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31話 





 何かが書かれている巨大な壁面と大きな祭壇を前に、黄色い炎が灯る松明が、広い部屋の岩壁を照らしている。

 その空間の中で、倒れる仲間達を横目に暴れ回る岩の巨人の拳を避けながら、飛来する石礫いしつぶてを弾いていく。あらゆる方向から放たれる石礫を弾くのは容易ではなく、徐々に傷が増えていく。

 セイランの幻覚は意味を為さず、ファイの助力も殆ど期待できない状態。リーゼさんは完全に動けず、ミスケルさんは気絶。

 そして、僕は少年の様な姿を基にした土の精霊と溢れる後悔を胸に秘めながら、相対していた。


「こんなはずじゃ……」






 本日晴天。実に冒険日和である。流石にゼミスに勝ったからといって、すぐに土の精霊の遺跡に行く事はなく、まずは下調べをギルドでして、攻略に必要とされた装備を三日ほどかけて整え、ギリギリのタイミングで斥候職の冒険者も雇えた僕らは準備万端、ゼミスからもいけるんじゃない?という雑な答えをもらい、今馬車に揺られながら進んでいる。


「大体ソーズから七時間かかるんですよね」

「そうらしい」


 今回のリーゼさんは土属性の魔法に耐性のある、ロックリザードという中型のトカゲを丸々使った軽鎧と、オドを流す事で斬れ味を保つ事ができるという大剣を装備している。(ルーズ厳選装備)

 僕は僕で、同様にロックリザードの皮で作られた皮の鎧(こちらもルーズ厳選装備)と、いつもの小剣、予備にもう一本短剣を持ってきている。

 ミスケルさんはよくわからない色合いのローブを着ている。本当によくわからないんだ。見た方向や、角度によって色を変えるそうで、背後の色に同化する様になっているらしい。基本的には戦闘に参加しないスタイルだ。

 それと、今回雇えた斥候職の冒険者は、銀級のメイデイという寡黙な女性で、戦闘力はそこまでではないが、罠の発見や、解除においては金級の冒険者と相違ないという事で、ギルドから斡旋され、一時的にパーティに参加する事となった。装備は僕と同様の革鎧を貸し出し、耐性については完璧だ。


「キュキュイ!キュキュ」

「そうかそうか。セイランは凄いんだねぇ」


 と、御者席でセイランと会話しているのはご存知本の魔物、ゼミスだ。ゼミスは僕達に課した試験とその試験の結果を母さんに知らせた結果、指名依頼が出され、僕らの同伴を命じられていた。まぁ、同伴といっても遺跡の中までは来ないらしい。ついでとばかりに御者もお願いした。コイツなんでもできるよな。


『楽しみだね〜』


 ファイはいつも通り、僕の頭上をクルクル回りながら、尻尾をふりふり振って、土の精霊に会うのを期待している様だ。


 土の精霊ってどんな奴なんだ?


『うんー。優しかったよー。ゆっくりしてってねって木の実とかくれたし』


 ほーん。


「…………」

「リーゼさん、今日はどんな感じです?」


 今日も今日とて精霊の本を開き、何かを話している様なリーゼさん。僕も偶に見せてもらえるけど、ファイ以外の精霊と話せはしなかった。


「今日はいつもより静かな子が来ているな」

「そうなんですか」


 本を覗いても何も見えないが、リーゼさんは時折頷き、目を細めて笑みを浮かべている。


「……」


 それなりの速度で流れていく景色を見ながら、遺跡への期待を胸に、ゆるやかな時間を過ごしていく。




「のも、限界あるんだよなぁ!!」

「どうしたんだ坊主」


 暇過ぎる!!今日に限って魔物にも襲われないし!いや、襲われない原因は御者のエルフなんだけど、いやいや暇で暇で。メイデイさんは静かで、そりゃもう静かで会話にならないし、リーゼさんはファイとセイランを膝の上に、すやすやと眠っているし、唯一話せるミスケルさんは、御者席のゼミスと延々と話し続けてるしで、もうね。


