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眠りの彼方~誰がために目覚めるか~  作者: つつじ とさか
第3章 ~あさまだきに抱かれる少女~
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2.地を這うもの、空を飛びたい②-1


 弥彦たちは黒い塵が現れなくなってからというもの、しばらく近辺を巡回していた。

 黒い塵を様々な形に凝縮させ攻撃してくる手法。それはサハテハイで接触した双子と思わしき二人の少女の攻撃手段だ。間違いなく彼女たちが遠くからけしかけたに違いない。


 だが弥彦が白夜と黒の侵蝕を収め、ロフティが少女らしき影の塊を神力の宿る武器で叩き斬った後、黒い塵はすっかり現れなくなった。


 しばらく連続的に黒の侵蝕は近辺で再発された。また襲われるかもしれないと警戒を続けながら騎乗訓練を継続する弥彦と白夜は、結局襲われない時間が経過していくだけで、別行動している夕凪と競うようにして黒の侵蝕を収め続けていくだけだった。




 かれこれ日が傾き始めた。騎乗の修練の最中に再発した黒の侵蝕の気配を察知する余裕はなかった。ただただ土まみれになり、挙げ句の果てには全く現場に駆けつけられない弥彦たちを心配して夕凪と祓が様子見しに来たほどだ。


 黒の侵蝕がもう一ヵ所に出現した。その場所に疲弊仕切った白夜は徐行で移動する。神力が作用してなくとも落ちる心配のない速度だ。弥彦もへとへとになり、打ち身を擦りながらも白夜に伝える。


 「白夜……あっちに気配がする……」


 「お、おぅ……」


 ボロボロの心身で感じ取った黒の侵蝕は思った通りの道行で見つかった。


 「もうあんたたち疲れてるでしょ。あたしがやってもいいかしら、夕凪さん」


 リシェットを抱えて飛び降りたロフティは銀の髪をたなびかせてそう言った。夕凪はその問いに頷いた。


 「こうも白夜の体力が限界ではな。いいだろう」


 白夜は「たのむぅう……」と力なく体躯を萎ませていくと普段の大きさに戻った。同じく全身が笑ってるかのように疲弊しきった弥彦はぐったりとした白夜を「お疲れ白夜……」とすっかり馴染みの定位置である首に迎えいれた。


 「じゃあやるわよ。リシェット、お願い」


 「キュッ!」


 黒いモヤの中心地に歩み寄るロフティ。その胸に抱かれているリシェットがほのかに輝いた。それが伝播したようにロフティの体に光が宿る。


 ――そういえばロフティさんってどうやって黒の侵蝕を収めてるんだろ。


 自己完結型の異能での治め方のイメージが湧かない。思えば、学業を主軸に生活していた弥彦が携わったオリジン案件は最小限だ。他の誰かが神獣や黒の侵蝕を治めた瞬間を目にしたことがない。


 「一瞬だぞ、目を凝らすといい」


 「は、はい!」


 夕凪に促され弥彦はより一層凝視した。

 貴重な場面だ。今後何かの参考になるかもしれない。そう思った時だ。

ロフティは片腕を挙げた。

 そして振り下ろした。

 叩きつけた拳からロフティを包んだ光が地を走る。するとふっと風が吹き抜け、黒い靄が消え去った。

 黒の侵蝕が収まった、ようだ。


 「今ので⁉」


 弥彦は愕然とした。


 「一瞬だっただろう?」


 「いや、あの、すごく速いです! ただ、拳、ですか⁉」


 自分では数秒はかかる。それをロフティは瞬時に収めた、確かに凄い技術だ。だがそれよりも生身で解決したことに驚きを隠せない。


 「これしかないんだもの」


 風に乱れた髪をかきあげたロフティは不満げな顔で振り向いた。どこかふくれっ面だ。


 「残念ながら黒の侵蝕にあたしの異能は作用しないわ。だから自己完結型と同じ方法でやっただけ」


 「ゼルさんもそうなんですか!」


 「かっけ~! ヤヒコもアレ、出来るのか?」


 白夜の問いに夕凪が教えてくれる。


 「セツラの研究ではパートナーである神獣の神力と異能者の体に作用される異能が混ざり合えば、今のように触れることで黒の侵蝕に働きかけることが可能だという。完全な表出型である私たちには難しいだろう」


