10話 私と少女 僕達と使者
10話 私と少女 僕達と使者
––リーゼ視点––
速い。単純な足の速さは恐らく私の方が速い筈だが、人垣を障害物がないかのようにスルスルと抜け、小柄をな身体を活かした足運び。その技術を伸ばさねばならなかった理由はあるのだろう。……だが、母君に頼まれた物は返してもらわねばならない。
「待て!!」
「しっつこいなぁ!!」
少女の掌に水色の魔法陣が展開される。陣数は一。水の初級魔法か。
「ウォーター!」
「ふんっ!」
放たれた魔法を力付くで振り払う。少女はギョッとしながらも、歩みを止めず、裏路地に入った。
グロースはもう後ろにいない以上、頼りにはならないだろう。
「待ちたまえ!!」
「へっ!嫌だね!捕まえられるもんなら捕まえてみな!!」
少女は路地の壁と壁を器用に伝って屋根の方まで登っていく。
「アンタみたいな筋肉女じゃ、ここまではこれないだろ!!」
「舐めるな!」
足に力を入れ、思いっきり跳躍する。ちょっと地面がえぐれてしまったから、覚えておこう。直してもらわねば……。
そして私は少女の頭上を超えた先の屋根に着地した。
「ば、化け物かよ、アンタ」
「観念しろ。逃げ場はないぞ」
「何言ってんだ。俺はまだ捕まってないし!逃げ場もこんだけあっ––––」
不意になにかに押されたかのように、屋根から落下する少女。
「きゃあっ!」
「危ない!!」
私は少女を抱き抱え、地面へ着地。抱え切れなかった荷物は……。浮いている。
「ファイ、危ないだろう」
私にはファイの声も見た目もわからないが、そこに居るのはわかる。
「え?え?何?なんかいるの?」
「あぁ。私にも姿は見えんがな。まぁそれはいい。大人しくしてもらおうか」
胸に抱く少女の手首を強く握る。
「痛っ!痛い痛い!」
「このくらいで握っておかないと、逃げられそうでな。とりあえず、君の名前を聞いておこうか?」
「……嫌だね」
「このまま手首を握り潰してあげようか?」
「ヒッ……やめ、やめてほしい。俺は、アンリ……」
「そうか。私はリーゼ」
先日のグロースのように抱かれる腕の中の少女は、強がりつつも微かに震えている。
「君をこのまま衛兵に突き出しても、良いと思っているんだが」
「そ、それだけはやめてくれ!俺が食い物を運べなかったら」
「運べなかったら?」
「…………」
この都市は多分、結構暮らしやすい方だと思うのだが、それでも暮らせない子はいるということか。
「随分と慣れていることだし、初犯ではないのだろうな……」
「あぁ。結構やってる。普段なら気付かれないんだ。なのに」
「私には気付かれたと。残念だったな」
私はゼミス殿から精霊の本と、それを常に身に付けられるように、ケースを借りて腰につけている訳だが、そこから声を聞き盗みに気付いたわけだ。
「あーくっそ……」
「とにかく、先に荷物を母君に届けなくてはならないからな。一緒に来てもらおうか」
「はぁ!?一緒に?」
「何、盗まれた物は母君に頼まれた荷物だからな、母君に裁定を求めようかと。早速だが行くぞ。大分時間を掛けてしまっているから、母君が心配しているかもしれない」
「ちょ、自分で歩くから!おろ、下ろし––––––––」
ダンッと大きく跳躍し、アンリが叫ぶ。まぁ私からの意趣返しみたいな物だと思ってくれ。
何度目かの跳躍の後、普通に街道を通って家に着くと、やはり玄関でソワソワとしている母君がいた。
「リーゼちゃ……ん?」
「ご心配をかけたようで。ただいま戻りました」
「えっと、その可愛らしい子は?」
「この子は母君の荷物を盗んだ子です」
「ええ〜?グロースは?」
「あ」
「はぐれたのかな?まぁ、街の中なら大丈夫だと思うけど」
「すんません」
家の中に入ろうとすると、声を掛けられる。いつぞやに見た衛兵の一人だ。
「うん?私達になんか用?」
「領主様の使者がいらっしゃったので、ギルドに来ていただきたいのです」
「あぁ。なるほど了解し……この子はどうしましょう」
「逃してくれてもいいんだぜ!?」
ここぞとばかりに逃げ出そうとする少女の頬を母君が抓る。
「痛っ!?」
「貴女はとりあえず私と一緒に家で待ちましょ。うちの子も一緒に行った方がいいのよね?」
「ええ。そりゃもちろん」
「じゃああっちの方から疲れた顔して歩いてる子がいるから、そのまま連れてってあげて」
「はい?」
市場がある方向から、ちょっと疲弊の色が見える顔で歩いてる青年がいた。
「グロース!」
「リーゼさん!あの子は?」
「捕まえて、母君に渡してきた」
「そっか。リーゼさん、ギルドに領主様から使者の方が来たらしいから一緒に行きましょう?」
「丁度ギルド役員の方がその件で呼びに来てくれた所だ」
「こんにちは」
