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幼馴染が近すぎて無理です‼️ (元傭兵のスピンオフです)  作者: くいたん


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3/16

第3話 近すぎる

夜会の曲調が変わった。


先ほどまでの華やかな旋律から、ゆるやかで流れるような音色へ変わっていく。


すると自然に、会場中央へ男女が集まり始めた。


互いに一礼し。


手を取り合い。


優雅に踊り始める。


嫌な予感がした。



ものすごくした。


「…………」



エルマは静かに壁際に後退する。


撤退である。



これは必要な判断だった。


今ならまだ逃げられる。


まだ致命傷にならずに済む。


(落ち着きなさい私)


(大丈夫)


(まだこちらへ来るとは限りません)


(まだ逃げられます)


「お、いたいた」


終わった……。




……いや違う。


まだ終わってない。


これから終わる。


声。


近い。


近い近い近い!


エルマの全身が硬直した。


恐る恐る振り向く。


赤い髪。


屈託のない笑顔。


黒のタキシード。


昔より少し低くなった声。


カイルだった。


「なんでそんな隅っこいるんだよ」


「…………落ち着くので」


「嘘つけ。絶対逃げてるだろ」


「逃げてません」


即答だった。


完全に反射である。


カイルは困ったように笑った。


その笑い方が、昔と変わらなかった。


気取らなくて。


まっすぐで。


眩しくて。


だから無理なのだ。


「久しぶりなんだから、もうちょい普通に話そうぜ」


久しぶり。


その言葉だけが、頭の中で何度も反響する。


久しぶり。


久しぶり。


久しぶり……。




やめてほしい。


そんな昔と変わらない距離感で話しかけないでほしい。



そんな懐かしそうに笑わないでほしい。


こっちは十年以上ずっと引きずってるんですが!?



まだ好きなんですが!?


今でも近づかれるだけで呼吸止まりそうなんですが!?



「……そういや」


カイルが少し目を細めた。


「お前、昔もっと普通に笑ってなかったか?」



呼吸が止まる。


「っ……」


覚えてる。



昔の自分を。


「学院でもさ、本読みながら笑ってただろ」


やめて。


思い出さないで。


こっちは全部覚えてるんだから。


あなたのこと。


全部。



「……気のせいでは」


「そうか?」


そう言いながら、カイルが少しだけ首を傾げる。


昔から変わらない癖。



わからないことがある時、ほんの少しだけ傾く仕草。


(あーーーーーーーー!!!)


脳内エルマが転がり回る。


(その癖ーーーー!!)


(まだやるーーーー!!)


(無理ーーーーーー!!!)


その時だった。


「カイル様」


静かな声。


クラリスだった。


助かった。


いや助かってない。


どっちだ。


クラリスは二人を見ると、ほんのわずかに目を細めた。


完全に面白がっている顔だった。


やめて。


「ちょうどよかったです」


「ん?」


「エルマ様も、そろそろ踊られては如何かと……」


「……………………」


エルマの脳が停止した。




……待って。



(待って待って)


(何を言い出すんですかーーーー!!!)



「いや私は別に」


「長時間壁際へ留まり続けると、不自然ですので」


逃げ道を塞がれた。


計画的である。


絶対わざとだ。


「じゃあ、一曲付き合えよ」


カイルが自然に手を差し出した。


心臓に悪い。


今度こそ本当に終わる。


「…………」


エルマは数秒固まったあと、震える手をゆっくりと重ねた。


大きい。


昔よりずっと。


指も。


掌も。


熱も。


全部。


やがて音楽に合わせ、二人がゆっくり動き始める。


カイルのリードは驚くほど自然だった。


迷いがない。


力みもない。


滑らかに引き寄せられ。


滑らかに距離が近づく。


近い。


近い近い近い!!


(待って)


(近い!)


(手ーーーーーー!!!)


腰へ添えられた手が熱い。



布越しなのに体温がわかる。



しかも近づくたび、ふわりと香りがした。



落ち着いた香水。


でも甘すぎない。


少しだけ爽やかで。


昔、森を走り回っていた少年の面影を、どこか残したみたいな香り。


無理。


好き。


今すぐ無理。


「……エルマ?」


低い声。


近い。


耳が死ぬ。


エルマは思わず顔を上げた。


視線が合う。


その瞬間。


喉元が見えた。


笑うたび、わずかに動く喉。


少しだけ開いた襟元。


近くで見ると、昔よりずっと輪郭が鋭い。


肩幅も広い。


腕も。


胸板も。


嫌になるくらい男だった。


(無理ーーーーーーーー!!!)


