第27話 品がない
組合からの書状は、家令の手を通らなかった。
小広間に呼ばれると、マルグリットが座っていて、膝の上に紙を置いていた。組合の封蝋である。
封は、開いていた。
「あなた宛でございますわ」
差し出された紙を、リゼットは両手で受け取った。折り目が一度伸ばされて、また戻されている。読んだ人間の折り方だった。
「わたくし宛でございますが」
「屋敷に届く書状は、内向きを預かる者が検めます」
「外へ出るものは家令様が、内へ入るものは奥様が」
「そのとおりですわ。よくお分かりで」
立っていた使者が、咳払いを一つした。王都から来た組合の男である。第一の書記ではない。もっと若い、伝えるだけの役目の男だった。
「読み上げましょうか」
「結構でございます」
リゼットは紙を開いた。
泣き女資格の停止審査について
三行目からが、理由である。
一、半期報告の未提出。六月末が期限のところ、本日まで届いていない。
二、渡し司祭の照合の求めに応じなかったこと。神殿より申立てあり。
三、雇い入れ先より、働きぶりについて所見の申し出あり。泣き方の品位、および屋敷内での振る舞いに関する風説。
最後の一行。
── 審査の結論が出るまで、いかなる儀にも立会うことを認めない。
紙を持つ指の位置を、彼女は変えなかった。
半期報告は、七月三十日に家令へ渡している。中身を検められ、封蝋を押し直され、上着の内側にしまわれた。荷馬車には積まれなかった。それを見た者が一人いる。井戸端に立っていた十七の娘である。娘の証言は、公爵家の家令の言葉に勝てない。
照合の求めに応じなかったのは、掟を守ったからである。応じれば、その日から泣き女ではなくなる。掟を守ったことが、掟違反の申立てになっている。
三つ目については、何も言うことがない。
全部、本当のことだからだ。庭師の家で声を高くした。九人の礼拝堂でいちばん強い型を使った。公爵に名前で呼ばれている。
三つ並べて、彼女は妙なことに気づいた。
三つとも、形の話である。
報告が期限に届いたか。求めに応じたか。泣き方に品があるか。中身が正しいかどうかは、一つも問われていない。形が整っていなければ、中身は見ない。
襟布の幅を半指ぶん直させる人が、書いた申立てだった。
「四十五日」
彼女は口の中で数えた。
返名の儀までである。
「審査は、いつまでにございましょう」
「王都と六日ずつでございますので」
使者が答えた。
「早くて、ふた月ほどかと」
使者が下がって、小広間に二人だけになった。
暖炉の火が細い。三月の午後で、外は明るいのに、この部屋は窓が北を向いている。
「泣き方に品がない、と申し上げただけですわ」
マルグリットは膝の上で手を組んだ。
「所見を求められて、正直に申し上げました。嘘は一つも書かれておりません」
「はい」
「あなた、お怒りにならないのね」
「怒る立場ではございませんので」
「そう仰ると思いました」
彼女は袖の折り目を指で撫でた。この人の手はいつも動いている。襟布、袖、刺繍の糸。形を整えるための小さな動きが、途切れることがない。
リゼットは、紙をたたんだ。
たたむあいだに、一つだけ言うと決めた。
告発ではない。告発は職能民にできない。できるのは、見たことを職業の言葉で述べることだけである。
「奥様」
「なんですの」
「一つ、ご報告がございます」
「報告」
「泣き女は、その家の泣き方を見るのが仕事でございます。声の高さ、息継ぎの位置、上げる回数。足りているか、余っているかを測って、足りない分を足します。それが仕事でございますので」
「存じておりますわ」
「奥様のお泣きになる型は、五月十日、五月二十一日、六月八日、十一月十三日と、四度拝見いたしました」
マルグリットの手が、袖の上で止まった。
「上げるのが三度。下げるのが二度目と三度目のあいだに一度。息を吸う長さが四つ。終わりの一声を落としきらない」
「……それが」
「四度とも、寸分違いませんでした」
部屋が静かになった。
襟布の幅を測る人である。
半指の違いを見分ける目を持っていて、それを六年、自分の泣き方には向けなかった。向ける必要がなかったからだ。誰も検めないと知っていたからである。
検めた人間が、この家に一人だけいた。
「若い奥様のお渡しと、六十九の庭師のお渡しと、四十四の文書係と、七十四の小作頭でございます。悲しみの種類が、四つとも違います」
リゼットは頭を下げた。
「差し出がましいことを申し上げました。泣き方の所見は、互いに申し上げてよいものと存じましたので」
マルグリットは、声を荒らげなかった。
この人は一度も荒らげない。荒らげる代わりに、低くなる。
「あなた」
声が、一段低くなった。それから、一段丁寧になった。
「少し、お痩せになりましたわね」
二度目である。十月の小広間でも、同じことを言われた。あのときは牽制だと思った。
今日は、違って聞こえた。
言うことがなくなった人が、前に言った台詞をもう一度使っている。
「無理をなさいませんように」
「はい」
「無理をなさる方は、この家では長く保ちませんのよ」
「存じております」
リゼットは、紙を胸の帳のあいだに挟んだ。
夜に、オルデリクが来た。
使用人棟の東の端まで、公爵が下りてくることはない。彼は階段の下に立って、上がってこなかった。上がれば、明日の噂が一つ増える。
「聞いた」
「はい」
「止められない」
彼はそれだけ言った。言い訳を足さない人である。
止められないのは本当だった。領内の司法権は公爵にある。だが神殿の認証も、組合の名簿も、公爵の手の外にある。この一年で、彼女はそれを何度も見てきた。
リゼットは階段の三段目に立った。
「閣下」
「なんだ」
初めて、この人に頼んだ。
「返名の儀に、立たせてください」
オルデリクは、すぐには答えなかった。階段の下の暗がりで、黒い外套の肩の線だけが見えている。
「方法を探す」
「探していただかなくて結構です」
彼女は言った。
「わたくしが立てる方法は、一つしかございません」
彼が顔を上げたのが、気配で分かった。
この十ヶ月、彼女は数えることしかしてこなかった。数えて、突き合わせて、黙ってきた。黙ってきたのは、資格を失えば名が返らないからである。
それが逆になった。
資格を失う道が塞がれたのではない。資格を守っていても、立てないのだ。
あと四十五日。審査の結論は、ふた月先である。
どちらが先に来るかは、もう決まっていた。
守るものが無くなれば、守る理由も無くなる。
「わたくしが立てる方法は、一つしかございません」
泣き女でなくなれば、掟にも縛られません。