 「あたしは〝注意をあたしに向けさせる〟異能だから、異能が体に馴染んでる? らしいわ。よく分からないけれど」


 「分からないでやれてるんですか⁉」


 「分からなくても出来ちゃうんだもの! やれるわよ!」


 「異能は未だに謎が多いからな。分からなくともやれている、というのは究明のための大きな進歩と言えるだろう」


 さして問題ではない、という調子で夕凪が言うとロフティも「そうよそうよ」と言わんばかりに大きく頷く。


 ――そういうものなのか。


 ロフティは他者や周囲の環境に直接影響を及ぼせる表出型の異能者である。しかし黒の侵蝕は人や動物のような形を保ってなどいない。直接それに異能の影響を与えられるかは判別し難いだろう。

 ただ、当のロフティが夕凪の言葉にどこか焦って同調しているようにも見える。セツラの研究と若干食い違っている気がしてならない弥彦は心に不完全燃焼のような燻りが残る心境だ。


 ――考え過ぎても仕方ないか。


 事実、自己完結型と同様の方法で何度も黒の侵蝕を対処してきたのだ。謎が多くとも困ることはない。

 黒の侵蝕も神獣も異能も未知な存在だ。ひとまず弥彦はそう納得して胸中に収めるのだった。




 そんな弥彦たちは黒の侵蝕の気配が無くなったのを確認した後、アルバドリスに帰国した。

 第一空港に辿り着いた時には空に星が見え始めていた。特別自然災害対策課から迎えの車が来ており、灯りのともった街並みを走行していく。間もなくして異能者協会本部に辿り着き白の神獣たちを空中庭園へ送り届けた。そこからオリジン専用オフィスにてロフティと共に報告書を作成していく。添削の意味を込めて夕凪に提出すると一通り読んだ彼は労いの言葉をかけた。


 「ご苦労だった、報告書はこれでいいだろう。それとお前たちの任務のことだが、ポトビトシアの準備も整いつつあるそうだ。近いうちに具体的な連絡が届くだろう。よく英気を養ってくれ」


 「ありがとうございました! お先に失礼します!」


 そう二人で深々と一礼し、その場を後にするのだった。

 今日の大仕事が終了した。オリジン案件をこなした後はものすごくお腹が減る。

 弥彦はロフティと共にエレベーターで降りていくなか、モニターを眺めるロフティに気さくに話しかけた。


 「お腹が減りましたね。ロフティさんはこれからどうされるんですか?」


 「そうね、家に帰って適当な物を食べようかしら」


 「自炊ですか、いいですね。今日の夕飯の内容はもう決まってるんですか?」


 この美貌だ。食べているものにも気を使っていることだろう。ストイックでなければこの引き締まった健康的な体と艶やかな長髪を保てないはずだ。


 「自炊ってほどでもないけれど……なにがあったかしら」


 モニターから視線を離し考え込む。少ししてからロフティは言った。


 「カップ麺」


 「カッ――⁉」


 健康的な食生活から離れているものが出てきた。いや多忙な日は手軽に済ませるスタイルなのだろうか。


 「確か最後の一つが残ってたはず……いや、もしかしたら無かったかも……この前箱を捨てたし……」


 いや、この様子では結構な頻度で食べてそうだ。


 「か、カップ麺が無かったら他に食べれるものはあるんですか?」


 「…………ま、なんとかなるでしょ」


 「思考放棄しませんでした⁉」


 「なによ。そんな気にする必要ないわよ。一日くらい食べなくても問題ないもの」


 「もしかして朝なにも食べてないってことは」


 「食べてないけど」


 「そんなっ⁉」


 毎日三食摂取したい派の弥彦は驚愕するしかなかった。そうなれば今日ロフティが取り入れたものは昼のサンドウィッチだけということになる。これで身が持つものなのだろうか。少なくとも自分には真似しようものなら一日で動けなくなるだろう。