「へぇ。こんちは」
ギルド役員と挨拶を交わしたグロースは周りを見回す。
「あれ?ファイは?」
「ん?さっきまで居た気がするが……」
「まぁ、また後で合流できるでしょう」
「そうだな」
––グロース視点––
そんなこんなでギルドに来た僕達は、応接室に待っていた使者と会う。
「こんにちは。ワタクシ、レイベル伯爵の部下であります、レギオンと申します。記憶を無くした、非常に強い騎士がいたとのことですが、こちらの女性ですか?」
「はい。今はリーゼと名乗っております。本日は私の為にお越しくださり、ありがとうございます」
「僕はグロースと申します」
ジッとレギオンはリーゼさんを見、一周する。
「随分と綺麗ですね。もっとガサツな風を想定しておりました。これならばレイベル伯もお喜びになるというもの。是非貴女を雇わせてもらいましょう。胸はやや平坦ですが、それもまた一興。一日準備期間を差し上げますから、早朝、さっそくシルズへ行きましょう」
流れるようなセクハラにドン引きしながらもリーゼさんは否定をするが……。
「ま、待ってください。別に、私は雇ってもらいたいわけではなく……」
「うん?そんな事は関係ありませんよ。レイベル伯が、そうしたいとおっしゃったのですから、貴女は雇われるのです」
これは、まずいのでは。
「拒否権なんて、ありませんよ」
「ちょっと!勝手すぎじゃないですか!リーゼさんの意思は無視するんですか!?」
「貴方は、レイベル伯に逆らおうと言うのですか?」
「逆らうなんて……」
貴族様に逆らうのは……冒険者の国といっても、流石に厳しいかなぁ。でも、リーゼさんが連れて行かれるのは僕だって嫌だ。
「いえ、彼女は僕と旅に出るんです。その話は、」
断りますと言い切る前に、リーゼさんが僕の前に手を出した。
「お断りさせていただきます。領主様がどのような訳で、私のような無骨な者を雇おうとしてくださったのかはわかりませんが、私は彼と記憶を探す旅に出たいのです。なので、お断りします」
「本当に逆らうと?意思は硬いと?」
「「はい」」
二人の声が重なる。
「クックック……あっはっはっはっ!」
「「!?」」
レギオンが急に、腹を抱えて笑い出す。これまでの不審な空気は消えて、よくわからない空気と化した。
「あー。笑いました。すみませんね。若いって良いですねぇ。や、すみません本当」
「笑い過ぎだ、レギオン」
「ジグさん!?」
応接室の扉を開けて入ってきたのは、先程遺跡を攻略すると言って飛び去った筈のジグさん。
「あーいつ見てもお前さんは呆けた顔をしてんな?」
「半分は本当なんですよ?レイベル伯が雇いたいかなと言ったのは本当で、でも強行する予定は全くなかったのです」
「なんでこんな風に……?」
「いやぁ、このくらいの苦難。いや、別に苦難でもない気がしますが、これくらいは跳ね除けて貰わないとってギルドマスターがね?」
試されてたのか……!
「我が主は、そんな横暴な事をするお方ではありませんよ。貴方がたを試したのはワタクシの勝手です。謝罪致します」
「い、いいいえ!大丈夫です」
「私も大丈夫です」
頭を下げるレギオンさんに、慌てて頭を上げてもらうように頼む。レギオンさんはニコッと笑って僕達を見る。
「ただ。本当にそういう貴族からのご命令だった場合。あの断り方はよろしくありません。反感を買って仕舞えば、国にいられなくなる可能性もありますからね」
「はい……」
「そういう輩の対応の仕方は追々覚えると良いでしょう。幸いここは冒険者の国。冒険者を敵に回しては、貴族と言えども無事に済むとは言えますまい」
そんなに強いんだ。冒険者の存在って。
「勿論、大陸最大の国、ディレクトルや、奴隷国家と呼ばれるヘルズニアではそこまでの力はありません。特に、ヘルズニアでは問答無用で奴隷にされるかもしれませんから、お気を付けて」
「はい」
「注意喚起もした事ですし、ワタクシは一度宿に戻らせていただきます。明朝に護衛と共に、シルズへ帰る予定ですが、良かったら途中までご一緒しますか?確か、ソーズ周辺の遺跡から回っていくんですよね?」
「良いんですか?!」
「ええ。こちらとしても、優秀な冒険者が一人増えるとありがたいので」
一人?僕ら二人いるけど。
「失礼ですが、君は戦闘能力が殆どないとお聞きしてますので、一人と評させてもらいました」
「意外と辛辣ですね!?」
「ふふふ。それでは、また明日会いましょう」
「はい!」
予期せぬ事態が続いたけど、最後にはまとまって良かった。いや、あの少女はまだわからないけどさ。
次の話から、お昼ごろに一話、夜ごろに一話の更新にしていきます。……たぶん。
お読みいただきありがとうございます。