脳内エルマが床を転げ回る。


(待って待って待って)


(何その顔)


(そんな近距離で見る顔じゃない)


(昔もっと少年だったでしょ!?)


(なんでそんな男前になってるんですか!?)


呼吸が乱れる。


心臓がうるさい。


なのに。


カイルは何も気づかない。



ただ少し困ったみたいに笑っている。



「お前、さっきから固まってね?」



やめて。


そんな無防備に笑わないで。


好きが悪化する。


「……だ、大丈夫です」


「顔赤いぞ」


やめろ!



見ないで。


耳まで熱い。


絶対真っ赤だ。


無理。


「熱でもあるんじゃねぇの?」


そう言って、カイルが少し屈む。


距離が縮まる。


近い。


近い。


近い!!!


(待って)


(顔近い)


(呼吸近い)


(無理無理無理無理!!!)


その瞬間だった。


「……っ」


足がもつれた。


思考が限界だった。


近い。


香り。


声。


熱。


全部無理。


「危なっ――」


身体が傾く。


転ぶ。


そう思った瞬間。


ぐっと腕を引かれた。


強く。


近く。


一気に引き寄せられる。


気づけば、カイルの腕の中だった。


挿絵(By みてみん)


胸へぶつかる。


硬い。


近い。


熱い。


心臓が止まる。


その拍子に。


眼鏡が、ずれた。


「あ――」


しまった。


そう思った瞬間。


カイルの動きが止まった。


「……あれ」


エルマの脳が静かに死んだ。


見られた。


終わる。


今度こそ本当に。


エルマの膝から力が抜ける。


「っ……」


「あ、おい!?」


完全には倒れない。


でも、呼吸が浅い。


顔が真っ赤。


視線も合わない。


カイルは反射的にエルマを支える。


細い。


軽い。


近い。


「エルマ!?」


返事がない。


クラリスが静かに近づく。


「……限界を超えたようです」


「何の!?」


「情緒の」


「わかるように言え!!」



そのまま夜会の喧騒から少し離れた控室へ。


静かな部屋。


夜会の音楽が遠くに薄く聞こえる。


ソファへ座らせようとして。


しかしエルマは完全に力が抜けていて。


カイルの胸元へこてん、と額が落ちる。


「…………」


カイルが固まる。


近い。


髪が触れる。


甘い香り。


細い肩。


長い睫毛。


そして。


ずれていた眼鏡が するりと落ちる。


「……っ」


そこで初めて。


カイルが、エルマの“ちゃんとした顔”を見る。


静かな寝顔。


赤い耳。


少しだけ潤んだ睫毛。


今は閉じられているが、眼鏡で隠されていた灰青色の瞳。


綺麗だった。


思わず息を止めるくらいに。


そして。


カイルの脳裏に。


一瞬。


昔の光景がよぎる。


小さい頃。


泣いていた女の子。


「……見ないで」


震える声。


誰かの笑い声。


落ちた眼鏡。


隠すように顔を覆う小さな手。


そこで記憶が途切れる。


「……なんだ、それ」


カイルが、わずかに眉を寄せる。


覚えている。


でも。


思い出せない。


ただ。


胸だけがざわつく。


その時。


眠ったままのエルマが、かすかにカイルの服を掴む。


「っ……」


カイルが止まる。


離れようとして。


離れられない。


そこへ。


「なるほど」


静かな声。


いつの間にか、紅茶を持ったクラリスが立っている。


「お前いつ入ってきた」


「十分ほど前から」


「声かけろ!!」


クラリスは眠るエルマを見る。


そして。


「……ようやく接触成功ですね」


「だから何の話だ」


「十数年越しの恋愛戦線です」


カイルはまだ意味がわかっていない。


でも。


視線だけは、眠るエルマから離せなくなっていた。

お読みいただきありがとうございます♪

☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂くと、モチベーションが爆上がりします。

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