第5話 なんか気になる
この話の挿絵を動画にしたものです。よろしければ見に行ってね('ω')ノ
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翌日。
朝。
王立騎士学院・屋外訓練場。
乾いた剣戟音が、朝の空気へ鋭く響いていた。
騎士学院上級生。
若手騎士。
混成訓練。
砂埃が舞い、木剣が打ち合わされる。
掛け声。
足音。
朝日。
熱気。
その中心で。
「カイル先輩!!」
鋭く木剣が振り下ろされた。
速い。
学院上級生の中でも上位の腕だ。
だが。
「遅ぇ」
カイルは半歩だけ踏み込み、相手の剣筋を外側へ流した。
そのまま肩を押し込む。
「うわっ!?」
上級生が派手に転がった。
周囲から笑い声が上がる。
「だから真正面から来るなって」
「いや今の無理でしょう!?」
「考えて来い」
「現役騎士相手にそれ言います!?」
カイルは木剣を肩へ担いだ。
赤い髪。
日に焼けた首筋。
訓練着の袖を雑にまくった腕には、無駄のない筋肉が浮いている。
学院を卒業後、そのまま騎士団へ所属。
現在は若手騎士の中でもかなり実績を積み始めていた。
そのため、こうして騎士学院の合同訓練へ顔を出すことも多い。
若手実戦騎士。
しかも強い。
だから学院生達からの人気も妙に高かった。
本人は全く気づいていないが。
「……あ?」
横から木剣が飛んでくる。
反射で受ける。
だが。
ギリギリだった。
「先輩!?」
「危なっ!!」
周囲がざわつく。
珍しい。
カイルが反応を遅らせるなんて。
「カイル先輩、今日ずっと変ですよ」
上級生の一人が呆れた声を出す。
「さっきから上の空じゃないですか」
「別に」
そう答えながら。
脳裏には、またあの光景が浮かぶ。
ソファ。
眼鏡。
赤い耳。
そして。
服を掴んで離さなかった指先。
「…………」
なんなんだ、あれ。
妙に頭から離れない。
「先輩?」
「ん?」
「なんか怖い顔してますよ」
「してねぇよ」
「してますって」
カイルは眉を寄せた。
自覚はない。
ただ。
昨日から妙に落ち着かない。
エルマ。
あいつのことばかり頭へ浮かぶ。
近づくと固まる。
逃げる。
なのに。
嫌われてる感じはしない。
むしろ逆だ。
昨夜だって。
「…………」
服を掴んで離さなかった。
しかも。
眠ったまま。
安心したみたいな顔で。
「……意味わかんねぇ」
「は?」
「いや独り言」
周囲は顔を見合わせた。
完全に様子がおかしい。
その時。
「カイル」
低い声。
騎士団教官だった。
「次」
「はい」
木剣を構える。
相手は実戦経験もある古参騎士。
普通なら気を抜けない。
だが。
「…………」
集中できない。
脳裏へ浮かぶのは、またエルマだった。
眼鏡のない顔。
長い睫毛。
少し赤かった耳。
ふにゃっと脱力した寝顔。
「っ!!」
剣が来る。
反射で避ける。
遅い。
ギリギリで木剣が肩を掠めた。
周囲がどよめく。
今のは危なかった。
教官が眉を寄せる。
「珍しいな」
「……すみません」
カイルは小さく息を吐いた。
駄目だ。
昨日からずっと変だ。
なんか気になる。
いや。
気になるってなんだ。
幼馴染だろ。
昔から知ってる。
それだけだ。
「…………」
なのに。
なんでこんなに頭から離れない。
⸻
その日の午後。
王立騎士学院・中央図書棟。
石造りの長い回廊には、午後の柔らかな光が静かに差し込んでいた。
窓際には古い装飾柱。
壁一面へ並ぶ蔵書案内板。
学院の中でも、この辺りだけは空気が違う。
訓練場のような熱気も。
騎士科特有の騒がしさもない。
静かだった。
紙の匂いと、インクの匂い。
そして時折、ページをめくる音だけが響く。
「…………」
エルマは、小さく息を吐いた。
ようやく落ち着ける。
両腕には、大量の資料。
騎士団遠征記録。
北方防衛史。
古戦場地図。
騎士学院の図書棟では、古い戦術記録や遠征報告の整理補佐を、上級貴族の子女が担当することがある。
名誉職に近い。
だが、エルマにとっては都合が良かった。
静かで。
人が少なくて。
本に囲まれていれば、自然と一人でいられる。
それに。
騎士科の人間は、あまり図書棟へ来ない。
……カイルを除けば。
「…………」
エルマは無表情のまま、そっと視線を逸らした。
別に。
狙っていたわけではない。
本当に。
ただ。
カイルが、訓練後に時々ここへ来ることを知っていただけで。
戦術課題。
遠征記録。
地図。
過去戦例。
実戦騎士となった今も、カイルはたまに資料を借りに来る。
だから。
ほんの少しだけ遭遇率が上がる。
本当に、ほんの少しだけ。
「……本当に?」