 エレベーターの軽いベルの音が鳴る。高層から降りてきたが途中で止まることなくスムーズに一階に到着したようだ。ロフティはたいして悩まず行き当たりばったりで帰宅しようとばかりに出入り口へと歩を進めていく。弥彦は追いかけるようにして尋ね続けた。


 「もしかしてあまり料理されないんですか?」


 「そうね。独りだと作る気力湧かないのよ。適当にお湯を使って食べれるやつとか、袋を開けてそのまま食べれるやつとかでちゃちゃっと終らせてることがほとんどだわ」


 ――絶対栄養偏ってる!


 なんだか心配になってきた。今は良くとも将来不調を来しそうな予感しかしない。


 「ロフティさん、ちょうど待機命令で時間ありますし食生活見直してみませんか?」


 「えぇ……」


 ――乗り気じゃないみたいだ!


 こんなに食に関心がない人は初めてかもしれない。

 本人の意思を尊重したいのは山々だが、せめて今枯渇しているであろう栄養を少しずつでも得てもらいたい。そう思ってしまう。


 ――たぶん炭水化物と塩分以外足りてないんじゃ……。


 どうしたものかと異能者協会本部から出た瞬間、心地の良い涼しい風が頬を撫でた。頭上は夜空が広がっているが、ここ一帯は街灯や異能者協会本部の明かりで星が見えないほど明るい。


 ――僕も今日はどうしようかな……。


 今日はかなり疲れた。自分も調理する気力が湧かないな、と弥彦は呆然と思うと、ピンと閃いた。


 「ロフティさん、もしよかったら一緒に夕飯にしませんか?」


 「はっ⁉」


 ロフティは素っ頓狂に声を挙げた。


 「い、いいわよあたしに気を使わなくても! これでも健康診断で引っ掛かったことないんだから大丈夫よ!」


 「ま、まあロフティさんの栄養状態も気になりますけど、僕も今日は作る気力がなくって。こういう時はとびきり美味しいお店でご飯食べたいなと丁度考えてたんですよ」


 ロフティはその言葉に目を輝かせた。


 「美味しいお店、ですって?」


 ロフティはゴクリと唾を飲んだ。


 ――お、これは行けるのでは?


 無頓着でも美味しいご飯は別なようだ。手ごたえを感じた弥彦はロフティに笑顔で追い込みをかけた。


 「それはもう美味しいところです! ここからそう遠くないですし是非一緒に――!」


 そう言葉を言い切ろうとした時だった。


 「来杉せんせ?」


 聞き覚えのある声に呼び掛けられ、弥彦はふと振り向いた。

 リブル・フォイエルバだ。鞄をかけて歩み寄る彼の目は眼鏡の奥で驚いたように丸くなっていた。それに同調するように弥彦も驚きに声がうわずった。


 「フォイエルバさん⁉ どうしてこんなところに⁉」


 そう言われて、フォイエルバはすぐそこの異能者協会本部をちらりと見てはにかんだ。


 「そういえばそうだなあ、こんな場所に居て不思議なのはわての方かあ。わて、そこの公園で絵を描いてたんだあ」


 鞄からスケッチブックを取り出し教えてくれたフォイエルバは、弥彦の隣にいるロフティにはっとなった。


 「あ……わてったら来杉せんせしか目に入ってなくって……! すんません、お邪魔して……!」


 フォイエルバはあわあわとした様子で頭を何度も下げた。

 だが、ロフティは何も言葉を返さなかった。


 ――あれ?


