第19話 出かかった声
声が出るかどうか、分からないまま白布をつけた。
十一月の渡しである。死んだのは領の南の小作頭で、七十四になる老人だった。冬の前に畑を見に出て、畦で座り込んだまま動かなくなっていたという。息子夫婦と、孫が四人。悪い死に方ではない。
悪い死に方ではない葬儀のほうが、泣き女には難しい。
悲しみが薄いわけではなく、形が緩む。遺族が笑い話をしはじめる家もある。そこへどう声を入れるかを、彼女は入口で測った。
「お父上のお名前を」
「ゲルトと申します」
息子は五十を越えていた。手が父親と同じ形をしている。土を掘る人の手だった。
「今夜、いちばん長くお父上をご存じの方は」
「わしです。五十年、同じ屋根の下におりましたので」
「何が、お好きでしたか」
男は少し笑った。
「畑の話しか、しない人でした。麦の話を三日でも続けます。孫が寝てしまっても続けるんです」
笑った顔のまま、目のふちが濡れた。
泣ける家である。
日没に、始まった。
息を吸って、喉を開いた。
出た。
低く、太く、満ちる型。老いて逝った人の家に合う声である。天井の低い農家の板の間に当たって、跳ね返り、遺族の呼吸に絡んでいく。孫のひとりが先に泣き出し、それに息子の嫁が続いた。
出るのだ、とリゼットは思った。
他人のためなら、出る。
三週間前の中庭で、あれほど押しても叩いても上がってこなかったものが、今夜は最初の一息で出てくる。
泣きながら、彼女は自分の喉を他人のもののように感じていた。この器は、正確に作られている。六年かけて自分でそう作った。作ったとおりに動いている。
安堵した。
安堵したことに、打ちのめされた。
夜半に、司祭が入ってきた。
燭台を数え、参列者を数え、棺の位置を見る。農家の板の間に線は引かれていないので、彼は敷居からの距離を目で測って、半歩ぶん動かさせた。
記載に入ったのは、夜明けの一刻半ほど前である。
板の間の隅に台が出て、そこに名簿が置かれた。リゼットの座っている位置から、机までは五歩ほどある。
ドルーガが名簿を開いた。
開いた頁が、見えた。
見るつもりはなかった。他人の記録を覗くのは行儀の悪いことである。だが視線というのは、開かれた紙の白いところへ勝手に落ちる。
今夜の老人の名が、いちばん下の行に書かれるところだった。
その二行上に、名前があった。
ヨセフィーネ
姓はない。平民に姓はない。日付は十月十四日。
リゼットの手が、膝の上で止まった。
あの人は王都で死んでいる。四十年、王都の組合にいた。稽古場に十四人の娘がいて、皮なめしの通りの奥の建物で、毎日湯を飲んでいた。
王都で死んだ人の名が、なぜこの地方の名簿にあるのか。
死者名簿は、記した司祭の管轄ごとに分かれている。王都で渡った者は王都の名簿に載る。それが順序である。
この名簿は、ラングヴァイ領のものだった。
ドルーガは、老人の名を書いていた。
字が小さく、傾きが揃っている。書き終えると、行の端に爪で軽く印をつけた。いつもと同じ手つきだった。二行上の名を書いたときも、きっと同じ手つきだったのだろう。
板の間の向こうで、灰色の襟布が膝を折っていた。
マルグリットである。この家の小作頭の渡しにも、彼女は来ている。三度上げて、一度下げて、また上げた。息を吸う長さも、終わりを落とす角度も、これまでと寸分違わない。
毎朝、練習している人の泣き方だと、今のリゼットには分かる。
喉の奥が、熱くなった。
泣きながら、それが起きた。声を出しているのに、声とは別のところが熱くなる。六年で経験したことのない感覚だった。仕事のあいだ、彼女の中は静かである。静かでなければ声が濁る。
濁った。
参列者は気づかない。孫のひとりが、途中で顔を上げてこちらを見た。子どもは音の変化に敏い。彼女は型を戻した。
証拠は、五歩先の台の上に開いている。
この場には、司祭がいる。喪主がいる。参列者が二十人ばかりいる。作法を握る女がいる。全員が、今、ここにいる。
立って、五歩歩いて、指を差して、この名はおかしいと言えばいい。
言えば、終わる。
息を吸った。
泣き声ではないものが、喉まで上がってきた。
六年で、初めてだった。仕事の途中で言葉が上がってきたことなど、一度もない。上がってきたものは、形になりかけていた。舌が動いて、口の中で位置を取った。
開けば、出る。
開いた瞬間に、彼女は泣き女ではなくなる。
葬儀の場で泣き声以外の言葉を発した者は、その場で資格を失う。以後どの家にも呼ばれない。組合の名簿から名前が消える。
名簿から消えた泣き女は、返名の儀に立てない。
膝の上に、二冊ある。
自分の帳に、五つ。シビル・ラングヴァイ。ヨナス。マティアス。ライナル。そして今夜の老人。
師の帳に、返しきれていない名が幾つも。四十年ぶんの最後のほうに、まだ返っていない名が並んでいる。それを返せる人間は、この世にもういない。譲り渡された自分ひとりだけである。
開けば、それが全部消える。
消えたら、あの人たちは渡り損ねたまま残る。
庭の隅に勝手に花を植えて毎年叱られていた老人も、酸い林檎が好きだった文書係も、三年間毎晩ひとりで書き物をしていた男も、五月の広間で誰にも泣かれなかった人も。
そして、四十年ぶんの名を抱えたまま、誰にも立ち会われずに渡された人も。
名を返せる者がいなくなる。
五歩先の台の上に、証拠が開いている。
言えば、その証拠は誰かの手に渡るだろう。渡ったところで、泣き女の言葉である。数え直されるのはこちらのほうだ。ヨセフィーネがそう言っていた。数を数えた者と、数えたことを人に言った者の、両方が消えたと。
声が、引いた。
喉の奥へ、上がってきたものが下りていく。舌が位置を失って、口の中がただの空洞に戻った。代わりに、いつもの泣き声が出た。低く、太く、満ちる型。乱れていない。誰も気づかない。
彼女は夜明けまで泣いた。
二十人が、彼女の声に乗って泣いた。老人は渡った。
夜が明けて、棺が出た。
担ぎ手が肩を入れる。膝が渋り、腰が落ち、最初の三歩で歩幅が縮んだ。土間の敷居を越えるとき、つま先が先に段を探った。
重い棺である。
七十四まで生きて、畑に出て、畦で座り込んだ人の重さだった。
夏の礼拝堂で見たものと、まるで違う。
だが、それが何かの証しになるわけではない。人は太る。人は痩せる。小柄な人は小柄なまま棺に入る。彼女に分かるのは軽いか重いかだけで、なぜ軽いかは分からない。
六年やってきて、初めてそのことを苦く思った。
声が、喉まで来て、引きました。
わたくしはまだ、返していない名を、二冊ぶん持っております。