後ろから静かな声。
「っ!?」
エルマの肩が跳ねた。
振り向けば、クラリスだった。
白磁のティーセットを載せた盆を持っている。
今日も完璧である。
怖い。
「休憩なさいますか」
「……ありがとうございます」
図書棟奥には、小さな閲覧用談話室がある。
本来は研究者や講師用だ。
だが、クラリスは昔から何故かここを把握していた。
しかも自然に紅茶まで用意する。
怖い。
「本日も顔色が優れませんね」
「誰のせいだと思ってるんですか……」
「昨夜の件でしたら、大変興味深い進展でした」
「やめてください」
エルマは即答した。
クラリスは静かに紅茶を注ぐ。
その動作は今日も優雅だった。
エルマとクラリスは、学院時代からの付き合いだった。
もっと正確に言えば。
クラリスがヴァレリア付きとなって以降、騎士学院へ頻繁に出入りするようになった頃からだ。
ヴァレリアは、騎士科や戦術研究へ妙に詳しかった。
令嬢らしからぬほどに。
だからクラリスは、理解する必要があった。
何を見ているのか。
何を考えているのか。
何故そこへ興味を持つのか。
その結果。
図書棟へ通うようになった。
戦術記録。
戦場史。
騎士運用論。
遠征報告。
そして。
そこで、エルマを見つけた。
当時からエルマは、静かに図書棟へ籠もっていた。
眼鏡を掛けて。
本へ隠れるように。
感情を消すみたいに。
ただ。
一つだけ。
非常にわかりやすい反応があった。
赤い髪の騎士科生徒が近くを通る時だけ。
ページをめくる速度が止まる。
「…………」
クラリスは静かに紅茶を飲んだ。
面白かった。
実に。
「それで」
クラリスが優雅にカップを置く。
「本日は何回ほど昨夜を思い出されましたか?」
「数えてません!!」
「途中から記憶がない辺りでしょうか」
「やめてください!!」
耳が熱い。
無理だ。
思い出しただけで死ぬ。
抱き寄せられた。
近かった。
香りがした。
喉元が見えた。
しかも。
眠った。
限界突破して。
「…………」
エルマは机へ突っ伏した。
消えたい。
「ちなみに」
クラリスがさらりと言う。
「カイル様、本日朝から三回ほど図書棟前を通過されています」
「…………………………は?」
エルマがゆっくり顔を上げる。
クラリスは静かに微笑んだ。
完全に面白がっている顔だった。
「おそらく無意識かと」
「な、なんで……?」
「さあ」
クラリスは紅茶を飲む。
「ただ、あの方は非常にわかりやすいので」
「どこがですか……」
「気になっているものを、目で追う癖があります」
「っ」
エルマの耳がさらに赤くなる。
やめてほしい。
本当に。
そんな分析をしないでほしい。
「それに」
クラリスは静かに続けた。
「昨夜、ようやく“前進”しましたので」
「何も前進してません!!」
「十数年膠着していた戦線が動きました」
「戦線って言わないでください!!」
クラリスは満足そうだった。
完全に楽しんでいる。
その時だった。
閲覧室入口の向こう。
重い扉が開く音。
「……あ」
聞き覚えのある声。
終わった。
反射的にエルマが顔を上げる。
回廊の向こう。
赤い髪が見えた。
そして。
「……いた」
カイルが、こっちを見ていた。
エルマの思考が止まる。
待って。
なんで見つけるんですか。
なんで真っ直ぐ来るんですか。
なんでそんな自然に近づいて来れるんですか。
無理。
近い。
昨日を思い出す。
心臓がうるさい。
逃げたい。
今すぐ。
だが。
「よう」
カイルは、いつも通りだった。
屈託なく。
距離感近く。
自然に。
それが一番危険だった。
「ひっ」
声が裏返った。
カイルが止まる。
「……お前さ」
「は、はい」
「なんで毎回そんな反応なんだ?」
「そ、そんな反応とは」
「いや、なんか毎回逃げるだろ」
「逃げてません」
反射だった。
カイルが少し眉を寄せる。
昨日からずっと考えていた。
エルマは、自分が近づくと明らかに様子がおかしい。
固まる。
赤くなる。
呼吸が浅くなる。
でも。
嫌われてる感じはしない。
むしろ逆だ。
昨夜だって。
服を掴んで離さなかった。
「…………」
また胸がざわつく。
意味がわからない。
しかも。
今も。
エルマは逃げそうなのに。
自分から視線を逸らせない。
「……エルマ」
名前を呼ぶ。
その瞬間。
エルマの肩が跳ねた。
耳まで赤くなる。
「…………」
カイルが黙る。
なんなんだこれ。
なんでこんな反応になる。
しかも。
それを見た瞬間。
妙に目が離せなくなる自分が、一番意味わからなかった。
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