3.踊るは火の戯れ②-1
「あ、ロフティさん。お帰りなさい」
夕暮れ時、既に宿屋に戻っていた弥彦は暗い顔で帰ってきたロフティに嫌な予感が走った。
泉が無くなっていた。これに弥彦は驚く、しかし取り乱している場合ではないのだと理性が働く。思わず大きくなる声をぐっと抑えた。
「そんな。帰り方が分からない、ってことですか?」
「ごめんなさい……まさかこんな厄介事になるだなんて……」
ロフティはかなりショックを受けている様子だ。
(ロフティさんってこんなに落ち込みやすい性格だったっけ……?)
かなり精神的に参っているように見える。弥彦の疑問に白夜は舌をピロピロと動かした。
(ぜっふちょーってヤツかー? 体も震えてるみたいだぞ、寒くはなさそうだけどなー)
(そういえば体温も解るんだったね白夜)
(えっへん!)
蛇に備わった能力を活用出来て得意げな顔になる白夜。彼はどんな状況でもいつも通りなようで精神的にありがたい。自分も努めてそうしようと思える。
「まあまあロフティさん。とりあえず当初の目的通り核依代を探しましょう。そうしたら事態が変わって帰り道が見つかるかもしれませんし。深呼吸しましょ深呼吸」
そう励ますとロフティは複雑そうな顔をしつつも呼吸を意識し始めたようだ。何度か深呼吸を繰り返すと口を開いた。
「気を取り直すわ……! 弥彦、あんたの調査の結果を教えて頂戴」
表情を引き締めたロフティ。いつもの調子を取り戻した彼女に弥彦はほっとした。
「はい!」
部屋のテーブルに村全体の地図が記されたパンフレットを広げた。
「まずこのシヤンカナ村では炎の祭というものが開催されています。村全体に出店があって飲食店や遊技場もあるみたいですが、特徴的なのは女の子の人形を取り扱ってるお店が点在しているところです。どうやらこの人形をひとつ買って、共に過ごし、最後にはこの大広場に設営された昇華台というところで人形を火にくべるそうなんです」
「なかなか奇抜な祭りね」
ロフティは奇妙そうな表情で言った。
「そう思っちゃいますよね……。ただこれを目当てに飛行場から観光バスが出るほど人気な祭りらしいんです。途中で会ったフォイエルバさんにそう聞きました」
「はあ⁉」
ロフティは素っ頓狂な声で驚いた。
「ななななななどうしてこんな場所にあのこがいるのよ⁉」
――あのこ?
その呼び方に若干違和感を覚えつつも弥彦はロフティの問いに答えた。
「どうやら取材で来たみたいです。先にこの村に到着してたみたいで」
「そんな、そんなこと有り得ないわ⁉」
ロフティは必死の形相で両手でテーブルを叩いた。
「そもそもここは泉から飛んだ隠れ家――こんな人が大勢いることすらおかしいの! それでリブルがいるだなんて有り得ない!」
弥彦はロフティの覇気にごくりと息を飲みこんだ。
「じゃーさっきの〝ふぉいえるば〟ってなんだよ~?」
「幻の類としか思えない……泉はともかく、ここは誰も見つけることの出来ない隔絶された場所。どうやってもあたしたちが通った道を手順通りに行かない限りは辿り着けないもの」
「じゃあこの祭に来た人たちも幻かもってことですか」
「んなことありえるのか~?」
白夜の疑問もよく分かる。だが思い当たらないこともない。
「信じがたいけど……でも白夜について反応する人ってフォイエルバさんだけだった。いつもの任務でならキミを見て驚く人がもっといたよ」
蛇を首に巻いた少年など街中で歩いていたとしたら、近くを通った一人や二人――いや、恐らくもっと多くの人が生理的嫌悪からくる分かりやすい反応をこちらに示してもおかしくないはずだ。それが全くなかったことが今では大きな違和感だと思えてくる。白夜は不思議に首を捻ると暫くして「あ、そっか、オレ神獣だもんな!」とひとり納得したようだ。
「一軒しかない丘にこれだけの村になってて、いろんな人がいるだなんて……あたしたちが来たことで核依代を刺激させてしまったのかしら……」
ロフティは両腕を抱えて難しい表情で言った。
「それに気付いてる? さっきここで感じた神力より少し強くなっているわよ」
「――本当ですか⁉」
弥彦も急いで意識を巡らせた。全く気付かなかった、来た時の微弱さより確実に気配が濃くなっている。どうやらずっと村の中にいたせいで緩やかな変化を感知出来なかったようだ。
「それじゃあ夜になっていくにつれて神力が増してるかもしれないってことですか……⁉」
「もしくは祭のクライマックスで神力のピークを向かえる可能性も捨てきれないわね」
「あれ……それって危険だったりしますか……? フォイエルバさんや村人が幻だとしても……」