 違和感に思った弥彦はロフティに視線を向ける。


 ――っ⁉


 だが顔を確認する前に視界がぐるりと変わった。気付いた時にはロフティの顔がすぐ隣にあった。どうやら肩を組まれてフォイエルバに背中を向けた状態にもっていかれたようだ。戦場だったら死んでいたかもしれないと思えるほどの身のこなしだ。


 ロフティは見たことがないくらい慌てふためいた表情で、だがフォイエルバに聞こえない声量で声を張った。


 「どういうこと⁉」


 「どういうことってどういうことですか⁉」


 「あああああんた〝せんせ〟ってなんなのよ⁉」


 「ああそれですか! 僕、国立病院で異療発展研究科にお世話になってて、彼とはそこで知り合ったんですよ……!」


 「それで先生って呼ばれてるって普通の関係じゃないわね⁉」


 「あの、個人情報ってやつでなんも言えません!」


 「それ答えてるのと同じよ……!」


 「あ!」


 自分の担当の患者様だと察せられてしまった。もっとうまく言えなかっただろうかと思わず顔を歪ませていると、フォイエルバが遠慮がちに言葉を放つ。


 「お邪魔だったならばわてはここでお暇をぉ……」


 去ろうとしている雰囲気が背中越しにひしひしと伝わってくる。


 ――何か勘違いされてる気がする⁉ ああ、せっかく声をかけてくれたのに……!


 「そんなお邪魔じゃないですよ!」と言いたくて弥彦はフォイエルバに振り返ろうとした。と、思いきや。


 「ちょ、ちょっと待って!」


 先に呼び止めたのはロフティだった。弥彦への拘束を解き、即座にフォイエルバに向き合った。


 「その……悪かったわ……取り乱して変な挙動をとってしまって……」


 反省の色を帯びた声音で言った。素早い身のこなしだ。弥彦は急に拘束を解かれてふらっとしつつも姿勢をなんとか戻して二人を見やる。ロフティはこちらにも申し訳なさそうに目を配らせ「急にごめんなさい……」と似合わないくらい気を落として言った。


 「い、いえ、少し驚きましたが大丈夫ですよ。それよりどうかされたんですか?」


 そう尋ねると、ロフティは片腕に手を当てて、視線を泳がせた。


 「あの、その、実は……!」


 どこか気恥ずかしい様子だ。明らかに様子のおかしいロフティに対して。


 「は、はいなんなんだなあ⁉」


 フォイエルバはがちがちな表情になる。

 その矢先、ロフティが勢いよく頭を下げ声を裏返らせた。


 「あたし、あなたの大ファンなんです!」


 濁りの無い空気に、張りのある声が超特急で突き抜けた。

 

 「……え?」


 第一声は弥彦だ。嘘みたいにロフティとフォイエルバは固まって微動だにしない。


 ――だいふぁん?


 脳裏でロフティの言葉を反芻しているうちに、氷がゆっくりと溶けるようにロフティは理性を申し訳程度に取り戻していく。前のめりになった体を起こせば顔は真っ赤だ。


 「ご、ごめんなさい! 驚かせてしまったわね⁉ ああもうあたしったら……!」


 凄く恥ずかしそうに熱くなっているだろう顔を両手で覆った。どうやら本当に気が動転しているようだ。

 それに対してフォイエルバは驚いた表情で北の果ての氷塊のようにかちんこちんに固まっている。唐突の告白が衝撃的だったのだろう、言葉を失っている様子だ。

 弥彦は二人の様子を眺め続けてようやく状況が掴めた。


 ――もしかして絵本の読者ってこと⁉


 リアトト・ブルシアンという名前で絵本の作家活動をしているフォイエルバは先日サイン会を開いたはずだ。大ファンというのであれば顔を知っててもおかしくない。


 ――というと、ロフティさんはテンションが凄く上がってて、これ以上暴走しないようになんとかブレーキをかけようとしている?


 だがどうやら二人は動揺しまくっている。互いに次にどう切り出そうか非常に戸惑っているような空気感がだだ漏れだ。このままにして置いていったらどうなってしまうのだろうか――そんな好奇心がほんのり疼きだす。


 ――いけないいけない。


 弥彦は悪魔の思考を振り払う。少しずつ道行く人たちの目が気になってきた。弥彦は咳払いをした。


 「あの、もしよければ一緒にお茶していきませんか?」


 その一言に二人は弥彦へ視線を向ける。するとおかしいくらい油の切れた機械のようにじっくりと同時に頷いたのだった。


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