第8話 感情波形、許容値超過
ゴゥン――――……
低い振動が、遺構全体を揺らしていた。
青白い術式光が、床から壁へ、壁から天井へと流れていく。
まるで巨大な血管だった。
古代遺構そのものが、生き返ろうとしているみたいに。
「何だこの反応……!」
騎士達が周囲を警戒する。
剣を抜く音。
魔導補佐員達のざわめき。
空気が張り詰める。
だが。
その中心で、一番限界なのは――
「っ……ぅ……」
エルマだった。
頭が痛い。
呼吸が浅い。
術式が流れ込んでくる。
視界の奥へ、青白い線が見える。
構造。
循環。
封鎖。
認証。
接続。
意味がわかる。
わかってしまう。
しかも。
「エルマ!」
ぐっと肩を支えられた。
「っ!!」
近い。
待って。
近い近い近い近い!!
肩。
腕。
熱。
距離。
声。
全部近い!!
「顔真っ青だぞ!」
「だ、大丈夫じゃな……っ」
無理。
近い。
しかも普通に引き寄せてくる。
なんでそんな自然なんですか!?
騎士怖い!!
距離感がおかしい!!
「ふらついてるだろ」
「ち、違……っ」
違わない。
むしろ限界だった。
呼吸がうまくできない。
しかも低い声が近い。
耳が死ぬ。
「おい、本当に大丈夫か?」
覗き込まないでください。
顔が近い。
睫毛見える。
待って。
なんでこんな状況で顔がいいんですか。
遺構より危険なんですが!?
その瞬間だった。
――精神波形急上昇。
やめてぇぇぇぇぇ!!
ゴゥン――――!!
遺構全体が大きく震えた。
「また反応した!?」
「術式出力が上がってる!!」
床の青白い術式が、一気に広がる。
エルマの顔が引き攣る。
違う。
今の絶対自分だ。
――対象個体接近に伴い、同期率上昇。
やめてくださいぃぃぃ!!
――感情波形、極めて活性。
活性って言わないで!!
――心拍数上昇を確認。
解析しないでぇぇぇぇ!!
「エルマ?」
カイルがさらに顔を覗き込む。
近い!!
駄目!!
顔!!
「耳真っ赤だぞ」
やめろーーーーーーー!!!
エルマの内心は爆発した。
もう無理だった。
遺構。
術式。
古代文明。
全部どうでもいい。
今一番危険なの目の前の男なんですが!?
「落ち着けって」
無理です。
あなたが原因です。
とは言えない。
絶対言えない。
「は、離れてください……」
「何でだよ」
「近いので……」
「?」
カイルは本気で意味がわかっていない顔だった。
その顔やめて。
無自覚で来るのやめて。
好きが悪化する。
その時。
クラリスが静かに目を細めた。
その手には、いつの間に取り出したのか、小型の革張り手帳。
さらさら、と羽根ペンが走る。
「なるほど」
「何がなるほどだ!?」
カイルが振り返る。
クラリスは極めて冷静だった。
「エルマ様の精神波形と、遺構術式が完全同期しています」
「完全にやめてください!!」
「カイル様が接近するたび、出力が上昇しておりますね」
「は???」
さらさら、とまたペンが走る。
「接触距離と同期率に、明確な比例傾向あり……興味深いです」
「記録しないでくださいぃぃぃ!!」
「貴重な実例ですので」
「何の実例なんですか!?」
クラリスは淡々と言った。
「恋愛感情による感情同期型古代術式起動例かと」
「言わないでくださいぃぃぃ!!」
カイルが完全に固まった。
「…………は?」
エルマは死にたかった。
今すぐ。
地中へ埋まりたい。
「ち、違いますからね!?」
「違うのか?」
「違わなくはないですけど違います!!」
「どっちだよ!?」
その直後だった。
遺構中央。
青白い光の中で、管理精霊がゆっくり浮かび上がる。
長い髪のように揺れる光。
半透明の古代衣装。
感情のない瞳。
その視線が、静かにエルマを見つめる。
――高親和個体。
――同期継続中。
「ぅ……」
頭が痛い。
止まらない。
古代文字。
座標。
封鎖領域。
認証系統。
大量の情報が流れ込む。
しかも。
“護衛権限”。
「……え?」
エルマが顔を上げた瞬間。
管理精霊の視線が、カイルへ向いた。
空気が張り詰める。
騎士達が武器を構える。
カイルも反射的に前へ出た。
そして当然のように。
またエルマを庇う位置へ立つ。
近い。
待って。
背中近い。
肩近い。
守られてる感が無理。
心臓壊れる。
――保護対象への接近を確認。
やめて。
――高優先接触個体。
やめてぇぇぇぇ!!
――護衛適性、確認。
「っ〜〜〜〜〜!!」
エルマがその場でしゃがみ込みそうになる。
耳まで真っ赤だった。
「おい!?」
カイルが反射的にエルマを支える。
細い。
軽い。
しかも熱い。
耳まで真っ赤になっていて、呼吸も乱れている。
本当に苦しそうだった。
「……お前マジで大丈夫か?」
自然にそう聞いていた。
放っておけない。
昔からそうだった気もする。
こいつは昔から、無理をしてる時ほど「大丈夫です」と言う。
なのに。
今日は特におかしい。
近づくたび反応して。
逃げようとして。
でも。
嫌がってる感じは、しない。
むしろ――
「…………」
さっき。
自分を庇った。
『その人は……敵じゃ、ありません』
あの言葉が、妙に頭から離れなかった。
しかも。
管理精霊とかいう訳のわからない存在まで、自分を見るたび反応している。
――護衛適性、確認。
「……は?」
思わず声が漏れる。
何だそれ。
意味がわからない。
だが。
意味はわからないのに。
エルマを守る位置へ立つことだけは、何故か当たり前みたいに感じていた。
――同期率上昇。
ゴゥン!!
「うおっ!?」
「まただ!!」
完全に連動していた。
カイルが近づく。
↓
エルマが限界になる。
↓
遺構が反応する。
最悪である。
クラリスが静かに頷く。
さらさら、とまた手帳へ書き込む。
「極めてわかりやすい連動機構ですね」
「わかりやすくねぇよ!!」
「カイル様接近時、同期率急上昇。なお、耳部位の発赤率も比例して増加」
「そこまで記録しないでくださいぃぃぃ!!」
「後世の研究資料として極めて有用かと」
「残さないでください!!」
カイルは頭を抱えた。
「何なんだよこの遺構……」
その時だった。
遺構のさらに奥。
暗闇の深部。
ゴゥン――――……
今までとは違う振動が響いた。
重い。
深い。
まるで。
巨大な何かが、向こう側で動いたみたいな音。
全員が止まる。
空気が変わった。
管理精霊が、ゆっくりその奥を見た。
――深層封鎖領域、再起動。
青白い光が、奥の壁面へ広がっていく。
そして。
巨大な古代紋章が、暗闇の中で浮かび上がった。
誰も知らない紋章だった。
だが。
エルマだけは理解してしまう。
「……うそ」
声が震える。
そんなもの、残っているはずがない。
――第一管理塔。
――接続確認。
カイルがエルマを見る。
「知ってるのか?」
「……っ」
エルマの指先が震える。
嫌な予感しかしなかった。
なぜなら。
頭の奥へ流れ込んできた情報の中に。
明確に、こう記されていたからだ。
――現管理者不在。
――後継候補選定を開始します。
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