「ええ。間違いなくここの神力がポトビトシアの東部に影響を及ぼしているはず……早々に発見しないと大変なことになるわ!」
今日のうちにポトビトシアに住む人々の生活が脅かされてしまうかもしれない。浮上した最悪の予感が思ったよりもすぐ傍にいる。弥彦も焦燥に表情を歪めた。
「あんまりのんびりとは出来ませんね」
どうすれば核依代を発見出来るだろうか。サハテハイでは祭祀場に出現した白の光の柱の中心部にあった。そして核依代を縫い取ってから増悪しつつあった黒の侵蝕が収まり始めた。
――白の神獣の依代のはずなのに黒の侵蝕と関係しているのも頭がごちゃごちゃしてくるなあ……。
今は事例をありのままに受け止めるだけで精一杯だ。どういうわけか白の神獣由来の核依代の暴走により黒の侵蝕に繋がるか、あるいは今回は前回と条件が異なり、核依代の神力が強くなって白の侵蝕と呼ばれるような現象を生じてしまうのかもしれない、という可能性を頭に留めた。
「ひとまず一番怪しい昇華台に向かいましょう。僕が見た時には気付きませんでしたが、今ロフティさんが行けば新しい発見があるかもしれません」
「ええ、分かったわ。村を先に調査してくれてありがと。早速向かいましょ、案内してくれるかしら」
「はい!」
空は夕日が落ちようとしていて、村は祭り用に張り巡らされている電飾で彩られていた。メインイベントの時間も差し迫ってきているのだろう。人がより増えている。その多くの人たちが人形を大切に抱えている。そんな景色を奇妙に眺めながら歩いているとしばらくして大広場に辿り着いた。
「ここが昇華台ね」
大広場は村の五つの方向から合流できるように設計されている。そのとてつもなく広い広場の中心に大きな木の柱で組み立てた三角錐上の大きな壇が作られていた。どうやら階段上に木材が積み重なって出来上がっているらしい。木材の隙間からは燃えやすそうに藁が敷かれていた。
「あそこに人形が山積みになるってこと……?」
すでに昇華台のいたるところに人形が置かれていた。ロフティはそれを遠目に信じられないと言わんばかりに言う。
「それに買ったばかりの人形を燃やすだなんて勿体なさすぎる……かなり立派な作りじゃないの……しかも採算とれるのかしら……」
確かに祭のためとはいえ人形は立派な造りの割りに破格の値段で売られていた。製作者側からすれば材料費や製作時間を考えればそんな値段で売るだなんて発狂ものなのではないだろうか。
「お気持ちはよく分かりますよ……それでどうですか?」
弥彦はロフティにそれとなく尋ねる。それにロフティは目を閉じずに険しい顔で言った。
「よくここに目を付けたわね。他と比べて神力が濃いわ。だけど妙ね……」
「また妙、ですか?」
「ええ……なんかこう……発酵食品の匂いがするのにその物自体が無いような……」
「例えが独特ですね……」
弥彦は不意のそれに思わず小さく笑ってしまう。
しかしロフティの感知能力は凄い。同じ場所で見ているはずの自分ではそこまで分析出来ない。
「それじゃあ、その発酵食品がどこかに移動してしまった感じなんですかね」
「残り香ってことね、一理あるかもしれないわ。ただ、あたしの感じる範囲ではこの場所以上に神力の強い場所はないわ。条件を満たせばあそこに核依代が実体として現れるかもってところかしら」
「それならここで張り込んでた方が確実そうですね」
取り合えず手詰まり、のようだ。近くの店を利用できるならそこで様子を見守ってもいいのかもしれない。
――どこか丁度いい場所あるかな。
幻の村と言ってもアイスクリームはちゃんと味がした。何か事が起こる前に食事などで一旦ほどよく緊張を解しておくのも大事だろう。
「あ、ロフティさん。そこにレストランが」
見回してみれば人波の隙間から二階建ての大きなレストランを見つける。それに気付いた弥彦はロフティに笑顔で声をかけた。が。
「うわあああああん!」
女の子の泣き声が轟いた。誰もが同じ路地へ視線を向ける。
「――? なんでしょう……って⁉」
弥彦がそう遠くに目を細めているとロフティが颯爽と駆け出した。
銀髪をたなびかせて人の合間をすり抜けていく。泣いてうずくまる少女に近寄る……と思った矢先、彼女は猛スピードで横切った。
――どうして⁉
だがすぐに理由がわかった。ロフティが手を伸ばす。すると目の前を走っていた男の腕を力強く握り足を止めさせた。
「その手に持っている物を返しなさい!」
「ちっ!」
男は人形を持っていた。息が荒く、ロフティに捕まったことに都合の悪い顔をしていた。
「きみ、大丈夫⁉」
それを横目に弥彦は大泣きする赤みがかった茶髪の少女に駆け寄り膝を付いた。
「うぐっアディのクスちゃんがああ……!」
――アディのクスちゃん?
