11話 少女と僕の母
「ただいまー」
「ただいま帰りました」
家に戻ると、いやにシンとしていて静かだ。物音さえ聞こえない。
「母さん?」
「シッ。二階で何か聞こえた。行こう」
「はい」
まさか、あの少女が何かしたのか。
焦る感情を抑えてゆっくり階段を上がり、母さんの部屋の前で二人耳を澄ませるも……?
「ゆっくり……開けよう」
扉の取手を静かに握り、ソッと扉を開けるとそこには
「…………すぅ…………すぅ」
「………………」
「キュ?」
母さんと先程の少女。その少女の上に小さくて綺麗な水色のネズミ?が寝ていた。
寝ている姿は実に可愛らしい。年頃の女の子に見える。
「……どうしたらいいですかね?」
「少女については母君に一任したので、これが答えという事でいいのだろう。起こさぬように出て、外で昼食をとろうか」
「ですね」
『お帰りぃ!!』
「ひあっ!?」
ソッと扉を閉めようとしたら、その見えない所で寝ていたらしいファイが飛び出してきた。慌てて受け止めたら、少女と母さんが目を覚ましてしまった。
「うん?おかえり、グロース」
「あ、ぁ゛ぁ゛ー!!ぁぁ……」
母さんはいつも通りだが、少女は現状をすぐ様理解して羞恥で悶えていた。
「あーご飯作れてないや、ごめんねグロース。この子寝かしてたら、私まで寝ちゃった」
「いや、それはいいんだけどさ。どういう状況?」
「えっとねー。人の物は盗んだらいけませんって言って。可愛かったから私が隠しておいた秘蔵のオヤツをあげて、可愛かったから撫でくりまわしたら、いつの間にか寝ちゃった」
うーん。母さんの性別が女性で良かった。男だったらまずアウトだな。
「なんなんだよこのババァ!!人の事可愛い可愛いって延々と撫でてきて!服も脱がされて身体中……ハッ!?」
「あ、まずい」
母さんへの禁句シリーズ。ババァや年増など、年齢を揶揄する言葉は言わない。
ガシッと頭を両の手で掴まれる少女。
「ア〜ン〜リ〜ちゃぁん?」
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
南無三。と言っても流石にちびっ子に酷いことはしない。ただ凡ゆる擽ったそうな所を攻められるだけだ。
「良いな……」
何が!?ボソッと呟くリーゼさんにびっくりする。擽られたいのかな?それとも擽りたいのかな!?
「リーゼちゃんもおいで!」
「ま、いや、見てるだけで良か––––!?」
母さんイヤーはリーゼさんの呟きを聞き逃さなかったようだ。リーゼさんは瞬く間に掴まれて、母さんの擽りの餌食となっていった。
「うわぁ」
数分後。擽られ過ぎて肩で息をしているリーゼさんと少女が出来上がり、その二人の間で腕を振り上げている母さんがいた。
「まだまだ私は若いよ!!ババァなんて言ったら怒るからね!?」
「母さん、多分聞こえてないよそれ」
いや。聞こえてはいるのだろうが、動く事も出来なくなった少女達を見て息を吐いた。
「ところで、グロース。この子はなぁに?」
『見えるのー!?』
「見えるの!?」
隣でパタパタと翼をはためかせながら、自分の尻尾を追いかけてクルクル回るファイを指差す母さん。
「精霊よね?」
「そうだけど、なんで!?」
「契約している精霊ってね、特に近い親族には見えやすいのよ。見えない人もいるけどね。名前はなんて言うの?」
『僕はファイタン!グロースに付けてもらったの!!』
「そう。可愛いわねー。こっちおいで」
『うん!撫でて撫でて!』
自身を見てくれる人間が増えた事が嬉しいのか、直ぐに母さんの腕へと抱かれて、尻尾を絡ませる。
「炎みたいな身体だけど、ちゃんと触れるのねぇ。でも暖かくて気持ちいいわ。冬になったら抱いたまま寝てたいくらい」
『良いよ!!』
余程母さんの抱き心地が良かったのか、離れようとしないファイ。
すると、リーゼさん達は体力が回復できたのか、まだ顔をほんのり朱に染めながらも立ち上がる。
「あ、それでね、グロース。アンタ達、近々旅に出るんでしょ。この子も連れてってほしいのよ」
「は「はぁ!?なんでこの筋肉女とへっぽこ野郎と旅になんて出ないといけないんだ!俺は嫌だぞ!」
僕が驚くよりも早く、少女が怒鳴る。こんなちびっ子にまでへっぽこって言われてしまうとは。でも最近の僕を省みて、否めなくてまた悲しい。
「こら!女の子なんだから、俺って言わない!それに約束したでしょ!盗みはやらないって!別に仕事を紹介するくらいなら、出来ると思うけど、嫌だって言ったのはアナタでしょう!?」
「いーやーだー!」
「全くもう!」
「か、母さん。そんないきなり言われても、僕も困るよ」
「だってぇ。この子一度だけだけど、私から逃げきれそうだったのよ!?街道へ出て、投擲した石とかも全部避けちゃうし、魔法も使えるし、すんごいのよ!?」
「街中で石を投げるなよ!魔法も撃つなよ!?」
二人してぷくーっと頬を膨らませる。アンタらは親子か。
「俺は嫌だからな!」
「僕も困るよ。フットワークが良いのとかは凄いけどさ」
