第13話 閉ざされた光
『――まだ、来る者がいたのですね』
静かな声だった。
冷たくはない。
だが。
どこか、ひどく遠い。
深層領域の最奥。
閉ざされていた巨大扉の向こうで、金色の光がゆっくり揺れている。
青白かった管理精霊の光とは違う。
もっと柔らかく。
もっと古い。
まるで、夕暮れみたいな色だった。
「…………」
エルマは、小さく息を呑んだ。
怖い。
――というより。
“知ってしまった”。
そんな感覚に近かった。
ゴゥン……
重い音と共に、巨大扉がゆっくり開いていく。
古代文字列。
多重封鎖術式。
幾重にも重なった金色の光輪。
その向こう側から、静かな光が流れ込んできた。
カイルが自然に一歩前へ出る。
エルマを庇う位置。
その背中が近い。
広い。
熱が伝わりそうで、エルマの心臓がまた変な音を立てた。
だが今は、それ以上に。
扉の向こうから漂ってくる空気の方が、重かった。
『……驚きませんか』
声が、静かに問う。
エルマは、ゆっくり顔を上げた。
扉の向こう。
そこに広がっていたのは――都市だった。
「……っ」
誰もいない。
声もない。
風も、ほとんど吹いていない。
なのに。
都市だけが、静かに生きていた。
幾重にも重なる白い塔。
空中を渡る光の橋。
街路を流れる金色の術式光。
壁面へ脈打つ、巨大な魔導循環。
崩壊しているわけではない。
むしろ逆だった。
あまりにも綺麗に、残りすぎていた。
「…………」
エルマは、少しだけ目を伏せる。
思い出していた。
さっき見せられた幻。
砕けた塔。
暴走する光。
泣いていた誰か。
守ろうとして。
壊した都市。
――ああ。
ここが。
「……たぶん」
小さな声だった。
「ここが、“あの都市”なんだと思います」
カイルが静かに眉を寄せる。
「あの?」
「感情同期術式が暴走した場所です」
静寂。
遠くで、金色の光だけが静かに脈打っている。
クラリスが、ゆっくり周囲を見渡した。
その横顔は珍しく、少しだけ真剣だった。
「……第一文明中枢管理都市」
「…………」
「文献上では、既に完全消失したとされていた場所ですね」
『はい』
金色の光が、静かに揺れる。
その中心。
白い階段の上に、一人の女性が立っていた。
半透明の長衣。
長い髪のように流れる金色の光。
だが。
管理精霊達と違う。
“人間らしさ”が、残りすぎていた。
「…………」
エルマの胸が、少しだけ痛くなる。
たぶん。
この存在は。
ずっと、ここにいた。
文明が滅んだ後も。
誰も来なくなった後も。
『あなた達は、優しいのですね』
不意の言葉だった。
カイルが目を細める。
「……何がだ?」
『深層認証へ到達した者の多くは、力を求めました』
静かな声。
都市の光が、微かに揺れる。
『ですが、あなた達は違う』
『誰かを守ろうとしていました』
エルマが、少しだけ唇を噛む。
第一文明。
感情を力へ変えた文明。
でも。
だからこそ、壊れた。
たぶん、この都市は。
今も、その後悔の中にある。
「……エルマ」
カイルが小さく呼ぶ。
振り向く。
金色の光が、彼の横顔を淡く照らしていた。
「これ、報告した方がいいのか?」
静かな問いだった。
騎士として。
当然の確認。
だが。
エルマは、すぐには答えなかった。
都市を見る。
静かな光。
誰もいない街。
ずっと止まったままの時間。
そして。
理解してしまう。
これは、まだ早い。
今の王国へ。
今の人間達へ。
軽々しく触れさせてはいけない。
「…………」
エルマは、小さく首を振った。
「……たぶん」
声は静かだった。
「まだ、駄目です」
カイルはしばらく黙っていた。
理由を全部理解したわけじゃない。
でも。
エルマが、そう言うなら。
「……わかった」
それ以上、聞かなかった。
クラリスが静かに羽根ペンを閉じる。
「報告書は調整いたします」
「できるのか?」
「外縁教育領域における古代術式暴走反応、および封鎖維持確認――程度で十分でしょう」
「さらっと言うなぁ……」
だが。
誰も異論はなかった。
この場所は。
まだ眠らせておくべきだ。
その時。
金色の女性が、ほんの少しだけ目を細めた。
まるで。
微笑んだみたいに。
『……ありがとうございます』
静かな声だった。
次の瞬間。
パァァァァ……
都市全体の光が、ゆっくり薄れていく。
金色の街路。
塔。
空中橋。
全部が、淡い粒子みたいに空気へ溶け始める。
「っ……!」
エルマが息を呑む。
『まだ、その時ではありません』
『だから今は――』
光が消える。
『どうか、帰ってください』
静寂。
気づけば。
三人は、再び深層領域の中へ立っていた。
巨大扉は閉じられている。
金色の光も、もうない。
まるで。
最初から何もなかったみたいに。
「…………」
エルマは、しばらくその扉を見つめていた。
今見たものは。
たぶん。
世界の奥底だ。
でも。
今はまだ。
触れてはいけない。
その時だった。
「エルマ」
低い声。
近い。
振り向いた瞬間。
カイルが、自然に外套を肩へ掛けてきた。
「冷えてるぞ」
「っ……」
近い。
優しい。
無理。
しかも今は。
全部知られている。
心臓がうるさい。
「……だ、大丈夫です……」
「全然大丈夫そうに見えねぇけど」
少し笑う。
前と同じ笑い方。
なのに。
前よりずっと破壊力が高い。
これ以上優しくされたら、もう。
「…………」
エルマは真っ赤になったまま、静かに俯いた。
その横で。
クラリスの羽根ペンだけが、さらさらと静かな音を立てていた。
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