33.そして岩場へ
屋根の上に、短い静寂が落ちた。
俺の剣先はユリアの喉元に突きつけられ、彼女の身体は影に縫い止められている。
それでも、その瞳だけは死んでいなかった。
……さて、この後まだやることがある。
「聞きたいことがある」
そう言い終わるか終わらないうちに……。
「断る」
と返された。
まあ、そうか。
ユリアは恐らく、誰かの依頼で動いていた。
ここで口を割ったりすれば、依頼主との信頼にヒビが入るからな。
答えないのは、理解できる。
なら、やり方を変えるしかない。
俺は剣を引き、代わりに右手をかざす。
「催眠」
闇が、じわりと広がった。
ユリアの眉がわずかに動く。
次の瞬間、その闇は彼女の意識へと潜り込んだ。
「……っ、ぐ……!」
即座に反応が返ってくる。
歯を食いしばり、全力で抵抗している。
……やはり強い。
先ほどの戦闘で、かなり消耗しているはずなのに。
やはり、ユリアは精神が強い。
だが、俺は押し込み続けた。
ゆっくりと、確実に。
抵抗されるたびに魔力を上乗せし、少しずつ意識を削る。
時間が、過ぎていった。
そして、ようやく。
ユリアの力が、抜けた。
瞳が揺れ、焦点がぼやける。
……落ちた。
「……はあ」
思わず息が漏れる。
十分近くかかった。
ここまで粘られるとは思わなかった。
正直、かなり際どかった。
だが、これでようやく尋問ができる。
……さて。
この尋問で、色々なことがわかった。
まず、ユリアは俺の予想通り、何者かの指示で動いていた。
ソイツの指示で、彼女は学園に潜入していたようだ。
ダンジョン実習でのドラゴンのことも、彼女の仕業だ。
事前に転移陣を用意し、俺たちを始末するつもりだったらしい。
だが、俺によって邪魔された。
その結果、彼らは俺を危険視し、俺を始末することにしたようだ。
そして、武闘会で俺を殺す計画を立てた。
俺とドラゴンの噂を流して、俺を舞踏会に参加させ。
事前に結界を操作し。
そして結界に異常を発生させ、それに乗じて俺を殺そうとした。
しかし、結果的に俺は逃れた。
彼女は、それらの計画が失敗してもいいように備えていた。
魔法属性を偽装したのも、そのためだ。
彼女は、本当は全ての魔法属性が使えるらしい。
これには俺も驚いた。
だが、この計画には闇魔法が深く関わってくる。
そのため、ユリアは闇魔法が使えないようにと偽装した。
……うまい方法だ。
実際、このせいで俺はこれまでユリアではなくネロ先生を疑っていた。
ネロ先生は、この計画には関わっていなかった。
それどころか、この計画を止めようとしていたのだ。
舞踏会でのあの怪しい行動は、グラスに解毒剤を入れていたのだ。
あの時グラスに毒を入れていたのは、ネロ先生ではなくユリアだった。
あの舞踏会で席を外していた時に、毒を入れていたらしい。
しかし、ネロ先生の干渉によってそれも失敗した。
ネロ先生が管理装置に行ったのは、ユリアを取り押さえるためだった。
あの時、ユリアは文化祭に向けて結界に干渉し、遠隔操作ができるようにしていたらしい。
ネロ先生はそれに気づき、止めようとしていたのだった。
ユリアはネロ先生と交戦して倒し、管理装置の防衛システムが発動したように見せかけたようだ。
そして文化祭で結界を操作した。
これまでの失敗から、ユリアは作戦の方向性を変えた。
俺を直接殺すのではなく、別の事件で俺に罪を着せ、学園から出した上で俺を殺そうとしたらしい。
「ネロ先生の伝言」と偽って俺を管理装置に向かわせ、その間に別の事件を起こしたようだ。
計画通り、俺は罪を着せられ、学園から追放された。
そして夜になるまで俺を見張り、タイミングを見計らって俺の前に現れた。
……なるほどな。
今まで何が起きていたのか、大体わかった。
しかし、わからないのは黒幕についてだ。
ユリアによると、黒幕は例の岩場にいるようだ。
黒幕の正体とその目的についても聞こうとしたが、その前に、自我が戻った。
つまり、ユリアが自らにかけられた催眠を解きかけたのだ。
これ以上は危ない……。
そう思った俺はユリアを気絶させ、影で縛った状態で置いておいた。
……まあいい。
聞けたいことは聞けた。
あとは、直接叩くだけだ。
俺は影の鳥を呼び出し、その脚に捕まった。
夜空を切り裂き、一直線に岩場へ向かう。
数分後。
見慣れた岩場に降り立つ。
静かだ。
だが、何もないわけがない。
「……窪み、か」
ユリアによると、この岩場のどこかに窪みがあるらしい。
そこに石をはめ込むと、隠し部屋が現れるようだ。
……。
……あった。
不自然に削れたような窪みが。
ポケットから、ユリアの持っていた石を取り出した。
それをはめ込むと……。
低い振動とともに、岩が横へとずれた。
隠し扉のように。
「……なるほどな」
中へ足を踏み入れる。
薄暗い空間。
その奥に……一人の老人がいた。
白髪に痩せた体。
振り返ったその顔が、俺を見て凍りつく。
目が見開かれた。
「話を……」
切り出そうとした瞬間。
老人は慌てて横の装置に手を伸ばした。
「チッ……」
装置が作動する。
地面が震え、岩が割れ……
現れたのは、複数のゴーレム。
そして老人はゴーレムたちに向かって叫んだ。
「ヤツを殺せ!!」
随分と物騒なことを言う。
ゴーレムが一斉にこちらへ向かってきたが……。
なんてことはない。
こういうタイプは、決まっている。
制御しているのは、あの装置。
あれを壊せば、終わりだ。
俺は影遁を発動し、影へと沈んだ。
拳が振り下ろされるが、すでにそこに俺はいない。
影の中を滑るように移動し、一瞬で装置の背後へ。
姿を現し、剣を振るう。
装置は、一瞬で砕けた。
同時に、ゴーレムたちの動きが止まる。
「……さて」
俺はゆっくりと振り返る。
……老人は。
「……しまった」
すでに背を向け、出口へと走っていた。
クッ、俺がゴーレムの相手をしている間に逃げるつもりだったのか……。
だが、まだ間に合う。
俺は、素早く影の球を放った。
それは真っ直ぐ老人に直撃。
「がぁっ……!」
老人が倒れ込んだ。
すぐに距離を詰める。
そして。
「……影縫」
影を伸ばし、身体を地面に縫い付ける。
拘束完了。
もはや、指一本動かせない。
俺はその前に立ち、見下ろした。
これで終わりだ。
さあ、これまでのことを、教えてもらおうか。




