれを口に含みつつ、思わぬ再会に話を弾ませた。
「なるほど、ここには取材で来ていたんですね」
アルバドリスにいた頃よりこじゃれた服装のフォイエルバは「えぇえぇ」と頷いた。
「絵本のネタを探しに旅をよくするんだあ。フィアネス大陸にはいくつも炎の祭典があるんだけんども、ここは特に盛大って知り合いからお勧めされたんだなあ。丁度タイミングが良かったもんで、急遽準備して飛んだんだあ」
「すごい行動力ですね! ちなみにここにはどうやって来たんですか?」
「空港からこの祭りのための観光バスが出てて、それを利用したんだあ」
「そんなものがあったんだ……てっきりこの辺りは大きな祭なんか無いと思い込んでいたんで驚きです……」
「逆に来杉せんせがここにいるのが驚きだあ。しかもその制服にその蛇さん……」
「あ、そうでしたよね。あまり学校と仕事以外では着ないようにしてたんで、制服も神獣も初めてですよね」
「これが噂のオリジンの新しい神獣さんなんだなあ! よろしくなあ!」
白夜に手を伸ばそうとするフォイエルバに弥彦はぎょっとして椅子ごと後ろに引いた。
「ああ駄目です危ないですよ! 気軽に神獣に手を伸ばしちゃいけないです!」
オリジンの神獣は必要時以外は溢れる神力を最小限に抑えている。一瞬触れる程度ならなんら問題ないだろう。だが不調を与える可能性がまったくないわけじゃない。だからアルバドリスでは神獣を見かけた場合触れないようにと幼い頃から学校で教え込まれる。
フォイエルバは弥彦の反応に驚いた表情をしたがすぐにその意図を読んだようだ。
「そっか。わて田舎育ちなもんで触っちゃいけないこと分からなかったなあ。迂闊に振れそうになってごめんなあ」
(そうだぞ、触るなら十年くらい早いぞ!)
「逆に十年で触らせてくれるの⁉」
目を細めてぷりぷりと怒る白夜に弥彦は思わず声を上げてしまう。その様子にフォイエルバはきょとんと眺めていたが、ぷっと笑い飛ばした。
「なんだか仲が良さそうで微笑ましいのお」
きっと蛇に一人大声で突っ込みを入れているように見えたに違いない。弥彦は恥ずかしくなったが、ひとまず咳き込んで平静を装った。
「彼は白夜って言います。今回この近辺で神力が微量に計測されたのでなにが起きてもすぐ対応できるように彼も同行してるんです。念のため触れないようにお願いしますね」
「なるほどお。うっかり触れないようにしないとなあ。しかし来杉せんせとは妙に縁があって嬉しいなあ」
「僕もです。こんな偶然あるんですね」
笑顔のフォイエルバに弥彦も椅子を戻してにこりと笑った。
――知っている人がいてほっとしたあ。
弥彦はこの異常事態に知っている人に会えて内心胸を撫でおろした。
事前にブヤンウヨックから聞いていた情報が嘘だとは思えない。泉から知らないシヤンカナ村に来てしまった件といい非現実的な現状に思えたが、目の前にいるフォイエルバのお陰で現実味を帯びてきた。それならば、と弥彦は前のめりになって尋ねた。
「フォイエルバさんはこの【炎の祭】についてどのくらいご存知なんですか?」
これ以上聞きやすい人材はいないだろう。それに対してフォイエルバは嬉しそうに話しだした。
「ここのは祈願の意味合いの強い祭になっているんだなあ。自分にとって大事な人形をひとつ選び取って、その子と夕方まで共に過ごす。そんで今夜大広場で行われる昇華台にその人形をくべるんだなあ」
「くべる⁉ くべるって、燃やすってことですか⁉」
過激だ。弥彦は思わず声がまた裏返った。
「えぇえぇ。面白いのはこの昇華台の炎はくべられたものを選定する、というとこなんだなあ」
「くべられたものを選定?」
