第14話 戻れない日常
北方旧街道を、馬車列がゆっくり進んでいた。
演習は終わった。
古代遺構調査。
外縁教育領域封鎖確認。
提出される報告書は、その程度になる。
本当のことは、どこにも書かれない。
第一管理塔。
金色の都市。
そして。
“まだ来る者がいたのですね”――あの声も。
全部。
三人だけの秘密になった。
ガタゴト、と馬車が揺れる。
窓の外には、灰色の空。
遠くに王都方面へ続く街道が見えていた。
学院までは、あと半日ほど。
もうすぐ戻る。
なのに。
「…………」
エルマは、まったく落ち着かなかった。
向かい側。
カイルが座っている。
普通に座っている。
普通にこちらを見ている。
普通に近い。
無理。
しかも今は。
全部知られている。
十年以上隠してきた感情。
昔からずっと見ていたこと。
近づかれるだけで限界になること。
全部。
全部。
遺構に暴かれた。
本人の前で。
死ぬ。
思い出しただけで死ぬ。
「…………」
エルマは無表情のまま、静かに膝の上で指先を握った。
だが。
耳だけがほんのり赤い。
カイルは、そんなエルマをちらりと見た。
そして。
また視線を逸らす。
「…………」
――気まずい。
人生で初めてだった。
エルマ相手に、こんな気まずさを感じるの。
今までは。
幼馴染だった。
変な奴。
本好き。
妙に逃げる。
なんか自分を見ると赤くなる。
その程度。
でも今は違う。
“ずっと好きだった”
を知ってしまった。
しかも。
想像していたより、ずっと深かった。
十年以上。
ずっと。
「…………」
カイルは何となく窓の外を見る。
落ち着かない。
妙に意識する。
向かいに座っているだけなのに。
視線を向けるだけで、エルマの耳が赤くなる。
それを見ると、また妙に胸の奥がざわつく。
意味がわからない。
いや。
わからなくは、ないのかもしれない。
その時。
馬車が少し大きく揺れた。
「っ」
エルマの身体が、小さく傾く。
反射的だった。
カイルが腕を伸ばす。
ぐっと肩を支える。
近い。
「ひゃっ」
エルマの声が裏返った。
「悪ぃ」
「だ、大丈夫です……っ」
近い。
熱い。
無理。
しかも。
前より優しい。
違う。
今までだって優しかった。
でも今は。
“わかった上で優しい”。
それが一番駄目だった。
「…………」
エルマの心臓がうるさい。
呼吸が浅い。
しかも。
カイルがすぐに手を離さない。
「……カイル様」
静かな声。
クラリスだった。
いつの間にか、また手帳を開いている。
怖い。
「無意識接触時間、過去最長を更新しております」
「離してくださいぃぃぃ!!」
エルマが真っ赤になって飛び退いた。
カイルも反射的に手を離す。
「い、いや今のは揺れたからだろ!?」
「ですが手を離すまで二秒ほど遅延が」
「記録しなくていい!!」
クラリスは静かに羽根ペンを走らせる。
さらさらさら。
「なお、エルマ様の心拍数も現在非常に興味深い数値を」
「測らないでくださいぃぃぃ!!」
馬車の中へ、カイルの吹き出す声が響く。
「ははっ」
その笑い方。
駄目。
エルマは思わず俯く。
好きが悪化する。
すると。
カイルが少しだけ困ったみたいに頭を掻いた。
「……なんつーか」
「っ……」
「前より、逃げなくなったな」
静寂。
エルマの呼吸が止まる。
「…………」
言われて。
初めて気づく。
確かに。
完全には逃げなくなっている。
昔なら。
たぶんもう無理だった。
顔も見れない。
会話も無理。
図書棟へ閉じこもっていた。
でも今は。
恥ずかしくて死にそうなのに。
同じ馬車にいる。
会話している。
隣に近づかれても、逃げ切れない。
「…………」
エルマは、小さく唇を噛んだ。
逃げられなくなった。
全部知られてしまったから。
でも。
――嫌じゃない。
その事実に気づいてしまって。
余計に顔が熱くなる。
「…………っ」
カイルは、そんなエルマを見て。
少しだけ目を細めた。
昔から変わらないと思っていた。
でも違う。
エルマはずっと。
見えないところで、一人で戦っていたのかもしれない。
そう思った瞬間。
胸の奥が、少しだけ苦しくなった。
その時だった。
「ちなみに」
クラリスが静かに顔を上げる。
「学院到着後も、お二人の距離感改善状況について継続観察を予定しております」
静寂。
「やめてください!!」
「別に減るもんじゃねぇだろ」
「減ります!! 寿命が!!」
カイルがまた吹き出す。
馬車は、ゆっくり王都方面へ進んでいく。
演習は終わった。
でも。
たぶん。
自分達の関係だけは、もう以前には戻らなかった。
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