なんのことだろうかと思っていると、こげ茶色の短髪の人形を大切に抱え持ったロフティが戻って来た。
「お友達、助けたわよ」
「――え? アディのクスちゃん!」
少女は泣きはらした顔から陽だまりのような明るい表情になり人形を抱きかかえた。
宝石の首飾りや帽子を着飾った少女の人形だ。今まで見たどの人形より高貴な容姿をしている。
――なるほど、これの所為で盗まれたのか。
魔が差してしまったのだろう。男は潔く手放したがどこかへ去っていったようだ。ロフティは思わず苦言を漏らした。
「こんな場所で盗みを働く幻が現れるだなんて、どうなってるのよここは」
それに少女が涙の筋の出来た頬のままで怪訝に首を傾げた。
「まぼろしってなあに?」
「……こっちの話よ」
ロフティはバツの悪そうな顔で視線を外した。気持ちはすごく分かる――幻といえど「あんたは実体のない空想上の人物なのよ」とは言えないだろう。弥彦はどうしたものかと言葉を捻りだした。
「それよりアディちゃんっていうのかな。こんなにオシャレした友達を独りで持ち歩いてたら危ないよ」
「でもおめかししたのに誰にも見てもらえないのは不幸だわ! 無意味だわ!」
「うっ。そういうものなのかなあ……」
少女はどこか刺々しく言った。彼女の親の仇を睨みつけているかのような強い眼差しに弥彦は何も言えなくなってしまう。ロフティはそんな少女の覇気に呑まれた弥彦に〝仕方ないわね〟というような溜息を吐いた。
「いいアディ。美しいもの自体は悪くないけれど、時に人の心に悪い気持ちを宿らせてしまうものなの。だからクスちゃんとアディの護衛が必要なのよ。それに、お披露目するなら二人でじゃなくて、お父さん、お母さんも一緒の方がより特別なお披露目になるんじゃないかしら。みんなで一緒にオシャレをしてね」
そう言ってロフティは自身のポケットから取り出したハンカチで少女の涙の痕を拭った。
「友達も戻って来たのだからその顔も洗わないといけないわ。一度家に帰りましょ、あたしたちも付いて行ってあげるから」
今まで見てきた中で一番優しい表情を浮かべてロフティは言った。それに少女――アディはハンカチを持つロフティの手ごとぎゅっと握り締めた。
「ありがとうお姉ちゃん!」
涙の痕が霞むほどの可愛らしい笑顔だ。
弥彦もロフティと同じくそれにほっとした。
「よし、それじゃあアディちゃんの家まで案内してくれるかな?」
そう弥彦が手を伸ばす。だがアディはそれをじっと見つめてからロフティの後ろに隠れてしまう。ロフティはそれを見て少し嬉しそうな顔をした。
「あんたじゃ恥ずかしいみたいよ」
――なんだか……心なしか悔しいなあ。
弥彦はどこか虚しい心境にさせられた。そんな中、ロフティの肩にいるリシェットが弥彦を励ますように「きゅうっ」と声をかけた。
「だいじょーぶだぞヤヒコ、オレがついてる」
首元にゆるく巻き付いている白夜が撫でるように弥彦の頭に顎を乗せた。
「ははは……ありがとう、白夜」
なんだか優しさが心に沁みた。