フォイエルバは楽しそうに頷いた。
「そうなんです! 今夜までにその人形を愛すことが出来ていれば炎は――!」
そう興奮気味の声は、爆音に掻き消された。
『レディースアーンドジェントルメーン! 全力驚倒! 迂愚喜悦! 大陸を股にかける大サーカス団が皆々様を夢の世界に誘いましょう!』
すぐ横の大通りに移動型のサーカス団が凱旋していた。電子器具を使用した宣伝の声はとてつもなく大きい。だがその影響で人の流れが新たに作られ始めていた。
「びっくりした……! ごめんなさいフォイエルバさん」
聞き取れなかったことを思わず謝罪してしまう。
「わても驚いたあ。あ、アイスもすっかり溶けてきたなあ。そしたら来杉せんせ」
フォイエルバはアイスを掻き込むと立ち上がった。
「わてはこの辺り、もう散策してたんだあ。よかったら祭の目玉になる場所に案内させてくんろお」
「――いいんですか⁉ ぜひお願いします!」
有難い申し出だ。弥彦は頼もしく感じつつ、案内してくれるフォイエルバを追っていった。
一方その頃。
晴天を遮るほどうっそうと茂る森の中、歩いているとじめりとした湿気が肌に纏わりつく。
シヤンカナ村を出て森を彷徨うロフティとその腕に抱きかかえられたリシェット。方向的には間違いなく泉への道を辿っているはずだ。方向転換のポイントとなる花や珍しい木が記憶と同じ場所にあるのが良い証拠だ。
――ほんとならここから出るのに必要な道のりじゃないのだけれど……。
泉から飛んだ先には緑豊かな丘が広がっているはずだった。そして振り返れば泉があったのだ。
だが今回は静謐に包まれた丘ではなく喧騒溢れる村が広がっていて、真後ろに泉など見当たらなかった。ならばと思いこの道を辿ってみたのだが、どうにもきな臭い気がして仕方がない。
ふと、近くの茂みが激しい音を立てた。
「ぎゃっ⁉」
ロフティはリシェットをぎゅっと抱きしめる。じっとしていると、茂みからなにか現れることもなくただただ静かになった。
「お、驚かせないでよもう!」
「きゅ、きゅううう」
「――! ごめんさないリシェットー!」
絞め落としそうになりロフティは急いで力を解いた。リシェットはほっとした様子だが、すぐにロフティに顔を上げて訴えるように優しい鳴き声を上げた。
「きゅーきゅー」
「気にしてないってこと?」
「きゅ」
リシェットは深く一回頷いた。
「いつも悪いわね……」
ロフティは視線を落としつつリシェットの頭を撫でた。それにリシェットは気持ちよさそうに目を細めた。
リシェットはいつも傍で支えてくれる。リシェットの言葉は分からなくとも優しさはいつでも強く伝わっている。彼女がいてくれなかったらどこかで心折れていたことだろう、とロフティは確信している。有り得ない現状に対して今踏ん張れているのも彼女と弥彦たちのお陰だ。
「どうかこれ以上面倒事がないように願いたいところだけれど……」
核依代には問題なく辿り着けると思っていた。それがどんでもない誤算だ。
この場所で他の人たちを巻き込みたくない。一刻も早く核依代を確保しなければ――そう祈るような気持ちを抱えて最後の曲がり角を行く。ここを抜ければ霧の泉のはずだ。
予想通りだがパザーチには遭遇しなかった。以前もこちら側に一度も現れたことがないため、それに関してだけはいつも通りだと言える。
――もしもの時は弥彦たちだけでも先に帰せれば……。
帰る手段である霧の泉に辿り着いたロフティは目を見開いた。
「な……」
霧の泉は〝あった〟。
それはアルバドリスに帰る手段としての希望だ。だがその反面、絶望を視界に捉える。
目の前の泉は、水の枯れたクレーターだった。