「君も寝てればいいのに」

「興奮しちゃって寝れないんだよ!」

「盛んだねぇ」

「その興奮じゃないから!!」


 思わず出てしまった大声に、リーゼさんが顔を歪める。ごめんなさい。


「ん……」

「大声出したら起きちゃうよ。全く。本でも持ってくれば良かったのに」

「そうなんだけどさぁ」

「……仕方ないなぁ。じゃあこの本でも読んでなよ」


 ゼミスは徐に懐から、細く、二ページくらいしかないように見える本……いや、もうそれ本じゃなくね。

 タイトルは無く、冊子は黒い。なんだこれ本当に。


「面白いからさ」


 なんか悪戯でもしようとしてる感じの顔してるんだけどコイツ。嫌だなぁ。


「…………」


 でも暇だし。恐る恐るページを開くと、黒い紋様が最初のページを埋めていて、ちょっと引きながらも次のページをめくると、とある冒険者の冒険というタイトルが浮かぶ。


「なんだこれ。でも次のページは無……え、あるんだけど」

「聞いて驚くなかれ。これは君のお父さんと遺跡を回ってる時に手に入れた、とんでもなく貴重な本でね、私もどうなってるのか正直よくわかってないんだけど、最初のページを見た後から、所持者が読みたいような内容を本が自動的に生成していくんだ」


 驚くどころの話ではないんだけど。


「な、なぁ。これ売ったら……」

「何、国宝級のレア物だからねこれ。値段はつけられないんじゃないかな」


 手に持っている本がとんでもないもの過ぎて、手汗が凄い。というかそんな物ぽいって渡すなよな!?


「物語を生成するだけなのに、そんなにするのか?」

「違うんだよミスケル。これが生成するのは物語だけじゃないんだ」

「…………と、いうと」

「察しはついたんじゃないかな。そう、魔導書など、本来国が管理していたり、魔法使いが代々受け継いでいるような物が、これひとつで全て読めるんだ」


 これなんか聞いたらいけない話な気がする。どう考えてもやばい気がする。


「実在する本の内容しか生成できないみたいだから、リーゼの記憶の内容を本に生成とかはできないんだけどね」

「…………なぁ。ワシにその本を……」

「却下だ。因みにこの本は私が許可した人間しか触れる事はできないからね」

「い、嫌だ。怖くて読めない……。最初面白そうな物語のタイトルだったのに、今確実に読んだらいけない内容のタイトルになってるんだけど」

「あははは。気をつけた方が良いよ。国の最重要機密とかも、本であるなら見れてしまうからね」


 うわぁぁぁぁ!そんな事言うなよ!今タイトルが変化したのが見えたぞ!


「か、返す」

「おや。いいのかい」

「怖すぎて持ってらんないわ!」

「そうかい」

「なぁ……」

「却下」


 今の話を聞いてもやはり読みたいのか、ゼミスに声を掛けようとするミスケルさんだったが、ニッコリと笑みを浮かべたゼミスは断り続けるのであった。




「……そろそろだよ。起きなさい」


 肩を揺さぶられ、いつの間に寝ていたのやら、目を覚ますと、他の遺跡とは異なる、なんだか神聖な雰囲気を放つ、大きな遺跡が見えた。


「お、おぉー」

『…………』


 僕より先に起きていたファイは、遺跡の方を無言で見つめている。


「どうしたんだ?」

『…………おかしいんだ。遺跡の周りの精霊が皆静かにこっちを見てる』

「ええ?」

「やっと、最初の遺跡に来れたな」

「あ、そうですね。色々お待たせしまして」


 リーゼさんは、遺跡を見ながら呟き、ちょっと申し訳なさで頭を下げた。


「ふふ。正直いつになるのだろうかと、ソーズに来た時は思っていたんだが、予想を遥かにこえて、実力をつけたからな、君は」


 リーゼさんは首をふり、小さく笑う。


「足手まといにならないように、頑張りますよ!!」

「あぁ。期待している」



 そして、遺跡を前に僕達は、探索中の動きの確認を済ませ、馬車の前で手を振るゼミスに見送られながら、遺跡へと足を踏み入れた。

 この時、ファイの話をゼミスやリーゼさんにしていれば、また違う結果になったのだろうかと、僕は後悔する事になる。





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