12話 僕達と少女の家族1
「ここで、右に曲がって!」
「はーい!」
「遅いぞ、グロース」
「はっはっ、まっ、待ってぇ!」
意気揚々と家を出た僕ら四人。母さんがやたら短い棒を持ち、アンリちゃんを背負って路地を駆け抜ける。
リーゼさんは遅れる事なく追随し、僕は息も絶え絶えながら、頑張って走る。
「おっそ!アイツおっそいよ!」
「グロースー!頑張りなさい!」
「頑張れ」
『頑張れ頑張れ〜!』
僕の周囲をくるくると回るファイが羨ましい。僕も飛びたい。
「あ、あそこ。あの茶色い扉に、黒い紙が貼ってあるところ」
「あそこね?」
「母君、何か作戦はあるのですか?」
「ぜー……はー……」
「うーん。とりあえず妹ちゃんの確保を最優先。人質にとられるかもしれないし、家の中だから小さくて動きやすい、アンリちゃんと、ファイちゃんが先行。それに私が付いて行って、万が一逃亡を図られた場合、対応できるようにリーゼちゃんは外で待機ね」
「はー。僕は?」
「グロースも私と一緒に行きましょう」
「了解」
なんか今明らかに迷ったというか、この子何処に配置しようかなみたいな顔したんだけど。悔しいなぁ。
「玄関に人の気配はないわね。……それじゃあ、さん、に、いちで入るわよ?」
「おう」
「あぁ」
『はぁーい!頑張るよー!』
「元気でよろしい。行くわよ。さん、に、いち!!」
母さんがバンッと扉を蹴破ると同時に、ファイが加速し、アンリちゃんが廊下を駆け抜ける。
「おぉ゛い!!」
その物音に気付いた大柄な男が、怒声を上げて、アンリちゃんが向かった先の扉から出てきた。泥酔していて、目は血走っている。
危ないと思った時には男が手に持っていた酒瓶を振りあげ、母さんは持っていた短い棒を放り投げた。棒は男の持ち手に当たり酒瓶を落とす。その一瞬の攻防を付いて、アンリちゃんは部屋に入る。
「あ゛ぁ゛!?何だぁてめぇらぁ!!」
酒焼けのせいで、ガラガラになった声で怒鳴る男はあろうことか家の中で魔法陣を展開した。
「うっぜぇんだよ!!」
陣数は一。色は橙色。男は知らないのだから、仕方がないが、その魔法は発動することがなかった。
『僕がいる時は使えないよー』
「あぁ?」
僕はその隙を突いて、母さんの投げた棒を素早く拾い、男の空いた脇腹に叩きつける。
が、男はそれを見切って、少し下がることで避けた。
「ざぁんね––––ぐえっ!?」
そして、部屋の方からファイが男の膝裏に向けてタックルをかまして、男がひっくり返る。
「ナイス!」
『いえーい』
戻ってきたファイの小さな手に手を合わせる。
「なめやがって……!」
男は酔いが覚めてきたのか、すぐさま立ち上がり部屋の中へ入っていく。
「待てよ!」
「グロース、その棒返してっ」
「はいよ!」
母さんに棒を返し、僕達も部屋へ入ると、足の踏み場もないくらい汚れた広い部屋で、どこから出したのか、鉄の剣を彼女達に向ける男と、妹を守る様に小さなナイフを構えるアイリちゃんがいた。彼女は震えていて、動けそうにない。
「てめぇら……何モンだ?コイツに何か言われたのか?」
「全部聞いたわ。貴方がゼクスに助けられてからの事を」
「ゼクス……?まさかてめぇ、いや、あんたは……」
ハッとしつつも、剣を放さない男。寧ろ、剣を握る手は強く、硬く。
「なんできた?」
「彼女を。そして貴方を救いに。あの人が救ったのに、貴方がこんな風じゃね。思い出したわ。貴方は、アジャスさんね。当時、彼のパーティに新人を連れてきたっていう」
「あぁ。そいつは別の都市で元気に冒険者をやってるがな」
「ねぇ、その剣を放して。今ならまだ、戻れるでしょう。私が貴方達を守るから」