「えっとアンリちゃんだっけ。君がそこまで嫌がるのは何か理由があるのかな?今はまだ君が子供だからその生き方でもギリギリ許されているだけで、僕くらいの年齢になれば奴隷に落とされてもおかしくないんだよ?」
「……」
「一緒に来てくれるなら、明日の朝までに決めてくれないか。それと、母さん、いきなりで悪いんだけどさ、僕達領主様の使者さんにソーズまで送ってもらえることになったんだ」
「嘘、もう行っちゃうの?いくら何でも早過ぎない?漸く帰ってきてくれたのに、リーゼちゃんもやっと仲良くなれてきたのに……」
母さんは悲しそうにリーゼさんの手を握る。リーゼさんも心苦しそうな顔をするが、
「母君。私は記憶を取り戻したい。何があるのかはわからないけど、何もわからないのが不安で仕方がないんだ」
「母さん。僕は冒険がしたい。ただ冒険者であるだけでなく、冒険家でいたいんだ」
「…………」
「お前ら!このバ、女が、行って欲しくないって言ってるのに、言っちまうのかよ!?こんな広い家で一人にする気かよ!」
母さんが黙り込んだ代わりに、何故かアンリが憤りをみせ、僕の胸元を掴んだ。
「アンリちゃん……」
「君は関係ないだろ」
「ないけど、ある!!」
「なっ!?」
理不尽だが、僕も母さんに罪悪感が湧いてしまってなんとも言えない。
「ヘタレ冒険家ァ!てめぇは自分の母親を悲しませてまで、そんなに遺跡に行きてぇのか。もしてめぇが遺跡で死んじまったらどうすんだ?この女は一人になっちまうだろ!」
「筋肉女ァ……てめぇの事はよく知らねえが、そのなくなった記憶がそんなに大事か。今この場にいるババァを一人置いてまで、取り戻したい事なんか!?」
僕とリーゼさんは二人とも吃る。
「てめぇは本当に特にムカつくんだよ、ヘタレ冒険家。今まで幸せに生きて、両親にも恵まれてて、その癖やりたい事ができたから家から出ていきますだぁ?冒険者なめてんじゃねぇぞ!お前の人生全てがおんぶに抱っこだもんなぁ!」
「き、君が僕の何を知ってるって言うんだ!?言わせておけば……!」
僕が堪らず言い返すと、憤怒の表情で知っていると叫んだ。
「知ってるさ、てめぇの事なら。街のみんなが知っている。冒険家リリィと冒険家ゼクスの愛する息子。街の人間はその二人に助けられ、生きている。俺の父親だってそうだ。俺の父親は、てめぇの父親に助けられ、命からがら逃げ出せた。だけど。だけど!!てめぇの父親は、死んだ」
「まさか、ゼクスちゃんのいたパーティに、アンリちゃんのお父さんがいたの……?」
「……あぁ。親父は、逃げた先でアンタに責められ、見捨てたと街の人間にも責められ。冒険者業を廃業し、ただのクズになった」
「……」
「別に、ババァ……アンタには怒ってねぇよ。街の人間にも。だが、アンタの夫は英雄だった。死ぬべきは俺の親父だったって、俺の母さんは言って消えたんだ」
誰も、何も言えなかった。冒険家は、冒険者より死にやすい。決して無謀な挑戦ばかりをするわけではないが、危険な遺跡に挑戦する事を好む人間が多い為、父さんの死は予想はできていた筈だ。だから、パーティの力を過信して、無茶な挑戦をした結果父親が死んだのは、ある意味では仕方のない事なんだ。
と、頭で理解はしていても、共にいた彼らが少しでも頑張ってくれていたら、もしかして……と思ってしまう。
「始めはちょっとやさぐれてただけだった。それが酒を呑むようになり、何もせず、飯だけを要求するようになった。母は消えて、俺には親父と妹が残された」
「妹さんがいるの!?」
「俺は、食い物を持って帰らないといけねぇ。妹を守らないといけねぇ。助けを求めても、アイツの娘だとわかると、誰もが伸ばした手を引っ込める」
俺はどうすりゃいい、どうすりゃいいんだって僕を掴む手を離し、彼女は膝を付いた。
「……。母君。考えてる事は同じか」
「そりゃあ、ね。アンリちゃん。あなたのお家を教えてくれる?」
「え?なんで?」
母さんは膝をつき、項垂れるアンリちゃんを撫でながら問う。
まぁ、今のを聞いて母さんが動かないわけがない。僕だって。
「なんで?俺の親父が、アンタの好きな人間を殺したようなもんなんだぞ?」
「そりゃあ、あの人を亡くした時こそ、私は泣いてしまったけど、冒険家を名乗っているのならば、いつ死んでもおかしくないような、スリルのある冒険が大好きだって言っているようなものだもの。本当に、いつ死んでもおかしくなかったのよ」
それにね、と母さんは続ける。
「あなたのお父さんをゼクスが救ったのは、助けたかったから。死んで欲しくなかったからよ。だから、貴方のお父さんが助かった事は、あの人にとって喜ばしい事なのよ。それで、アンリちゃんは、あの人が守った友達の娘なら、私はあなたを全力で助けるわ。今日初めて会ったなんて関係ない。あの人が死んでしまった原因かなんて、関係ない。あの人と一緒で、私が助けたいから、助けるの」
母さんと僕達を泣きそうな目で、アンリちゃんは見回す。
「………………お願い、します。父さんを、私達を、助けて」
「まかせて。お母さん頑張っちゃうわ!」
母さんは胸を張って、ぽんぽんと優しく彼女を撫でた。