「クソ……なんなんだ、アンタら夫妻は」
ギリっと歯軋りをする男は、暗がりの中、淀んだ目を母さんに向ける。
「聖人ぶりやがって、ムカつくんだよ……」
男は、そのまま剣も母に向け、左足を後ろに引き、身を低くする。
母さんはどういう原理かわからないが、あの小さな棒を振ると、棒がスコーンと音を立てて伸びた。母さんは自然体のまま男を迎え撃つ様だ。
そして、男が動き、来る––––と思った時には僕の目の前へ。
「来ると思ったよ!」
現状妹さんに手を出せない以上、僕に切りかかった方が、逃げ出しやすいと考えたのだろう。だが、流石にその可能性を考えない僕ではない。
「アクセル!」
ファイと契約した事により、僕が使える火魔法が増え、火の補助魔法が使える様になったのだ。一陣だが。
そしてその効能は、瞬間的な僕自身の速度の増加。
「クッゾッ」
僕は紙一重で男の剣を躱し、回し蹴りで横顔を蹴っ飛ばす。その時点でアクセルの効果は消え、倦怠感を覚えるが、気合を入れて、ナイフを構えようとしたが、母さんが間髪を入れずに片側から頭をぶん殴った。
「あへっ?」
男は脳震盪を起こしたのか、奇声を出しながらその場で倒れた。
「良いのが決まったわねぇ。よし。ちょっと彼ぐるぐる巻きにして、リーゼちゃんに見ててもらいましょ。私はこの部屋を掃除するわ!」
「今から!?本気かよ!?」
「本気も本気。こんなの人の住む環境じゃないわよ!アイリちゃんとその妹ちゃん。あなた達は動ける?」
「俺は大丈夫だけど、ユウリは」
「わかった。じゃあアイリちゃんとユウリちゃんはお外で遊んできなさい。グロースと私でちょちょいと片付けちゃうから」
そう言って母さんは二人を玄関の方へ押しやった。
『僕も手伝うよー』
「ありがと、ファイちゃん。まぁまずはアジャスさんをお外に持ってっちゃうわ。アンタはゴミをまとめて、適当な袋にまとめておきなさい」
「あいよって重いだろ、その人。俺も持つ……」
母さんは手早く男の両手足を縛り、男を担いだ。
「うん?別になんて事ないわよ」
「ええー?」
多分僕は持てない。母さんはのっしのっしと歩いて行き、無造作にリーゼさんの前へ男を放った。
「見ててくれる?」
「は、はぁ」
リーゼさんも困惑していたが、頷いた。
というか早く動かないと蹴っ飛ばされるな。
「やるぞ、ファイ」
『まっかせてー!』
陽は落ちて、暗がりが広くなってきた時間にアイリちゃん家大掃除会は漸く終わった。
「まさか、急にリィから呼ばれたと思えば、掃除に手伝わされるとはね……」
「だって暇でしょゼミス」
「あはは。まぁね」
途中からこりゃ終わらんとなり、母さんがちょっと出てくるーといって連れ帰ってきたのは本の魔物、ゼミス。
ゼミスは部屋を見た瞬間うわぁという顔をしたが、笑顔の母さんに捕まり両手をあげていた。
「あなた呼ばなかったら、これは日を跨いだかもね」
「一階も二階もあんな感じじゃね。助かったよゼミス」
「リィの頼みなら仕方ない」
ゼミスは嘆息するが、どこか嬉しそうだ。ジグさんと同じように、ゼミスも母さん達となんかやってたのかな。
「うん?僕も遺跡に残る文書とかを探しに、彼女のパーティに加わった事があるんだよ。それを思い出してね」
「当たり前のように考えを読むなよ」
「わかりやすいんだよ君は」
そんなにわかりやすいのか……。
「さて。後はあの人をどうにかしないとね?」
「もう起きているみたいだけど……」
「あの子達も結局玄関前に居続けたみたいだしね。なんだったら、あの子達だけで解決できたらいいのだけど、難しいかしら」
母さんは困ったように外にいる彼らを見つめた。




